Billboard JAPANチャートが向き合う“ヒット”の定義 「ずっとタイミングを狙っていた」――新ルール導入と今年の傾向

Billboard JAPANが、総合ソングチャート「JAPAN Hot 100」および総合アルバムチャート「Hot Albums」にリカレントルールを導入し、大きな話題となった。これにより、「JAPAN Hot 100」に通算52週チャートインした楽曲や、「Hot Albums」に通算26週チャートインした楽曲については、ストリーミングポイントが一定の割合で減算処理される。こうした変更により、長期間チャートに留まる楽曲の影響が調整されて、新しい楽曲がより注目されやすい環境へと整備された。そこで今回リアルサウンドでは、チャートディレクターの礒﨑誠二氏にリカレントルール導入の背景とその狙い、そして今後のチャートのあり方について話を聞いた。(宗像明将)
「実は自信がなかった」新ルールの適用――背中を押した『MUSIC AWARDS JAPAN』

――今回、ストリーミングにリカレントルールを導入した理由を教えてください。
礒﨑誠二(以下、礒﨑):リカレントという考え方がアメリカにあることは、15年くらい前から知っていて、“ヒットを示す”というチャートの意義を維持するためにやるべきだと考えてはいたんです。ただ、新しいチャートを立ち上げてBillboard JAPANを浸透させていく時に、そのリカレントという考え方を最初から導入するというのは、あまり理解が得られないのではないかと思っていました。なので、まずはフィジカルのデータに対する減算処理をするところから入っていったんですけれども、いきなり大きな減算はせず、かなり細かく刻んで作っていきました。そうしないと、おそらくユーザーの方々の肌感覚に合わないと思っていたんです。
――フィジカルでの減算処理は2010年代後半から始まったそうですね。
礒﨑:2017年12月から正式に始めました。その後も2017年、18年、19年、20年と減算処理のパラメータを変えていったんです。マーケットで売れた枚数自体もかなり増減が激しかったですし、特にガールズグループに多かった複数枚購入の枚数が減少していって、逆にボーイズグループとK-POPのグループが伸びていったこともあったので、そのバランスをいろいろと考えていきましたね。今はフィジカルにおいて大きな増減はない一方で、ストリーミングに対するリカレントは、5年以上前から考えていました。
――ストリーミングチャート自体は膠着状態が続いていますが、そこにリカレントルールを導入することに、社内で議論はありませんでしたか?
礒﨑:ここで質問なんですけど、“ヒット”って何だと思われますか?
――「みんなが聴いているもの」だと思います。だから、ストリーミングのランキングにそこまで変動がなくても、それはそれで仕方ないのかなと思う部分もありますね。
礒﨑:私たちが総合チャートを始めた時、「ヒットとは、いろいろなやり方でその曲を楽しむこと」だと考えました。つまり、「短尺動画で“歌ってみた”や“踊ってみた”をしてみよう」「カラオケで歌ってみよう」「ストリーミングで聴いてみよう」という形で出てくるものが“ヒット”であると考えているんですね。それが総合チャートの意義。つまり音楽の楽しみ方というものが多様化しているということなんです。多様化しているからこそ複数の指標を使うので、ひとつの指標の楽曲があまりにも影響を強めてしまうことは、一般の方々の“ヒット”の肌感覚に合わなくなってしまうんです。
――導入のタイミングはどのように決めたのでしょうか?
礒﨑:ストリーミングは、コロナ禍が明けたタイミングでどんどんユーザー数が増え、その後も増加傾向が続いていました。ある程度増加傾向が落ち着いた段階でなければ、ストリーミングという指標に対してリカレントを行うことがユーザーに混乱を招くと思っていました。なので、「いつだろう?」と常に考えながら、ずっとタイミングを狙っていたのが正直なところです。
――「ヒットチャートとランキングは違う」と礒﨑さんは言っていますよね。
礒﨑:そうですね。ヒットチャートのなかには、今後ヒットチャートに上がっていくであろう楽曲をちゃんと表現すべきであると考えていますし、ずっとヒットし続けている楽曲も同列で並ぶべきだというふうに考えています。そうすると“調整”をせざるをえない。ストリーミングのユーザーが増えている時は、長い年月聴かれている楽曲も結構並ぶと思うんですよ。その楽曲だけを落とすと、ユーザーは「なんであの曲がないの?」と思うと思うんです。今年の第一四半期、1月から3月までのユーザー数やストリーミングの伸びを見たうえで、増加傾向がある程度なだらかになっていることがわかっていたので、「今しかないな」というのはわかってはいたんですが、ユーザーにわかってもらえるかどうか、実は自信がなかったんですよ。
――最終的な決断のきっかけは何だったのでしょうか?
礒﨑:最終的に背中を押したのは『MAJ』(『MUSIC AWARDS JAPAN』)でしたね。『MAJ』のオープニングショーの「RYDEEN REBOOT」のパフォーマンスです。パフォーマンスを観た時に、もしユーザーに制作側の意図が全然伝わらなかったとしたら、それはがっかりだなと思いながらコメントをチェックしたんです。でも、すごく好意的に日本の音楽の多様性と蓄積に関してちゃんと理解をしていて、それを楽しんでいるのがすごく伝わってきたので、「今ユーザーに見せ方を変えても大丈夫なのではないか」と気づいて、背中を押されました。こういった大手術は、通常はチャート年度の始まりである12月に実装するのが普通なんですが、このタイミングでむしろやるべきだと思えたのは『MAJ』のおかげです。
チャートディレクターとして向き合う「ヒットチャートのあるべき姿」

――リカレントルールの導入を受けて、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴さんもX(旧Twitter)でコメント(※1)していましたね。
礒﨑:シンプルに嬉しかったです。すごく光栄に思いましたし、よかったなと思いました。僕らはストリーミングのポイントに対してリカレントルールを導入するわけで、ラジオなどのほかの指標でポイントを取っている楽曲に対しては軟着陸になるだろうとわかっていたんです。そういう点では、ミセスの楽曲はほかの指標でもかなり大きなポイントを取っています。なので、正直なところでは「実際はそんなに大きな変化にはならない」と思っていたところでした。
こういうのは触れ方がわからないけども、個人的な見解を。
烏滸がましさは大前提として、
きっと2025年の我々にとって大きな影響を与えるであろう改訂。常に新しい音楽が生まれるわけで、なにを等しいとするかの判断として、とても健全な気がしています。
妥当な悔しさと安堵。…
— 大森元貴 / Motoki Ohmori (@MotokiOhmoriMGA) June 2, 2025
――音楽関係者からの反響はいかがでしたか?
礒﨑:レコード会社の方々は99%は賛成で、1%はリカレントの計算が効いていない元ランキングを見たいという声でしたね。統計的な考え方だと、ひとつのデータを蓄積していかなければ、年次で見た時に、推移を測りにくいというのが通常の考え方です。なので、そこで計算方式を大きく変えてしまうことは、ヒットチャートの歴史を大きく変えてしまうことになるんじゃないか、それはよくないんじゃないか、という話もされたことがありました。
――それでも変えようとしたわけですね。
礒﨑:ヒットの感覚は変わらなくても、ユーザーの音楽の楽しみ方が変わるんだったら、そこはフォローアップすべきじゃないか、という考え方でした。それがヒットチャートのあるべき姿ではないだろうかと考えていますね。



















