Suchmos、大先輩くるりを招いた因縁の大阪公演 時代を越えて響き合うそれぞれが研ぎ澄ませた音

 Suchmosのライブツアー『The Blow Your Mind TOUR 2026』大阪公演が、2026年5月26日・27日にZepp Osaka Baysideで行われた。Suchmosは2021年2月に「修行の時期を迎えるため」として活動休止を発表。3年8カ月の沈黙を経て2024年10月に再始動を発表し、2025年6月21日の横浜アリーナ公演で5年8カ月ぶりの単独有観客公演を行った。再始動後はサポートを務めてきた山本連が、2026年2月にベーシストとして正式加入。本ツアーは、新体制となったSuchmosが国内で迎える、初の対バン形式ツアーという位置付けでもある。

 大阪公演の相手に選ばれたのは、2013年結成のSuchmosからすると大先輩となる、1996年結成のくるり。鳴らしてきた音楽の手触りも、歩いてきた時代の距離感も違うけれど、己の美学を研ぎ澄ませてきたこの二組の共演は、熱いものだった。

 本稿では、大阪公演DAY1の模様をお伝えしていきたい。

 先にステージに立ったくるりは「こんばんは、くるりです」と岸田繁(Vo/Gt)らしい京都弁で挨拶をして登場。ゆったりとしたスタイルで、「琥珀色の街、上海蟹の朝」からライブを始めた。軽妙なビートメイクと、ラップと歌唱を織り交ぜた、変幻自在なナンバーでオーディエンスを魅了した。

 中盤では、くるりの名曲である「ばらの花」を披露。ギターのイントロでは期待通りの大きな歓声が上がり、会場のボルテージも上がる。そこから、素朴な熱量で鳴らされる「東京」、シンプルながらも緻密に音を積み重ねていく「虹」、鋭さと柔らかさを兼ね備えた、くるりのギターロックの境地である「ロックンロール」など、往年の名曲を惜しみなく披露した。

 とりわけ印象的だったのは、曲ごとに会場の景色が変わっていったことだ。この日のくるりは、ダンスミュージック的な軽やかさ、歌そのものの強さ、ギターロックとしての推進力を無理なく並べるセットだった。くるりの曲には、派手な爆発力とは別の形で、空間の色を変える力がある。「東京」ではバンドの原点にあるような切実さが前に出るし、「ブレーメン」では行進曲としてメロディの奥行きが広がる。

 終盤、岸田繁は野球で使われる“間を嫌う”という表現に触れた。ピッチャーとバッターの呼吸のような、言葉にしづらい間合いをめぐる話を、くるりらしい脱線の仕方で笑いに変えていく。そのゆるい空気を挟んだあと、くるりはSuchmosに今回のツアーに呼ばれたことへの感謝を述べるとともに、自分もSuchmosを聴いてきた側だったこと、フェスで一緒になることはあってもちゃんと喋ったのは今回が初めてだったこと、こだわりのある対バンメンバーの中で自分たちが呼ばれたことが光栄であることなどを語った。

 そして最後には「潮風のアリア」をプレイ。Suchmosへの想いと期待を音にして応えるかのように、しっとりとした空間を作り上げ、スマートにライブを終えた。

新曲と共に提示した現在のSuchmos

YONCE

 薄黒くなったステージ上で真っ直ぐに光る赤い照明の中、Suchmosのメンバーはゆっくりとステージにやってきた。キーボードとDJが左右にいて、センターのドラムの横にはギターとベース、そしてその視線の先にYONCEがいるという独特の布陣で演奏の準備をする。「待ちわびた」とはこんな場面のためにある言葉なんだろうなと感じる歓声が響く中、最初にプレイしたのは代表曲である「MINT」だった。

TAIKING
TAIHEI

 音源で聴くと洗練された印象が強い曲だが、ライブでは低音とリズムの押し出しが先に身体へ届く。フロアを煽るというより、バンドの一音目で会場の重心を下げていく始まり方だった。

OK
Kaiki Ohara

 楽曲内の一節である〈気の抜けたコーラ〉を、くるりの「ばらの花」にあやかって「ジンジャーエール」に言い換えて会場を沸かすような見せ場も作った。続く「Alright」でも、そのグルーヴはほどけない。Suchmosの音楽は洒脱なのに、音の響きはどこまでもパワフルで鋭い。洗練されているのに、うねりのような荒れ狂いも感じさせる、不思議なバンドアンサンブルに包まれた。

Ren Yamamoto

 「Alright」のあと、YONCEはマイクを取り「大阪の皆さん、2日間よろしくお願いします」と切り出した。「なんといってもこの大阪は、めちゃくちゃかっこいい先輩バンド、くるりと過ごす2日間。めちゃくちゃ楽しみにしてました、すでに楽しませてもらいました」と続けると、「では最後の曲です」とユーモアを飛ばす一幕もあった。

 そこから、10年前、Suchmosがまだデビュー1〜2年目の頃、岸田繁が手掛けた大阪のラジオ局のキャンペーンソングを、YONCEが一節歌わせてもらったことがあるというエピソードを披露。「その時、岸田さんはいらっしゃらなかったんですけど、普通に尊敬してるシンガーソングライターの歌を歌うんだなぁって、ちょっと緊張感がありまして」と笑いながら話す姿が屈託なくて印象的だった。くるりとの対バンが、単なるツアー上の組み合わせではなく、YONCE自身の記憶とも結びついていることが伝わってくるMCだった。

 その後、ライブは「Whole of Flower」「DUMBO」「FRUITS」へと進む。新旧を織り交ぜながら、Suchmosの持つメロウさ、タフさ、ポップネスが順番に顔を出す流れだった。代表曲だけで押し切るのではなく、現在のSuchmosとして鳴らしたい曲を、かなり明確に並べていた印象がある。

