「自分の夢を笑わない人に出会えた」――ミーマイナー 美咲が“東京=戦場”に刻んだ覚悟、再び描く武道館への夢

“求められる理想の提供”から“ありのままの自分を刻む表現”へーー。15歳で名古屋から東京へと単身乗り込み、ダンスボーカルグループとしての経験と挫折を経て、ひとりのギターボーカルとして再起した美咲。孤独な日々をロックに救われ、自身の“今”を歌うことで見つけた居場所こそが、ミーマイナーだった。師匠と仰ぐさすけとの出会い、そして待望のメジャーデビュー。日本武道館という消えない夢に向かって突き進む彼女の、壮絶かつ瑞々しいルーツを解き明かす。(編集部)
「放課後って何をしたらいいのかわからなかった」
ーー今回は改めて美咲さんのルーツを深掘りしたいと思っています。まずは、音楽に興味を持ったきっかけから教えてください。
美咲:3歳からピアノを習っていたので、幼い頃から身近に音楽はあったんですが、小学校6年生くらいの時にK-POPにハマって、そこからダンスにも興味を持つようになりました。高校2〜3年生の時に邦ロックにハマり、それからはずっと邦ロックばかり聴いています。
ーーK-POPにハマったのは何がきっかけだったんですか?
美咲:当時、少女時代やKARAがめちゃめちゃ流行っていて。学校全体、みんながK-POPを聴いているような感じだったので、自然と聴くようになりました。私にとっては、クラシック以外の音楽に初めて触れたのがその時なんです。
ーーたしかにそれは衝撃を受けますよね。高校生で邦ロックにハマったのは何がきっかけですか?
美咲:ちょうどコロナ禍だったこともあって、家にこもって音楽をよく聴いていて。それまでは、「音楽はダンスと一緒にあるもの」だと思っていたので、自分の歌いたいことを歌詞で表現しているということに衝撃を受けて、カッコいいなと思ったんです。
ーーそうか、それまでは音楽は踊るものだという認識だったんですね。
美咲:そうです。あまり歌詞の意味を考えながら音楽を聴いているわけではなかったし、何かを表現したい人が作っているものだと思っていなかったというか……「何かを表現したい」という熱量がこもった魂みたいな歌詞にすごく衝撃を受けました。
ーーちなみに中学生、高校生の時はお友達と踊ったりもしていた?
美咲:はい、みんなで家に集まって振りコピなどもしてましたね。

ーーでは、バンドを好きになった時は、「バンドを組もう」という話にはならなかったんですか? コロナ禍だったから難しかったですかね。
美咲:そうですね。あと、私は15歳で地元の名古屋から上京しているので、東京にあまり友達がいなくて。よくひとりでアコギを弾いていました。
ーー友達みんなと踊っていたところから、東京でひとりで音楽を聴くようになったという状況だったからこそロックバンドが刺さった、というのもあるかもしれないですね。
美咲:たしかに! それはめちゃめちゃあると思います。
ーー以前、ギターを始めたのは家にあったアコギを触って、ご自身の思いを言葉に乗せたことがきっかけだったとおっしゃっていましたが、それは邦ロックに出会う前?
美咲:はい、高校1年生の時です。邦ロックに出会う前だったので、最初はシンガーソングライターのカバーをしていました。
ーーその時はまだ、曲の持つエネルギーや歌詞の力みたいなものには気づいていなかった?
美咲:はい。ギターは暇だったから始めたものだったんですよね。ピアノは弾けるし、できないことを何かやってみたいなと思って始めただけだったので、その時は音楽にのめり込むみたいなことはまだなかったです。
ーーその頃はどういう夢を抱いていたんですか?
美咲:私はミーマイナーを始める前、ダンスボーカルグループに所属していて、そのグループ活動のために上京したんです。だからそのグループでいつか武道館に立ちたい、有名になりたいとずっと思っていました。
ーーではご自身でギターを持って歌うことは、本当に趣味でしかなかったと。
美咲:はい。私はグループでの活動に24時間365日捧げるつもりで来ていたんですが、実際、蓋を開けてみたらすごく暇で。だからといって部活もやっていなかったので、本当に暇だったんです(笑)。それに、中学生の頃からずっとグループでの活動をしていたので、学校終わりに友達と遊ぶみたいなことをしたことがなくて。放課後って何をしたらいいのかわからなかった。

