センチミリメンタルが向き合う対極の感情たちの対話 なぜ『カフネ』は肯定と慈愛のアルバムとなったのか?
センチミリメンタルが2ndアルバム『カフネ』を8月6日にリリースした。
今年2月にセルフカバーアルバム『for GIVEN』が発表されたものの、オリジナルアルバムのリリースは『やさしい刃物』以来3年8カ月ぶり。とはいえ、この間にもセンチミリメンタルはシングルという形で、クオリティの高い楽曲をコンスタントに世に出していた。
たとえば、2023年リリースの「生きていかなくちゃ」。ピアノ向きのコードをギターのアルペジオで鳴らして楽曲のシンボルにするという発想が、ピアノもギターも弾ける温詞ならではのものだった。さまざまな技法を融合させたコード進行や直接転調とピボット転調の効果的な使い分けも特徴的で、センチミリメンタルの多面的な音楽的素養が結実した、完成度の高い楽曲だったように思う。2024年リリースの「正義のすみか」は、“正しさ”の暴走と糾弾集会化する社会という楽曲のテーマも相まって、叫びのようなハイトーンがリスナーに鮮烈な印象を残したことだろう。この曲のBメロからサビへの進行も、伝統的な技法をセンチミリメンタルの目線で再解釈した、音楽そのものへの深い理解が表れていた。センチミリメンタルはデビュー6年目だが、温詞の音楽家としてのキャリアはもっと長く、他アーティストへ楽曲を提供できるほど作家として成熟している。幼少期のクラシックピアノから始まり、バンドマンとしてのキャリアを経て、編曲やプログラミングまでもを担うソロプロジェクトへ――という歩みのなかで染みついた和声的思考、身体的な音楽記憶が基盤となり、独自の作家性が築かれているのだとわかるシングルラインナップだった。
加えて、タイアップ作品との相乗効果によって、楽曲のテーマや表現の幅は拡大。〈愛してるよ〉〈好きだよ〉など普段なかなか口にしづらい言葉をメロディに乗せた「ひとりごと」、タイトルの時点で独創的な「スーパーウルトラ I LOVE YOU」を筆頭に、ストレートな愛情表現や日常の幸せ、感謝の気持ちを描写した曲が前作よりも増えた。また、インディーズ時代から歌い続けてきた「結言」の音源化も、センチミリメンタルのキャリアにとって意義深いものだったろう。これら既発曲の持つ温かいイメージに、国内外でのライブ活動を通じて得た「音楽は物理的な距離を超え、人の心に寄り添うことができる」という実感(※1)が結びついて生まれたアルバムのカラーが、『カフネ』というタイトルを呼んだ。『カフネ』とは、ポルトガル語で「大切な人の髪にそっと指を通すしぐさ」や「頭を撫でて眠りにつかせる穏やかな動作」を表す言葉である。
今作には、全13曲が収録されている。そのなかで個人的に注目したいのは、「ツキアカリ」の編曲をシライシ紗トリが手掛けていること。作詞、作曲、編曲を自ら行ってきたセンチミリメンタルが、サウンドプロデューサーを迎えたのはこの曲が初めてだ。先述の通り、センチミリメンタルは、ソングライターとしてのアイデンティティをすでに確立している。だからこそ、「自分らしさを拡張する」という発想で、自らの音楽的母語を理解してくれる人との共作の機会やひとりでは思いつかないアプローチ、まったく新しい音響世界の開拓を求めたのだろう。結果的に「ツキアカリ」は、センチミリメンタル初のブラスサウンドを取り入れた楽曲に。「呼吸し脈打つ体温のある音楽」というアルバムのコンセプトに沿いつつも、リスナーに新鮮な印象をもたらすサウンドを実現させた。
『カフネ』は“対極にある感情たちの対話”をテーマにした作品で、歌詞を見ると、同一楽曲内で相反する感情が共存したり、前後の曲が対を成したりしている。たとえば、ストリングスのドラマティックなフレーズとともに、孤独な夜の内省を歌う「君想う夜」に対し、「スーパーウルトラ I LOVE YOU」では理性を振り切ってまっすぐに愛を叫んでいる。「光の中から伝えたいこと」と「正義のすみか」の連続は、言葉は杖にも刃にもなるという気づきをリスナーにもたらすことだろう。〈それでも〉という逆接の接続詞が多く登場する「生きていかなくちゃ」で描かれるのは、感情の反転の瞬間。「死んだっていい」は、〈あなたのためなら死んだっていい〉〈そんなあなたと 明日を生きたい〉という真逆の表現で同じ愛情を表現している点が巧みだ。
8曲目の「ゆう」は、かけがえのない日常を歌ったミディアムナンバー。アコースティック調のサウンドも含め、アルバム『カフネ』のあたたかいイメージを最も体現している曲と言っていいだろう。そして、激情的に愛情を表現した前曲「死んだっていい」に対し、「ゆう」では〈生きていてくれてありがとう〉〈生まれてきてくれてありがとう〉と相手の存在そのものへの感謝から生まれる愛情を歌っており、この2曲もまた対比構造になっている。「死んだっていい」的な激しい感情表現は前作にも見られたが、「ゆう」のような成熟した愛情表現は今作ならでは。音楽家以前にいち人間として、センチミリメンタルが人生経験を重ねてきたからこそ書けた曲ではないだろうか。
