歌声分析 Vol.1:藤井 風 言語感覚・母音・ブレス……『Prema』を軸に探る言語を越境するボーカル設計

「Hachikō」から見える高度な言語解釈 ボーカリストとしての進化

 そして、もともとその言語にはなかったニュアンスを付け加えていくことこそが、藤井のボーカルの真骨頂だ。「Hachikō」のサビでは、同じメロディで日本語と英語、両方で歌うパターンが出てくるが、言語が変わってもメロディの印象がまったく変わらないのは、それぞれの言語に対する解釈、単語の発音が大きく関わっていると考える。同時に、彼の作り出すメロディは、言語を超えるほどにエバーグリーンなのだと改めて感じる。

 さらにポイントは、ブレス交じりの声の使い方にバリエーションが増えてきたことだ。ヒット曲「きらり」(2021年)以降、藤井は喉にあまり力を入れず、歌声にブレスを混ぜる歌い方を多く取り入れるようになったと思う。アルバム『Prema』は、その試みの見本市のようなアルバムだ。「きらり」でも見られた「い」行などのあまり口を開かない母音の言葉、「ん」などの弱音もブレスボイス混じりで巧みに母音を処理している。クレッシェンド、デクレッシェンド、少し鼻腔に抜けるパターン、リズムを刻んで早めに切り上げるパターン、弱音でほぼ言葉は発音せずに吐息だけ抜くように歌うパターンなど、多彩なニュアンスを繰り出している。

Okay, Goodbye

 そんな中でも驚くのは、ロングトーンにおいもブレスを使ったニュアンスが登場するところだ。『Prema』収録の「Okay, Goodbye」では、中低音のロングトーンで、空気の中に溶け込むようなブレスボイスを聴かせている。さらに、アルバム全編を通して、声を張ったロングトーンではなく、ミックス上でも歌が主張しすぎていないのに、柔らかな声の中に倍音のような響きを残す点に、藤井 風のボーカリストとしての進化と真価を感じる。

 藤井 風は、前例のない“曲の中での歌の在り方”に、挑戦しているのかもしれない。

※1:https://www.billboard-japan.com/charts/detail?a=hot_albums
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