マカロニえんぴつに受けた衝撃、“今”だけを歌いありのままの表現を貫く理由
ーーそれまでは趣味のひとつという感覚だった作詞作曲や、自分でギターを弾きながら歌うということにのめり込んでいったのはいつ頃だったのでしょうか?
美咲:バンドというものに出会って、「悲しみや孤独を歌っていいんだ」って、その時に初めて気づいて。で、その当時の、暇でどうしようもない孤独の日々を歌詞にして歌い始めました。
ーーそれを教えてくれたアーティストを具体的に挙げるなら?
美咲:マカロニえんぴつです。ほかにもいろいろなバンドを聴きましたけど、私が一番衝撃を受けたのはマカロニえんぴつでしたね。
ーーその後、紆余曲折あり、今はその時のようなご自身の気持ちをミーマイナーというバンドで歌っていますが、今の美咲さんにとってミーマイナーはどういう場所になっていますか?
美咲:曲を書き始めたのは「人には相談できない悩みや孤独を曲にしていいんだ」という衝撃がきっかけですが、今でもその気持ちは変わらなくて。ミーマイナーは自分がありのままでいられる唯一の場所だし、人には相談できないことを曲にしているという感じです。
ーーとはいえ、今は当時とは違って暇でもないし、孤独でもないと思うんです。少なくとも、抱えているものは当時とは違いますよね。
美咲:はい。
ーーそういう意味で、歌うものは当時と変わっていっていますか?
美咲:そうですね……ずっと“今”を歌っています。「本当に思ったことだけを書く」ということを大事にしているので、昔がどうとかはあまり考えないですね。

ーー「今を歌う」ということがずっと変わっていないんですね。では、ミーマイナーとして活動していくなかで音楽への向き合い方や音楽に対する気持ちに変化はありますか?
美咲:ミーマイナーではリーダーのさすけさんも曲を書くんですが、私はもともとさすけさんがボカロPだった頃から知っていたし、いちファンとして「歌詞の表現力がずば抜けてすごいな」と思っていたんですね。だから、その人の歌詞を今は自分が歌っていることや、新曲を最初に聴けることが嬉しいし、刺激をもらっていますね。
ーー逆に言うと、憧れているさすけさんに自分の作った曲を聴いてもらうわけですよね。
美咲:はい。これまでは自分の曲をバカにされ続けてきた数年間だったので、まさか自分の憧れている師匠的な存在の人に「お前の曲はいい」と言ってもらえるなんて思っていなくて、本当にびっくりしました。でも、私たちはクオリティとかオリジナリティとかよりも“熱量”みたいなものを大事にしていて。さすけさんは「どうしてもこれが表現したかったんだね、とわかる曲が世界で一番だ」と言っている方なんです。私の曲にはそれを感じたと、リスペクトしてもらえるようになりました。
ーー言ってしまえばさすけさんの曲でバンドをやりたいなら、さすけさんの曲だけでも活動できたと思うんですが、美咲さんの曲でも作ることになったのはどうしてなんですか?
美咲:私が自分の生き様を歌ってるボーカルに憧れたからですかね。私は自分の歌が「上手いね」と評価されたこともないし、歌が自分の一番の武器だとも思っていない。だから、ボーカルとしてバンドに入りたいと思ったことはありません。表現したいことはあるけど、誰も私の曲を歌ってくれる人がいないから歌っているだけというか。

ーーああ、なるほど。自分の思いを曲という形にしたい、それを表現したいと。
美咲:はい。だからミーマイナーではギターは絶対に置かないって決めているんです。私はボーカルじゃなくて、ギターボーカルで、「曲を作っている人」だというアイデンティティでありたいので。
ーー頼もしいです。ただ、もともとやられていた活動とは真逆ですよね。
美咲:はい。でも、だからこそな気がしていて。前は、自分の表現というよりも、求められている理想を提供するという活動だったんですが、それを続けているうちに、自分が何かわからなくなってしまって。「私はこういう人間だ」というものをどうしても世界に残したくて、曲を書くことを始めたんです。だから今でも、作る曲は「個人的である」ということを一番大事にしています。


















