【徹底レポ】『京都大作戦2026』、太陽が丘に広がった壮大なロック絵巻 10-FEETと“夢”を分かち合った名シーン尽くしの2日間
ハルカミライが刻んだハイライト 大トリ・10-FEETは“夢のようなフィナーレ”を実現
そして2日目のトリ前という大役に抜擢されたのが、ハルカミライ。名だたるバンドを差し置く重圧をでっかいエネルギーに変えてみせたライブは、今年の『京都大作戦』におけるハイライトの1つだったと言っていい。
「10-FEETからめちゃくちゃ気持ちもらってるから、100倍にして返します!」と意気込む橋本学(Vo)。それもそのはず、この世代の若いバンドがトリ前を任されること自体がかなりレア。だが、そこで繰り広げられたのは、いつも以上にハルカミライの本質が見えてくる、らしさ全開の、いや、心臓全開放なライブだった。2度の日本武道館ワンマン、2日間の横浜アリーナワンマンを成功させた彼らにとって、広大な源氏ノ舞台だってお手のもの……というより、会場の狭い/広いに関係なく、その場にいる“全ての人にとっての音楽”を届けられる力を今のハルカミライは持っているのだ。雨でぬかるんでいようが関係なくフロアへダイブし、泥だらけになってステージに戻ってくる橋本。負けじと須藤俊(Ba)も叫び、関大地(Gt)が、そして小松謙太(Dr)までもが続々と客席へダイブ。猪突猛進なハルカミライは4人全員が“フロントマン”。とにかく突き進めるだけ突き進んで、壁にぶち当たることがあったとしても、それ以上に、壁の向こうに広がっている景色を一人でも多くの人と分かち合うこと自体にワクワクしているように思えた。ハルカミライのライブはどこか青くて衝動的なものだが、青さだけでも、衝動性だけでも到底辿り着けない、人生の苦みや悔しさを巨大なバネにしたライブをやってのけるから泣けてくる。
「ハルカミライのボーカルは全員だ!」(橋本)。静寂の中、4人がアカペラで叫ぶ〈ただ僕は正体を確実を知りたいんだ〉(「PEAK’D YELLOW」)に、次第に太陽が丘のオーディエンスの声も重なっていく。さらに橋本は言う――「音楽は目に見えないものだけど、時々見えることがある。みんなの中にロックが見えるぜぇ!」。心身を通してハルカミライの音楽を感じることで、きっと誰しもの中にある“ロック”という光が輝き出して、“見える”ものになっていくのだ。だからハルカミライの歌は、時に平凡で、時にどうしようもない僕たちみんなの歌になる。それを全身全霊で分かち合うために、ハルカミライは全員で“飛ぶ”。「このステージが、この音楽が、普通の男を特別なものに変えてくれる。そう信じて歌っています」「身の丈に合ったことを選んでやってきました。でも、男にはやらなきゃいけない時があるでしょ? 身の丈をドンと超えなきゃいけない時がある!」と語った橋本のMCはまさに核心を射抜いていて、みんなと同じ目線で、みんなの歌を奏でるハルカミライを、爆音が鳴っている瞬間だけめちゃくちゃカッコいいバンドにするのが、ロックなのだ。そして、そんなふうに輝ける可能性を誰もが胸に秘めている。その光を灯すために、ハルカミライは歌うのだろう。TAKUMAが思わず「あんなすごいライブしたら出禁にするで!」と最大限の賛辞を贈ったのも、きっと同じバンドマンとしての心からの感動と敬意の表れだ。
名ライブのオンパレードだった2日間。全バンドのバトンを受け取った10-FEETが、いよいよ最後のステージに立つ。前日と同じくらいの豪雨に見舞われる中だったが、ライブの雰囲気はだいぶ様変わりしたように思えた。どっしり構えた演奏で聴かせる始まり方だった前日から一転、この日は序盤から「2%」や「SHOES」でオーディエンスと熱量を交わし合いながら、「helm’N bass」や「壊れて消えるまで」に繋げていく流れ。しかも「壊れて消えるまで」に至っては、忠実に歌詞を届けていた前日から打って変わって、即興でアレンジを加えながら歌われたことで、『大作戦』がもう終わってしまう寂しさに抗いたいというTAKUMAの気持ちがそのまま乗り移ったように聴こえてきた。そのど真ん中にあるのは「みんな、いなくならないでくれ!」という、全出演バンドに向けた切実で素直な想いだ。
