大根仁、劇伴に“趣味性”を投影する真意 『地面師たち』×石野卓球から『坂本慎太郎LIVE』の裏側まで語る
『地面師たち』の劇伴に石野卓球を起用した理由
――大根さんはかつて、パッケージ化もされている2009年のゆらゆら帝国の日比谷野音(日比谷公園大音楽堂)のライブを撮られていますけど、そもそも坂本さんとの関係性はどんな感じなんですか?
大根:もともとゆらゆら帝国の音楽が大好きで、後期というか『Sweet Spot』(2005年)以降に都心でやったライブは、たぶんほとんど行ってるんじゃないですかね。2010年にゆらゆら帝国が解散してから、しばらく活動してなくて、どうするんだろうなと思っていたら、2011年に坂本さんのソロアルバム『幻とのつきあい方』が出て。それがまた、素晴らしかったじゃないですか。『空洞です』(2007年)とかの雰囲気はありつつも、それとはまた全然違う、抜けの良さみたいなものがあって。
僕は2013年に『まほろ駅前番外地』(テレビ東京系)という深夜ドラマをやったんですけど、その劇伴とエンディングテーマ(「まともがわからない」)を坂本さんにお願いして。だから、ゆらゆら帝国の野音は僕が撮りましたけど、そのときはそこまで個人的な関係はなくて。『まほろ駅前番外地』で仕事をお願いして、そこで初めてちゃんとつながりができた感じです。
――そのあとドラマ『リバースエッジ 大川端探偵社』(2014年/テレビ東京系)では森雅樹(EGO-WRAPPIN')さん、映画『バクマン。』(2015年)ではサカナクション、映画『SCOOP!』(2016年)では川辺ヒロシ(TOKYO No.1 SOUL SET)さん、そして以前、リアルサウンドで取材(※1)させていただいたドラマ『共演NG』(2020年/テレビ東京系)では堀込高樹(KIRINJI)さんを起用するなど、それまで劇伴のイメージがなかったミュージシャンを、大根さんは次々と起用されていますよね。
大根:そうですね。僕という監督の特徴が何かあるとしたら、やっぱり音楽の使い方だと思っているんです。いわゆるプロの劇伴音楽家ではなく、自分が好きなミュージシャンとかDJとかトラックメイカーにお願いすることが多いという。そもそも音楽が好きというか、僕の作品って、自分の趣味性とか個性が反映されているものが多いじゃないですか。それを自分の作家性とまでは思っていないんですけど、原作があるものでも、どうしても自分の趣味や個性が反映されてしまうところがあって。やっぱり音楽って、映像作品においては、もう空気みたいなものなんですよ。それぐらい作品を支配しちゃうものだと思っていて。だったら自分が好きなミュージシャンが作る音を、そこに流したいというか。
“劇伴”というと、どうしてもストリングスとかピアノとか、オーセンティックなイメージが一般的ですけど、そもそも普段の生活でそういう音楽ってなかなか聴かないじゃないですか。もちろん、そういった劇伴はそれはそれで素晴らしいと思いつつも、自分には向いてないなって。だから深夜ドラマをやっているときから、好きなミュージシャンの既存曲を使ったり……そう、一番最初に劇伴を発注したのが、確か『演技者。』(2002年/フジテレビ系)というシリーズドラマのときで。それはパッケージ化されることが最初から決まっていたんですけど、そこで既存曲を使うと、権利関係がいろいろ大変になるじゃないですか。だから既存曲ではなく、オリジナルの劇伴でやってほしいと言われて。じゃあ自分が好きなミュージシャンにお願いしようと思ってお願いしたのが、SHINCOくんだったんです。
――スチャダラパーの?
大根:そう。そのときは、わりとミニマムなリズムトラックみたいなものがほしかったんですけど、もともとスチャダラパーは大好きだったし、SHINCOくんのトラックはいつも素晴らしいなと思っていて。そこからですよね。そのやり方だと、自分なりの世界観が作りやすいなっていうことに気づいて。
――そこから本当に一貫されていますよね。その最新版が、昨年大ヒットしたNetflixドラマシリーズ『地面師たち』の音楽を担当した、電気グルーヴの石野卓球さんになるわけで。
大根:そうですね。電気グルーヴの2人とは、もう長いことお付き合いさせてもらっているんですけど、いつか卓球さんに劇伴をお願いしたいなっていうのは、ずっと思っていて。ただ、普通の作品ではあまりピンとこないというか、一筋縄ではいかないような作品じゃないと、発注しづらいなと思っていたんです。で、『地面師たち』の企画が立ち上がったときに――『地面師たち』って、本当にろくでもないヤツばっかり出てくるというか、いいことを言うヤツなんて1人も出てこないし、人情のかけらもないような話じゃないですか。この話なら、卓球さんが合うんじゃないかなって(笑)。
――(笑)。
大根:ジャンル自体はクライムサスペンスというか、ケイパーものでもあるんだけど、ああいったものにエレクトロな音楽をつけるのって、あんまりないじゃないですか。でも話がどんどん前に進んでいくものだし、Netflixって継続視聴が理想とされているところもあって、そこに四つ打ちっていうのは絶対合うなと思って。もちろん四つ打ちだけじゃなくて、いわゆる白玉系のリズムのない曲の使い方も、卓球さんがすごく上手いことはわかっていたから。
――『地面師たち』の劇伴には打ち込みだけではなく、エレキギターの音も入っていましたけど、それは大根さんのオーダーだったんですよね?
