リアルピース ソロインタビュー Vol.4:なお「大好きだったものが全部大嫌いに変わった」 急旋回の人生と音楽の才能

“天才を発揮した”吹奏楽部での経験、深くなる音楽への興味
――三味線から始まって、そこから音楽全般に興味を持っていったんですか。
なお:小学校の発表会で、自分から鍵盤やベース、木琴をやってみたりして。「音楽って楽しい!」と思ってどんどん興味が湧いて、すっかり音楽少年になりました。
――三味線での知識や経験は、西洋音楽でも何か活きるんですか?
なお:まったく別モノなので、特にないんですよ。単純に音を奏でる音楽というところが一緒なだけで、言ってしまえば日本語と英語みたいな感じです。同じ言語だけど、全然違うじゃないですか。だから、僕は音楽のバイリンガル(笑)。たとえば、西洋音楽は楽譜が絶対なので、人間や楽器を曲に合わせていくんですよね。でも、三味線や民謡は音程が決まっていなくて、曲を人間に合わせていい。言ってしまえば調(キー)を変えていいんです。自分のやりやすいように演奏して歌う音楽というところが、決定的な違いかなと思います。どちらも演奏していて楽しかったので、両方好きになっていきました。
――いわゆるJ-POPのほうは聴いてなかったんですか?
なお:ポップスは全然。最初にカラオケで歌ったのも演歌でした。民謡でこぶしを身につけていたから、温泉のカラオケステージみたいなところで歌ったら、おじいちゃんやおばあちゃんたちが褒めてくれましたね(笑)。ポップスを初めて歌ったのは、中学生の時に友達と行ったカラオケかな。聴いたことのある曲を歌おうと思って、当時すごく流行っていた嵐さんの「Love so sweet」を入れたんですけど、最初はフルコーラスを歌うことはできなかったです。友達が歌っているのを聴いて覚えて歌ったり。J-POPにちゃんと触れたのは、リアルピースの活動を始めてからなんです。
――なるほど。中高時代は、もっぱら三味線とクラシックですか?
なお:中学に入った時、せっかく部活をやるんだったら全国大会に行くくらいガチでやりたいと思っていて。それでいろいろ探したら、中高でいちばん強い部活が吹奏楽部だったんです。中高一貫校で、吹奏楽部だけは中学生と高校生が一緒に練習できる環境で。音楽を好きになったところだったし、「ここがいいじゃん!」と思って入部しました。担当楽器を選ぶ時も、やるからにはいちばんの花形はトランペットだろう、と。男の子で体格が良いということもあり、顧問の先生にはチューバをすすめられたけど、「トランペットがいいです!」といちばん目立つ楽器を選びました(笑)。
――そこから新たな音楽生活が始まるわけですか。
なお:西洋音楽を本格的に極めていこうと決めたタイミングでしたね。でも、強豪校だし、入部したら好きに遊べなくなるのがわかっていたので、8月に入部したんですよ。4カ月間、それこそ友達とカラオケ行ったりしてちゃんと遊んでから入部しました。
――(笑)。強豪校なのに、出遅れたりしないんですか?
なお:そこでも天才を発揮しちゃって(笑)。8月に入部して、同級生をポンポン追い抜いていくという。
――トランペットでも才能があったんですね。
なお:やっぱり自分が好きなことをやると本当に強いんだなと思います。好きじゃないものは、上達しないんですよ。スイミングスクールでも、兄と姉はバタフライまでいったけど、僕はクロールの時点でやめましたから。音楽は大好きだし、演奏していて楽しいし、吹いてる自分が「かっこいい」と思えるんですよね。僕は形から入るほうなんだと思います(笑)。今もそうなんですけど、まずはまわりを整えて、かっこよくスタイリッシュにしてから中身を極めていくタイプなんです。
天狗時代、音大への進学、そして訪れた初めての挫折

――「モテたい」「目立ちたい」という気持ちも?