「みんなすごかった。何も言うことないです」「音楽はほんま人生を変える。人を変える。そんなことを思わせるライブだらけやった」「お医者さんにも、大工さんにも、カウンセラーにも何ともできない。“音楽にしか解決できひんかったな”みたいなことがいっぱいあって、今日はそんなことを思い出させてくれる仲間のライブでした」「今日はもう(みんなを)超えなくていい」「無理です(笑)」と、ライブが進むにつれて正直な言葉を何度も吐露したTAKUMA。遠巻きながらも、その目にはうっすら涙が浮かんでいるようにさえ見えた。それだけ2日間のライブがどれも素晴らしかったということ。また同時に、『京都大作戦』は10-FEETが夢を与える場所であるのみならず、誰よりも10-FEET自身がロックから夢をもらっている場所なのかもしれない。それこそがバンドを続ける大きな理由であり、『京都大作戦』という居場所を守っていきたい理由でもあるのだろう。
「壊れて消えるまで」を聴いていると、今の10-FEETは寂しさも無常感も別れも、すべてを受け入れて歌っている。少し前だったら「それでも」と抗う気持ちまで言葉にしていただろうが、受け入れる切なさを爆音に託すことで、かえって“言葉にならない”ロックなエモーションが胸を打つのだ。だが、もちろん根底にある気持ちは決して変わらない。それが素直に爆発するのが、こうしてたくさんの仲間に背中を押される『京都大作戦』の舞台なのだろう。「焦らせてくれるバンドばかり。自分たちだけでツアーに出ると、3人でケンカしたり、3人で仲直りして平和になったりしてるけど、毎年ここで目を覚まさせられてます」「お前らがおらんくなったら寂しいから、来年もやりましょう!」とありのままの気持ちを叫んだTAKUMA。仲間である大阪籠球会とともにパフォーマンスした「第ゼロ感」、ROTTENGRAFFTYのNOBUYA(Vo)とN∀OKI(Vo)を迎えた「その向こうへ」が、この日は特に美しい響きをまとっていた。
アンコールへ突入すると、「CHERRY BLOSSOM」でたくさんのタオルが舞い上がったあと、音楽で繋がることに希望を感じたこの日のフィナーレに相応しい「ヒトリセカイ」で締め括られた。だが、急きょ3人が話し合いを始める。これはまだ終わらないぞ……と観客も勘づいた矢先、TAKUMAがゆっくりとギターを弾き始めて「back to the sunset」へ。太陽が丘がポジティブな高揚感に包まれていく。
ついに大団円を迎えた……かに思えたところで、「失敗してもいい」「そしたら怒られよう」「(フレットの位置を確認し合いながら)たぶんそこで合ってる!」と何やら意味深な会話をし始める3人。そして、なんとHEY-SMITHの「Come Back My Dog」を正真正銘のサプライズ(というか完全なるアドリブ)でいきなり演奏してみせたのだ。ステージ袖にいたHEY-SMITHの猪狩やYUJI(Ba/Vo)も驚いてあわてて乱入。マイクを手に急きょボーカルを取ってみせた。さらにTAKUMAが「coldrainも、dustboxも出てこい……もう、源氏も牛若も全員出てこい!(笑)」と言って、なんとステージ袖にいた全バンドマンが集結。もはや誰が弾いているのかすら定かではない状態で、もう一度「Come Back My Dog」を大音量でかき鳴らした。まさかの急展開に「訳わからんって!」と笑いを堪え切れない猪狩と、してやったり顔でスライディングをかますTAKUMA。なんともレアな“全員集合”。だが、一つひとつの素晴らしいライブが幸福な連鎖を巻き起こした、ある意味とても『大作戦』らしい光景だったのではないだろうか。まさに夢の舞台だ。
終演後、舞台上でTAKUMAが「SNSではたった一言間違えただけでも叩かれるのに、ライブでは俺らが間違えても、お前らが俺ら以上に気持ちを汲み取ってくれる」と改めて口にした。そうやってロックやライブの場で築き上げられるコミュニケーションを信じている10-FEETだからこそ、聴き手も周りのバンドマンたちも、ただ背中を押されて励まされるだけじゃなく、こちらも全力で10-FEETに感謝の想いを返したくなる。そんな優しさが音楽にそのまま滲むところが、10-FEETの素敵すぎる魅力なのだ。
ロックが内包する音楽的な自由さと、夢を分かち合う舞台としての懐の深さ。その両方を存分に感じられる場所が『京都大作戦』なのだと、今一度実感できた今年。同時にそれは、来年迎える開催20周年を前に、奇しくも『京都大作戦』の本質が見つめ直された年でもあったように思えた。全ての出演バンド、そしてオーディエンスたちの“夢の物語”はまだまだ続いていく。10-FEETと『京都大作戦』がある限り。