SILENT SIRENが戦い続けた15年のすべて ガールズバンドとしての覚悟と意地と願い――1万5000字インタビュー

バンドをやめるとかサイサイがなくなるなんて、想像もしたことがなかった(山内)

――その深くてシンプルで強い「サイサイが好きなんだ」っていう気持ちにおいて、3人のなかでしっかりと足並みが合っていた感覚はあったの? 「サイサイは家」というのはいい言葉だと思うんだけど、すぅがそう思っていた時に、あいにゃんとゆかるんは、どういうふうにその時期を過ごしていたの?
山内:すぅが言ったように、活動休止っていう選択が必要だったんですよね。それは、SILENT SIRENがイヤになったという理由ではまったくなくて、純粋に一度体制を整えたいという思いで活動を休止をして。音楽聴かない時期もあったんですけど……。でも、会社に出社するようになって、たまたまサイサイの音楽が(会社で)シャッフルで流れた時に、3人で口を揃えて「めっちゃいい曲だね」って。「ああ、やっぱり私たちはサイサイのことが何よりも好きなんだな」と思えたんですよね。そこで再確認できた気がしました。活動休止はみんなで決めたけど、その時点では活動再開がいつになるのか全然わからないじゃないですか。活動休止するまでは、私はバンドをやめるとかサイサイがなくなるなんて、想像もしたことがなかったんですよね。でも、活休したからといって、ただ止まっているわけではなく、会社を立ち上げて、それこそパソコンの前に座って文章や写真を確認したり、編集したりなんて全部が初めてのことだったから、変わらず忙しくしていて。だけど、いつ活動再開するのかっていう話は、ギリギリになってあらためてしたと思います。活動再開って一回しかできないし、再開したからには20代の頃のようにがむしゃらにやれるのか、また武道館でライブすることを目指すのか、いろんなプレッシャーと迷いと葛藤があった。「ただやりたいから」っていう理由で再開するのは違うと思っていたんですけど、「やっぱりサイサイが好き」「ファンに感謝を伝えよう」というシンプルな答えにまとまっていきました。
――ゆかるんは、どうだった?
黒坂:活動休止することになって、みんなで話して会社を立ち上げた頃は、ゼロからのスタートだったので、覚えることが本当に多かったんですよね。日々を必死に生きてる感覚。日々新しいことに必死になるなかで、時間が経って、すぅの手術もあって。手術したあとにすぅがあらためて思ったことを話してくれて。その時に、あらためて「ああ、やっぱりサイサイがいちばん大好きなんだな」って。それはずっと思っていたことだけど、再確認したというか。
――2023年の年明けにすぅが手術をして。そこから書く歌詞も変わったし、「このまま止まれない」「このまま終われない」という覚悟と、「もう一回始めよう」という腹の据わりみたいなものがあった気がするんだよね。
すぅ:そうですね。活休することになった原因に対しての悔しさもあって、何があったのかはお客さんが知らなくてもいいことなんだけど、それも悔しくて。自分たちのメンバー編成が変わったから活休しなきゃいけなくなって、音楽ができない選択を取ったっていう事実も悔しかった。そうやって悔しいと思ってる現実も悔しい。だから、「うちらは絶対に幸せになるべきだよ!」ってずっと言い続けてたし。
――うんうん。
すぅ:正直、あの出来事にとらわれているというのはやっぱり消えなくて。うちらが楽しく音楽をやることが、ファンにとっても恩返しになるし、自分たちもそれで報われる気がする。サイサイに戻ってくるっていうことでしか自分を救えなかった感覚がある。思い出すことすらも悔しいんだけど、「そんなこともあったよね」って笑えるような生活になってきてるなと思う。うちらはうちらで楽しいし、お客さんも喜んでくれているし、「あの頃とはまた違った私たちだけど、今のほうが味が出ていいよね」って思えるようになってきたし。私自身も、前より思ったことを歌詞にすることが多くなったかなって思います。
――そう思うよ。本当に変わったよね。
すぅ:大人になった今だからこそ書ける歌詞というか。今思っていることを書いて、それを「いいね!」って言ってくれるメンバーがいるから、そのまま出せる。
――サイサイの活動休止は3人の責任でもないし、不可抗力でバンドを続けられなくなってしまった状態で。解散という選択肢もあったかもしれないけれど、そこでの解散は、自分たちが選んだ解散ではなくて、大きな流れによって解散させられてしまうことになるという。そこで「このままじゃ終われないよね」と思えたことはすごいよ。
すぅ:バンドを始めた時も、やっていくなかでも、「悔しい!」という気持ちが原動力になってたんですよね。「悔しいからもっとやんなきゃ」「もっと売れてやるぞ」って。活休も最悪な事態ではあるけど、その悔しい気持ちのおかげで続けられたのはあるかな。コロナ禍でもあったし、みんなの熱気が消失してしまわなくてよかったなって。「悔しいし、うちらでなんとかもう一度土台作って頑張ろうよ」って言えるみんなですごくよかったです。
――そうだね。
すぅ:だからこのメンバーを選んだのかなあ、みたいな(笑)。
――いや、本当にそうなんじゃないかな。そこで「私はもうやめる」って、誰かが言ってたら続かなかったよね。
すぅ:そうなったら、本当に心が折れてたかもしれない。
――「一度休んででもサイサイを続けようよ」と言えるメンバーが3人いたという。だから、このメンバーなのは必然だったと思うよ。
すぅ:そう言ってもらえて救われました。
“終わる理由”はたくさんあるけど、“終われない理由”ってそれぞれ違う(すぅ)