なお:モテたいじゃなくて、目立ちたいでしたね。モテたいという気持ちは、音楽を始めた時から全然なくて。ただ音楽が好きで、「これで目立ちたい」「すごいと思われたい」という気持ちでした。高校生くらいからちょっとマセてきて、若干「モテたい」が入ってきたかな。背がグッと伸びたぶん、一気に痩せて、見た目にも気を遣うようになって。吹奏楽部は女の子が多かったから、ちやほやされる雰囲気はありました(笑)。僕の場合、そのちやほやがエネルギーになるんです。そっちに気を取られて実技がおろそかになる人もいると思うんですけど、僕は逆で。ちやほやされたり、褒められたりすればするほど、「もっと頑張ろう」「もっとかっこいい姿をみせてやろう」って、ぐんぐんぐんぐん上達しました。部員が300人くらいいたので、大会に出るための部内オーディションがあるんですけど、だいたい高校3年生が勝つところ、僕だけ高2の時に選ばれて。トランペットの人口は特に多いのに、ほかの3年生を差し置いて選ばれるなんて、快挙じゃないですか。天狗のピークでした。でも……そうなると、やっぱり嫌われるんですよね。先輩はもちろん、同級生からも「おまえだけ選ばれてズルい」と嫉妬されたり、冷たい目で見てくる人たちが大半でした。みんながライバルだから。
――心が折れたりすることもあったんですか。
なお:それが、折れないんですよ(笑)。
――(笑)。
なお:正直、ちょっと傷つくところはあったけど、自分は悪いことをしているわけじゃないし、その時はピークの天狗状態だから、そういう人たちに対して「ダサいなあ」と思っていました。他人を落として自分を上げようとするなら、自分の実力で負かせてやったほうがかっこいいし、誰も何も言えないだろ、って。それに、先生には気に入ってもらえていたから、むしろ鼻高々で、同級生とかに「ここはもっとこうしたほうがいい」「もっとこういうふうにして」とバンバン言っていたりして。嫌われても仕方ないくらい、本当にイヤな奴だったと思う。
――なるほど。
なお:その時の先生は今でも恩師だと思っているんですけど。すごく僕を褒めてくれて、「何ごとも愛を持って接しろ」と教えてくれたんです。でも、その時の僕は、全然愛を持っていなくて。音楽には愛を持って接していたけど、まわりの人のことはまったく愛の対象だと思えていなかった。当時はそのことに気づかず、ひたすら自信満々で。大学でも音楽の道に進みたいと思って、音大のトランペット専攻を受験して合格しました。三味線も続けていたので、三味線かトランペットか、道は迷ったんですけど、トランペットのほうが世界的に通用するから、将来的にも安定するかなと思って。
――最初におっしゃっていたとおり、ここまではまさに順風満帆ですね。
なお:大学に入って、初めての挫折が訪れるんです。それまでは、あくまで部活動で演奏するだけだから、自分がやりたいことを極めてさえいれば評価されたんですよね。でも、大学では専門的に学ぶから、筆記もたくさんあるし、音楽の仕組みも理解しなきゃいけないし、そういう点でちょっと「うっ……」となっちゃったんです。それでもトランペットの演奏がメインだから平気だったんですけど、トランペットの教授がものすっっごく厳しい人で。僕の演奏を聴いて、バーン!と机を叩いて、「なんだ君は! こんな演奏をしてどういうつもりなんだ!」というような人だったんです。期待してくれていたから厳しかったんだと思いますけど。
――映画『セッション』の先生みたいな。
なお:そうそう。物理的な厳しさはないけれど、『セッション』みたいな世界でした(笑)。それまではみんなに褒められてどんどん伸びていたのに、いきなり怒鳴られて、そこで初めて、伸びた鼻がポキッと折れたんです。ずっと「こんなの余裕じゃん」みたいな気持ちで生きてきたぶん、その衝撃で一気に性格まで変わって、トランペットも嫌いになって、音楽も嫌いになって、自分のことも嫌いになってしまった。大好きだったものが全部大嫌いに変わっちゃったんです。どん底まで急降下して、もう「俺なんて何をやってもダメだし………」と思うくらい病んでいました。



