 「FRUITS」のあと、新曲が繰り出された。疾走感のあるビートメイクが施された楽曲であり、修行期間の間に、バンドとしてステップアップしたことを感じさせるような、厚みとグルーヴを両立したアンサンブルが太く響き続けた。新曲でありながら、セットの中で浮くことはない。過去のSuchmosの質感と、現在のバンドの体温をつなぐ曲として響いていた。

 曲が終わると少し間を作り、YONCEは「今日は夏日でしたから、ここでたっぷり汗をかいておかないと、外に出た時に暑いなと思うことになる。外が涼しく感じるくらい、汗をかいてお別れしましょう」と語りかける。そこから間髪入れず、エッジの効いたギターサウンドを響かせ、空間を音で埋め尽くすような躍動感で、ロックモード全開の「A.G.I.T.」を炸裂させた。

 ライブの後半では「YMM」「STAY TUNE」「GAGA」とヒットチューンを惜しみなく披露。この日一番と言っても過言ではない熱量を生み出した。特に「STAY TUNE」は、ライブバージョンならではの高揚感があり、曲の知名度に頼るというより、いまの演奏で曲を更新しているように聴こえた。ステージで歌唱するYONCEは、踊るように、あるいは音と戯れるように、自然体のままで全身を揺さぶりながら歌い続ける姿が印象的だった。

 本編最後は、「2018 FIFAワールドカップ ロシア」のNHKサッカー放送テーマソングとしても話題になった「VOLT-AGE」。青い照明で照らされたステージの中、バンドが残していた力を一気に放出するように音が前へ前へと進み、フロアもそれに合わせて呼応するように、その場の音のすべてを楽しみ尽くすのであった。

 アンコールで登場したYONCEは、“ネタ帳”のようなノートを片手に「大阪の思い出」を切り出した。2023年、あるフリマサイトでヤマハのRA50というロータリーアンプを見つけ、引き取り限定だったので大阪まで自分で車を出して取りに行ったというエピソードを披露。奈良との境にある柏原市の亀の瀬付近、難読地名の集落、すれ違いもままならないような山道。一つひとつ丁寧になぞるように話したあと、そのアンプが「持ち帰ってきたら壊れてたんですね」とオチまでつけて、笑いを誘っていた。

 そこから話はようやくツアーへと戻っていく。横浜では同世代のラッパーであるIO、先週の名古屋では同世代のバンドであるGLIM SPANKY、そしてこの大阪では「キャリアでいうと倍以上になるでしょう」と前置きをして、くるりを迎えたことの感謝を口にした。続けて、「ご存じない方もいるかもしれないので今日言っておくと、6年前にコロナで中止になってしまった対バンツアーがあったんです。それが6年越しにかなったということで、来てくれたこと自体がまず、皆さん本当にありがとうございます」と頭を下げる。

 そのまま続けて、「くるりのお客さんも、Suchmosのお客さんも、どちらも最近知りましたという人も、ライブハウスに初めて来たという人もいると思います」と客席を見渡しながら言葉を重ねていく。挙手で「今日ライブハウスに初めて来た人」を募り、その手の数に「いらっしゃいますね、ありがとうございます、本当に」と頭を下げる場面もあった。

 そして話は会場のサイズへと移る。「ここは多分3,000弱くらい、いや、2,500人くらいですかね」と確認するように口にしてから、客席に「ちょっと後ろを振り向いてみてください」と促す。歓声が上がる客席を背に、YONCEは「これが2,500人」と静かに繰り返した。続いて、自分たちが100人のライブハウスを埋めるのに必死だった時期があったこと、1,000円ほどのチケットを20枚捌くノルマがあったこと、補填のために夜勤までしていた頃の話まで、笑い混じりに語っていく。その上で最後に真っ直ぐに客席を見つめ、「今日まずこの日を選んでくれて、皆さんありがとうございます」という言葉を述べるのだった。

 最後にYONCEは自身が出演予定だった大阪のフェス、『OTODAMA』の話へとつないでいく。今年5月4日に出演予定だった『OTODAMA’26』が、暴風雨でステージが破損して中止になったこと。さらに8年前にもSuchmosが出演を予定していた『OTODAMA』が中止になったという不思議な縁についても口にしながら、「大阪にはなみなみならぬ因縁が生まれてしまった感じがあるので、またすぐ来たいと思います」と続けた。観客との緊張をゆるめながらも、ユーモアも交えつつ絶妙な距離感でコミュニケーションを取る。そういう姿もまた、Suchmosならではの空気感があった。

 この日の最後に鳴らしたのは「Life Easy」だった。熱量をさらに上へ押し上げるというより、ここまで鳴らしてきたうねりと客席の温度を、最後にもう一度近い距離で確かめるような選曲だった。

 「MINT」や「STAY TUNE」が鳴れば、当然フロアは盛り上がる。「あの頃の思い出」と交錯しながら、それぞれが客席で思いっきりブチ上がるのだ。今回のツアーでは、そんな名曲と並行するような形で、新しい楽曲が独自の輝きを放っていたのが印象的だった。

 100人のライブハウスを埋めるのに必死だった時期と、2,500人を前にする現在地を、本人たちは同じ目線で語っていた。そこに、いまのSuchmosのすごさがある。6年前に止まった対バンツアーは、現在進行形のSuchmosによって、新たな物語として更新されていくのだった。そして、2027年の全国アリーナワンマンツアー『Suchmos BAY SIDE TOUR 2027』へと続いていく。

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