星野源が歌った嘘偽りなき“人間宣言” ツアー後に再考する、『Gen』を形作った音楽家としての原点

 今、ツアーを終えた星野源の最新アルバムを聴くとどういう印象を受けるだろうか。リリースから半年近く経過したこの秋、ふと改めて『Gen』に向き合ってみた。

星野源は“何も変わっていない”――傑作『Gen』から辿る約20年前の記憶

 リリースツアー『Gen Hoshino presents MAD HOPE』から、筆者は大阪城ホール公演(6月25日)に足を運んだが、その時の眩しいばかりのパフォーマンスは今も記憶に鮮明だ。スーパーマリオとドラえもんという日本を代表する2大人気キャラクターをも“味方”につけた星野は、もうそこにいるだけで輝いていて、眩しくて、ミュージシャン/アーティストという枠組みを超えたポップアイコンたりえていることをつくづく思い知った。しかし、そこからももう4カ月が過ぎ去った。『Gen』というアルバムが“今”どのように聞こえてくるのか、気になったからだ。

星野源 - Mad Hope【MAD HOPE Japan Tour 2025】

 通常運転。やはり通常運転だった。そう、これが彼のスタンダード。そこに立ち返れば立ち返るほど、このアルバム『Gen』がとても愛おしく感じられる。これだ、これが星野源だ。こういう星野源もある、とか、こういう星野源だっていい、ではなく、これこそが“人間・星野源”ではないか、と。そして、ライブで眩いばかりにエネルギーを放っていた“ポップアイコン・星野源”の中に、こうした“人間・星野源”が間違いなく潜んでいる……というより、それがそのままポップアイコンとして鮮やかに姿を変えていることに、筆者は驚きを隠せなくなった。このアルバムを聴いてこそ、星野の骨子と素顔がレイヤーとなって伝わってくるのではないか、と。

 そして、再び繰り返し聴いているうちに、星野に最初に取材をした時のことを思い出すようになっていた。2004年、SAKEROCKのアルバム『慰安旅行』がリリースされた際、筆者は星野、伊藤大地、浜野謙太、田中馨の4人に事務所の小さな部屋で話を聞いたことは、実はわりと鮮明に覚えている。同じ高校出身者たちが集まったバンドだったし、当時の彼らはまだ20代前半だったが、身内ノリ、学生ノリはほとんどなく、それぞれにミュージシャンシップの高さを自覚していたのに驚かされた。もちろんそれは、マーティン・デニーの曲名からグループ名が名づけられていたり、『慰安旅行』というタイトルが細野晴臣の『泰安洋行』へのオマージュだったりといった、ある種のマニアックな話ーーいや、もちろんSAKEROCKのその後の人気と星野のブレイクによって、今となってはこうしたネタは決してマニアックでもなんでもないのだがーーで盛り上がったから、というのもある。だが、音楽に取り組む姿勢は、みな非常に真摯で、特に星野は当時まだ歌っていなかったにも関わらず、“いいメロディ”への愛着を演奏でどのように表現するのかを丁寧に話してくれたのを今でも忘れていない。ユーモアもあるし知識も豊富、飄々としている、だけど、何より音楽に真面目な人だ。それが星野の第一印象だった。

 昨年9月、その星野と久しぶりに顔を合わせて話をした。『星野源のおんがくこうろん』(NHK Eテレ)のシーズン3に“シノかいせついん”として呼んでいただいた筆者は、彼の最初のアルバム『ばかのうた』(2010年)で取材をして以来実に14年ぶりに、収録スタジオで僅かながら雑談をしたのだ。無事に収録が終わり、でもすぐさま次の回の収録が控えている中、彼はわざわざ筆者のいる場所まで足を運んで近くに座り、「いやあ、ほんと久しぶりです、お元気ですか?」と話しかけてきてくれた。そこで自然と『POP VIRUS』(2018年)以降出ていない星野の新作アルバムの話になり、筆者も大好きなサム・ゲンデルの話になり、LAの音楽シーンの話になり……と会話が進み、その場でそのサム・ゲンデルと、彼とも親しい同じLA拠点のルイス・コール、サム・ウィルクスがニューアルバムに参加していることを教えてくれた。「来年の春には出せると思います」ーーそう打ち明けてくれた星野の表情は、初めて会った約20年前とはもちろん違い落ち着きもあるし貫禄もある。だが、丁寧に音楽に向き合う姿勢においては、何も変わっていないようにも思えた。私がシノかいせついんとして出演したキャロル・ケイの回は、放送時間こそ30分だったが、実際は1時間以上収録している。星野が本当に嬉しそうに曲に合わせて体を揺らしたり、思い入れを語ったりする横顔を眺められたのは役得だったが、至極当然ながら、星野源は音楽家なんだ、そして何より愛すべきリスナーなんだ、そんな思いを新たにした。

 という体験を経ていることを除いたとしても、ニューアルバム『Gen』は、SAKEROCK結成以来の約四半世紀が彼の表現者としての身体に刻ませた皺や染みが、一人の人間の自然な姿をそのまま伝える大傑作だと今もってしても断言できる。無理にエンターテイナーであろうとしない、ある種の素っ気なささえ感じさせるここでの16曲は筆者には痛快でさえある。

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