猪崎宙生によるソロプロジェクト Cielyが掲げる反抗と挑戦 バンド解散からソロへ転向、音楽を諦めずに築いた今

Cielyが掲げる反抗と挑戦

 猪崎宙生によるソロプロジェクト Cielyが、5月3日に新曲「DEFIANCE」をリリース。同曲に込められたのは、音楽活動を行う中で猪崎の中で生まれてきた反骨心だという。しかし、ただ単純に感情をぶつけるのではなく、Cielyが見せてくれるのはその葛藤の先にある未来だ。

Ciely「DEFIANCE」MV

 活動開始から4周年を迎え、5月29日には名古屋ell.SIZEでアニバーサリーライブ『DEFIANCE』の開催を控える今、彼が見据える音楽家としてのこれからとは。これまでの歩みを振り返る中で、Cielyとしての現在地について話を聞いた。(編集部)

自分が好きな音楽をずっと探している

Ciely

――猪崎(宙生)さんは2022年からソロプロジェクト・Cielyとして活動をされていますが、それ以前はどんなふうに音楽の道を歩んでこられたんですか?

猪崎:遡ると高校受験のタイミングぐらいで、アニメのオープニング曲を歌っていたとあるアーティストに出会ったのがひとつのきっかけで。それまではアイドルであったり、いわゆるJ-POPしか聴いてこなかった少年が、初めて激しいライブをするロックバンドに触れたんです。当時の自分はダンスをやっていたんですけど、そのときに「俺はこれじゃない!」と思い、バンドを始めようと思いました。バンドをやっていた両親のアドバイスで急遽、受験する高校も変えたんですよ。「バンドやるなら金がいるぞ」と言われたので、バイトが許可されている学校を選んで。その後、高校で軽音楽部に入り、独学で楽器を始めたのが僕の音楽のスタート地点でしたね。

ーー高校で念願のバンドを組んだわけですか。

猪崎:そうなんですけど、実は同じくらいのタイミングで中学の同級生ともバンドを組んでたんですよ。自分は名古屋のライブハウスによく出入りしていて、バンドをやるなら名古屋のライブハウスに出られるようにならないとダメだ、それにはオリジナル曲で勝負しないとダメだという気持ちがあって。なので、中学の同級生と組んだバンドでは自分が曲を書き、ギターボーカルをやっていました。高校ではボーカルとギター以外をやろうと思い、ベースやドラムを選んで。そっちではコピーをやってましたね。

――ご自身的には中学の同級生と組んだバンドに軸足を置いていた感じだった?

猪崎:はい。そのバンドは高校卒業した後も続けて、トータルで8年ぐらいやってたんですよ。途中、メンバーが変わったりとかいろいろあって、コロナ禍前くらいで解散したんですけど。

ーーちなみにバンド時代はどんな音楽性で活動していたんですか?

猪崎:いわゆるギターロックと言われるジャンルだと思います。ただ、今と比べるとすごくおとなしかったですね。今はラップもけっこうやってますけど、当時はまったくやってなかったですし。スタンドマイクの前でギター持って歌ってる感じ。

――そのバンドが解散したことで、すぐソロとして動き出すことを決めたんですか?

猪崎:けっこう悩みました。実は僕、20歳前後くらいから名古屋のアーティストやアイドルに楽曲提供させてもらうようになったんですよ。自分のバンド以外で、クリエイターとして表現する楽しさもすごく感じていたので、バンドが解散したときは作曲業だけで生きていこうかなと思った瞬間もあったりして。それまでずっとバンドでやっていたから、ソロとしてステージに立つこと、1人でやっていくことへの恐怖もなくはなかったので。

――でも結果的にソロで活動していく選択をしたわけですよね。

猪崎:そこには明確なきっかけがあって。名古屋で今も現役で活動している先輩と旅行に行ったとき、ちょっとお説教されたんですよね。「おまえは何をやってんだよ。1人でも音楽をやれよ」と。その先輩はソロユニットという形態で活動していたんで、1人でも活動できるんだということに対しての説得力がすごくあったんです。そこで、「あ、俺にもできるかもな」と背中を押してもらうことができたので、その場でCielyという名前を決めて活動していくことに決めたんですよね。

――本名ではなく、ソロプロジェクトという形態での活動にしたのはどうしてだったんですか?

