『べらぼう』堂々の完結へ 作曲家 ジョン・グラムが振り返る、蔦屋重三郎らの人生と江戸文化に寄り添い続けた音楽制作秘話
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合)が12月14日に最終回を迎える。吉原の貸本屋から「江戸の出版王」に成り上がった”蔦重”こと蔦屋重三郎の生涯を描いた本作。そんな蔦屋重三郎の波瀾万丈な人生と同時代を生きた人々の群像劇をよりドラマティックに演出し、登場人物と視聴者の感情に寄り添ったのが、ジョン・グラムの音楽だ。彼が約1年かけて紡がれる壮大なドラマの音楽をいかにして作り上げてきたのか。その制作秘話をお届けしたい。(編集部)
この物語が必要とする感情のふり幅は、非常に大きかった
ーーようやく『べらぼう』に関するすべての作曲・録音が終了したとのことですが、まずは今の率直な気持ちを聞かせてください。
ジョン・グラム(以下、ジョン):まずは、ホッとしています(笑)。準備期間も含めると、大体2年ぐらい『べらぼう』の仕事に携わっていたのですが、今年の1月にロスで大規模な山火事があり、私の仕事場も少なからず被害を受けました。幸いなことに機材を運び出すことはできたのですが、それまでの快適な仕事場ではなく、急ごしらえの場所でずっと作業しなくてはならなかったんです。そういう意味でも、すべての曲を無事作り終えることができてーーもちろん自分としても、とても満足のいく音楽を作ることができて、まずはホッとしているというのが正直な感想です。
ーー最終的には、どれぐらいの数の曲を書いたのでしょう?
ジョン:大体6時間分ぐらいの音楽を書きました。曲数的には100前後といったところでしょうか。今、改めて思うのは、この物語が必要とする感情のふり幅は、非常に大きかったということです。吉原で働く人たちの思いから、江戸の文化を担ってきた人たちの思い、さらには火山が爆発するような自然災害や飢饉、果ては複雑な政治の話もありました。それぐらい、音楽で表現する感情のふり幅が大きかったのです。それは、本作の脚本を書かれている森下佳子さんの想像力が素晴らしいということなのですが、私にとっても非常にやりがいのある、とても楽しい作業でした。
ーー放送前は、江戸時代の雰囲気や吉原の華やかさをどのように描くのか注目されていましたが、放送が始まってみたら、そもそも「人間ドラマ」として、ものすごく面白かったですよね。
ジョン:おっしゃる通りだと思います。「この脚本家は、天才なのではないか?」ーーお世辞ではなく、毎回そう思いながら、英語に翻訳していただいた脚本を読み進めました。ただ……『べらぼう』をご覧になっているみなさんはご存知のように、6月ぐらいから、物語の舞台となる場所が、吉原から日本橋に移りました。新しい登場人物たちも、数多く現れました。それによって、私が作る音楽も、だいぶ変わっていったところがあるんです。さらに、物語が終盤に近づくにつれて、物語のトーン自体も、かなり変わっていったところがあるように思っていて。そういう意味で、最後に書いた3曲は、音楽のスタイル的にも、これまで書いてきた『べらぼう』の楽曲とは、かなり違ったものになっていて、私としても非常に満足のいく仕上がりになりました。
ーーちなみにそれは、何というタイトルの曲になるのでしょう?
ジョン:「七つ星の龍が見たもの」「写楽誕生」「一世一代の挑戦」の3曲です。本編で使われる時期の都合上、これまでリリースしてきた3枚のサントラ盤には入ってないのですが、これからリリースされる予定の「完全盤」と「ベスト盤」のほうには、3曲とも収録される予定です。
ーー一曲ずつ、その特徴や聴きどころを聞いてもよろしいでしょうか?
ジョン:もちろんです(笑)。まず、「七つ星の龍が見たもの」という曲はーーそのコンセプト自体は、タイトルの通り、平賀源内が書いた戯作になるのですが、そのあとの展開で「天は見ているぞ」という印象的な台詞があったり、物語が進むにつれて、文字通り天に昇っていった人たちも、たくさんいます。そういったことも含めて、「天」と「地」の関係を「龍」をモチーフとして、コンセプチュアルに描きたいと思ったんです。その意味でこの曲は、他の楽曲とは、かなり雰囲気の違うものになっていると思います。楽器の編成的には、チェロのソロとヴォーカルになっていて……そう、この曲のヴォーカルは、『麒麟がくる』のときにも参加していただいた、堀澤麻衣子さんに担当していただきました。
ーーなるほど、ボーカルの入った曲なのですね。「写楽誕生」については、どうでしょう?
ジョン:「写楽誕生」も、これまでとはかなり風合いの異なる曲になっています。そもそも、東洲斎写楽という人物の正体は、誰も知らないわけです。果たして、人物だったのかどうかさえ、よくわからない(笑)。しかも、彼は史実的にも、10カ月という短い期間しか活動していない、とても謎めいた人物なんです。その人物を音楽で表現するならば、やはりこれまでとは違ったアプローチのものにしたいと思ったんです。なので、この曲に関しては、リズム的にも変拍子を用いて、どんどん変わっていくようなものになっていて、音階に関しても、かなり個性的な音階を使っています。そう、この曲に関しては、『べらぼう』の音響統括である佐々木敦生さんとのあいだに、面白いやり取りがありました。佐々木さんとは、毎回毎回、いろいろなことを話し合うのですが、この曲に関しては「沸騰するような感じで」という、これまでとは少し違ったオーダーが、佐々木さんのほうからあったんです。グツグツと煮立っていくような、エネルギー感のある曲がいいと。それを私なりに考えて作ったのが、この「写楽誕生」という曲なんです。