――そこから活休が明けて、サイサイとして再び生きていくことになり、新たな作品を作っていくわけじゃない? そこで出した『YOUTHFUL』という作品は素晴らしいと思うんだけど、どういうふうに動き出していったの?
すぅ:まずリリースするって決めたのはよかったんですけど、活休明け1発目の作品のリード曲は、すごく悩みました。まずは自分たちと待ってくれていたファンに対して、身内感があってもいいから、そういう作品を作ろうって。それで『YOUTHFUL』を作りました。「おかえり」と「ただいま」を言える作品にしたいと思って。あと、「バンド=人生」だから、それを歌った曲――「Sus4」を作って。4人だったことも事実だし、それが3人になったことも事実で、それを曲にしてみんなと共有したいなと思って、すごく時間かけて作りました。
――制作は、「Sus4」から始まったの?
すぅ:「最愛の君へ」は、会社を新しく作る前から作っていて。活休する時に「再会する時にこの曲を(作品に)入れたいな」って思ってた曲だったんです。それ以外だと「Sus4」が最初でしたね。
――そこからすぅのなかで、自分は何を歌っていくのか、何を残していくのか――それがメンバーへのメッセージにもなるし、書くことがサイサイを守ることに直結するようになったんだと思うんだよね。
すぅ:そうだと思います。言葉足らずにもなりたくないし、すべてを語ることはできないけど、この曲を聴いたら自分の人生を振り返れたり、ファンのみんなも振り返れるというか。私たちが戻ってきたということを喜べて、みんなの希望にもなるような曲にしたいなって。プレッシャーにもなったけど、曲を作れるってことがこんなに嬉しいんだってあらためて思いましたね。曲は作れるは作れるけど、それを誰かに聴いてもらえるという環境は久々だったから、めっちゃ嬉しかったです。曲を作るうえでの苦悩すら、ちょっと楽しかった。
――そうだよね。この曲にはすごくいい歌詞があって。〈終われない理由〉という言葉なんだけど、この言葉を書けたのはすごく大きいと思う。
すぅ:“終わる理由”はたくさんあるけど、“終われない理由”ってそれぞれ違うなと思って。私たちにはやり残したことがあるし。「待っててね」って言っちゃったから、ファンのみんなに。だから、「ただいま」っていう言葉を待ってくれてるかなと思って。
――あいにゃんとゆかるんにとって最初の制作にはどう臨んでいたんだろう?
山内:やっぱり、活動休止の2年間は大きかったと思うんですよね。音楽から離れていたし、一曲ができるまで時間がかかってしまった部分もあったりしたんですけど。でも、一個一個こだわってフレーズを考えられたなと思ってます。「Sus4」に限らず、(『YOUTHFUL』の)全曲に魂の叫びみたいなものを感じて。
――そうだよね。
山内:「衝動」は、すぅの気持ちがブワー!って伝わってくる。ファンの方たちからすると、活動休止の2年の捉え方は一人ひとり違うと思うんですよ。「意外と早かった」って思う人もいれば、「ずっと待ってたよ!」という人もいて。みんな、“2年間”だったんですよね。ファンに対しても最高の曲が届けられてよかったなって思います。
黒坂:「Sus4」のすぅの声が入ったデモが上がってきた時に、本当に感動して。曲もいいし、歌詞もすごくいい。すぅだけの気持ちだけじゃなくて、私とにゃんちゃんの気持ちを代弁してくれているというか。私はうまく言葉にできないんだけど、「そう! こういうことだよ!」みたいな。「Sus4」ができた時点で「ああ、サイサイをやってきてよかった」と思えたし、「この曲ができてよかったな」って思ったし、「待ってくれていたサイファミのみんなにも思いが届くな」って。めっちゃ感動したのを覚えてます。
すぅ:やるからには覚悟を持って、もう一回サイサイの音楽と向き合わなきゃ、っていう。私は「いつかまたサイサイにもう一度出会えたらいいな」と思ってたんだけど、「ふたりはどうなのかな?」って不安に思っていた時期もありましたし。「もう一回サイサイとしてみんなでバンドができたら嬉しいな」って思っていたから、ファンと同じぐらい私は再開がすごく嬉しかったし、にゃんちゃんもゆかるんも、相当な覚悟で再開することを決めてくれたと思っていたから。それに、「曲がいいね」って言ってくれるのは誰よりもメンバーだったので、メンバーに対してもファンの人に対しても、腑に落ちる歌詞を書かなきゃダメだなと思って書きました。曲に対して向き合うことが多くなりましたね。
――この作品には、これから先、何かあるたびに振り返って立ち返るような言葉が本当に多く詰まっていると思うよ。
すぅ:そうですね。たまに聴き返すと、やっぱり元気をもらえますね。奮い立つ、というか。「ああ、こういう思いでバンドを始めたんだなあ」って思います。踏ん張ってる感じ。
――ここで奇跡的な踏ん張りを見せられる人たちだから続くんだなあとも思った。
すぅ:きれいな形で音楽を続けられているわけじゃなくて、いろんなことがあってすごく難しいけど、「みんなで頑張っていこうよ!」っていう思いが『SHE SCREAM ROCK』にもあって。難しい世のなかだし、女性っていうだけで大変なこともあって、そこで音楽という選択肢を取っている私たちを見て、勇気が出るような存在にならなきゃいけないなって思えるフェーズに行けたと思います。


