猪崎:本名の猪崎宙生でステージに立つのが恥ずかしいみたいな感覚があって(笑)。MCネームじゃないですけど、何かしら名前をつけたほうがいいなと思ったんです。本名が“そらい”という読みなので、フランス語で空を意味するCielを選び、そこに“y”をつけました。その理由は……「ソロアーティストと言えば?」ってググったときにVaundyさんが一番に出てきたんで、じゃあ最後に“y”をつけとこうみたいな。これ、めっちゃ恥ずかしいんですけどね。後付けで何か由来を考えようとも思ったんですけど、何も思い浮かばなかったので、正直に話すことにしてます(笑)。

――ソロとして動き出すにあたって、楽曲の方向性も明確に定めたんですか?

猪崎:そうですね。自分がギターを弾いて歌うことをバンドではずっとやってきてたんで、そうじゃないことをしたい思いがまずあったんですよ。楽器を弾かず、ハンドマイクでパフォーマンスしたいっていう。その上で、ソロだからできることをいろいろ模索した結果、自分はHilcrhymeさんやSKY-HIさんのようなラップものも好きだったことを思い出したんですよね。アイドルの曲なんかでも、ラップセクションが好きだったりもしたし。なので、そこからいろんなラップの曲を漁るように聴き、自分でもやってみることにしたんです。そこがCielyとして動き出すにあたっての、一番大きなアクションだったと思います。

Ciely

――ラップは今やCielyとしての大きな武器となっていますよね。

猪崎:僕の場合、ボーカリストとしての必殺技が特になかったんですよ。歌がめちゃくちゃ上手いわけでもないですからね。でも、ラップは自分の必殺技になり得るような気がして始めたんです。ものすごい技巧派の方のパフォーマンスを見ているときに、「ラップってギターソロみたいだな」と思ったことがあって。ギターでもベースでもドラムでも、ソロをやっているときってめっちゃ輝くじゃないですか。それと同じで、自分もラップをやっているときこそ輝けたらいいなと。そういう意味での必殺技としてラップを始めたところはあります。完全に独学ではあるんですけど。

――となると、Cielyとしてのサウンドに関しても新たなトライをされたはずですよね。曲の中にラップを織り交ぜるために。

猪崎:まさにそうですね。試行錯誤はかなりしました。当初はまだヒップホップ的なビートを作るのが得意ではなかったので、それまでやっていたバンドサウンドの延長線として、オルタナチックなトラックの上でヒップホップっぽいことをしたりとか、混ざってるようで混ざりきっていないような作り方をしていたんです。その後、ヒップホップのビートに振り切ったトラックを作れるようになったことから、遊びもかねていろんなスタイルのトラックを作り重ね、その結果、今のCielyとしてのスタイルが確立していった感じでした。

――これまでの楽曲を聴かせていただくと、とにかく自由ですよね。ジャンル関係なく、いろんなタイプの楽曲があって。

猪崎:そうですね。案外、その時々で自分がハマっているものをとりあえずやってみる、みたいな節もあるんですけど(笑)。そのジャンルを理解するために、まずはそのジャンルならではのサウンドを一回、作ってみて。その上で自分のフィルターを通しながら、いろんな要素を混ぜてみたりしつつCielyの曲として落とし込んでいくっていう。普段からほんとにいろんな音楽を聴いてますからね。年々、聴くジャンルが増えていってる(笑)。自分が好きな音楽、好きになるであろう音楽をずっと探している感じです。

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