11曲目の「ミラーソング」も印象的だ。まず、普遍的な描写と視覚的なメタファーの合わせ技による〈鏡の中映る僕は/本当は反対の姿らしい〉という歌い出しが秀逸。その後、〈だから仕方ないよな/本当の自分なんて知らない〉という歌詞をきっかけに、話の焦点を外見から内面へと転換させ、後悔を吐露してから、〈だから僕を忘れていいよ/全部全部忘れていいよ〉と歌っている。全体を通じて、言葉と本音が食い違ったり、自分の気持ちを見失ったりしがちな人間(=自分)の愚かさを自嘲する論調が貫かれているからこそ、〈忘れていいよ〉という歌詞の裏に「忘れないでほしい」という本音が透けて見えるようで切ない。アルバム終盤に配置されているのも効果的で、それまでの楽曲で“対極にある感情たちの対話”を何往復も経験してきたリスナーにとって、この自己言及的な皮肉と悲しさは最大限に心に響くはずだ。続く「結言」の〈ねぇ、忘れないでね。〉という歌詞は「ミラーソング」と対極をなし、曲順の効果で言葉の切実さが際立つアルバムマジックを生んでいる。
アルバムは、開放的なアッパーチューン「愛の証明」によって締めくくられる。この曲は〈君とさよならをしたあの時/きっと僕は死んでしまって/それからは僕によく似ている/知らない誰かとして生きてる〉という喪失/変質の描写から始まるが、虚しさや葛藤の描写を経て、サビでは〈君を愛してるよ〉と力強く歌唱。出会いと別れによって構成される人生の中で、複層的で変わりゆく感情を抱えながらも、揺るがない何かを見つけようという意志を強く示している。そのうえで、〈何度も胸を潰して それでも紡いだ/きっと これが愛の証明〉と結論づけた。
人は誰しも複雑で流動的な心を抱えている。センチミリメンタルは、矛盾や葛藤を抱えながら生きることの美しさを丁寧に歌い上げることで、聴き手一人ひとりの存在を肯定しようとしているのだろう。『カフネ』というタイトルが示す“大切な人への優しい動作”は、このアルバムそのものの在り方でもある。
※1:https://realsound.jp/2025/07/post-2078976.html
■リリース情報
『カフネ』
発売中
配信URL:https://erj.lnk.to/lUi9p4
・初回生産限定盤(CD+Blu-ray):ESCL-6120~6121/7,500円(税込)
・通常盤(CD):ESCL-6122/3,850円(税込)
<CD>(全形態共通)
01. 君想う夜
02. スーパーウルトラ I LOVE YOU
03. 光の中から伝えたいこと
04. 正義のすみか
05. ツキアカリ
06. 生きていかなくちゃ
07. 死んだっていい
08. ゆう
09. ひとりごと
10. 東京特許許可局
11. ミラーソング
12. 結言
13. 愛の証明
<Blu-ray>(初回生産限定盤)
センチミリメンタル LIVE TOUR 2025.“ribbon” 2025.03.02.Zepp Haneda
01. ステージから君に捧ぐ
02. 生きていかなくちゃ
03. キヅアト
04. 青春の演舞
05. スーパーウルトラ I LOVE YOU
06. ひとりごと
07. とって
08. 東京特許許可局
09. nag
10. ストレイト
11. パレイド
12. うらがわの存在
13. 冬のはなし
14. 海へ
15. 結言
16. 星のあいだ
17. 僕らだけの主題歌
■ツアー情報
『センチミリメンタル LIVE TOUR 2025 “カフネ”』
2025年9月14日(日)愛知・ダイアモンドホール
OPEN 17:00/START 18:00
2025年9月27日(土)宮城・Rensa
OPEN 16:00/START 17:00
2025年10月18日(土)大阪・BIG CAT
OPEN 17:00/START 18:00
2025年10月25日(土)広島・セカンドクラッチ
OPEN 16:00/START 17:00
2025年10月26日(日)福岡・BEAT STATION
OPEN 16:00/START 17:00
2025年11月9日(日)神奈川・KT Zepp Yokohama
OPEN 16:00/START 17:00
<チケット>
スタンディング:6,500円(税込)
2階指定席:7,500円(税込)※神奈川公演のみ
※未就学児童入場不可
※ドリンク代別途
オフィシャルサイト:https://www.cenmilli.com/
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