大根:そう、あれは僕の発注で。電気グルーヴのサポートメンバーに吉田サトシさんっていうギタリストの方がいるんですけど、電気のサウンドとの食い合わせが、すごくいいなと思っていて。そういうエレクトロとエレキギターの関係性がすごく面白いなと思っていたので、「全部打ち込みではなく、サトシさんと組んで何曲か作ってください」って僕のほうから卓球さんにお願いして。
――そこもまた良かったというか、結果的にミュージシャン本人やファンが聴いても新鮮なものが生まれてくるところが、大根作品の劇伴の面白いところで。『共演NG』の取材(※2)のときも、いつもとはちょっと違う感じでって、堀込さんにお願いしたと話していましたよね。
大根:ああ、「もうちょっとダサくしてください」ってお願いしました。どうせカッコよくなっちゃうんだから、ちょっとだけダサい感じにしてほしいですって(笑)。それで思い出しましたけど、坂本さんの「まともがわからない」はもともと『まほろ駅前番外地』のために作ってもらった曲で、坂本さんが脚本を読んで、あの世界観に合う感じで曲を作ってくれたんですよね。配信でも再生数の一番多い人気曲だし、代表曲のひとつになっているけど、坂本さんの楽曲の中でもちょっと不思議な感じがあるじゃないですか。ちゃんとキャッチーだし、シティポップ的でもあって。だからたぶん、あの曲の歌詞は坂本さん自身じゃなくて、瑛太が演じた『まほろ駅前番外地』の主人公・多田(啓介)の気持ちなんですよ。そこに坂本さんの気持ちが、ミックスされているというか。
国内ドラマからフィンチャー、ゴダール……“理想的な劇伴”との出会い
――そのあたりが醍醐味なのかもしれないですね。ちなみに今後、依頼してみようと思っているミュージシャンっているんですか?
大根:普段からいろいろブックマークしていますけどね。それこそ、こないだ折坂悠太くんのNHKホール公演を観たんですけど、彼はきっと劇伴できるなって思ったり……あとCHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINとかもできそうですよね。あと、これまで女性ミュージシャンとやったことはないんですけど、Haimは絶対に向いていると思う。どうやってオファーしたらいいのか、わからないけど(笑)。
――その「劇伴できそうだな」と思う基準は、どのあたりにあるんですか?
大根:うーん、何だろうな……音楽的に素晴らしいのはもちろんなんですけど、きっと人間的な部分も大きいんじゃないですかね。あまり自分が自分がっていう感じではない人たちというか。劇伴ってある種の受注仕事だし、基本的には脚本や作品に寄り添うものじゃないですか。だから、自我が強い人はあんまり向いてないというか、普段からどこか一歩引いた目線で音楽を作っている人っていうのかな。坂本さんや卓球さんも含めて、これまで発注してきた人は、全員そんな感じがしますけどね。だって、矢沢永吉や長渕剛に劇判は無理でしょ(笑)。
――なるほど(笑)。大根さんにとって、音楽と映像が理想的な関係性で成り立っている映画や、劇伴を考える上で影響を受けた作品と言ったら、どのあたりになるのでしょう?
大根:挙げ出したらキリがないですけど、強く印象に残っているという意味では、やっぱり子どものときに観ていたテレビドラマになるのかな。ベタなところで言えば、萩原健一さん主演の『傷だらけの天使』(1974〜75年/日本テレビ系)とか、松田優作さん主演の『探偵物語』(1979〜80年/日本テレビ系)。あのへんのドラマって、音楽と共に存在していたようなところがあるじゃないですか。そう、それで思い出しましたけど、坂本さんに『まほろ駅前番外地』の音楽を頼んだとき、僕は歌モノはエンディング曲だけのつもりで頼んだんですけど、坂本さんが急に「劇中で使えそうなボーカル曲を作りました」って、Fuko Nakamuraさんが1人で歌っている「悲しみのない世界」という曲が送られてきて。のちに坂本さんとのデュエット風な曲になって音源化されるんですけど、劇伴として送られてきたときは「これ、どこで使おう?」って悩んだんです。そうしたらドラマの最終回前のエピソードで、罪を犯して逃げている女子高生に友人が寄り添うエモいシーンがあって、「あっ、ここだ!」って、ほぼフルで流しました。でもそのときに、昔のドラマって、劇中で急にオリジナルのボーカル曲が流れることがあったなってことを思い出して。それこそ『傷だらけの天使』の劇中で、突然「I Stand Alone/一人」(井上堯之)という聴いたことのないボーカル曲が流れることがあったんです。坂本さんは劇判を作るために、脚本を最後まで読んでいたので「ここにピッタリですよ」的に作ったんじゃないかなと。「ここで使ってください」ではないのが、実に坂本さんらしいなあと。
――映画に関してはどうですか?
大根:映画で言ったら、もう死ぬほどあるんだけど(笑)。今思いついた作品で言うと、たとえば伊丹十三監督の『マルサの女』(1987年)とか? デビッド・フィンチャー映画のトレント・レズナーとアッティカス・ロスの仕事は毎回すごいと思うし。それとはまた全然違う、音楽と映像の理想的な関係性という意味では、(ジャン=リュック・)ゴダールの『ワン・プラス・ワン』(1968年)とかになるのかな? The Rolling Stonesの「悪魔を憐れむ歌(Sympathy for the Devil)」ができ上がるまでのドキュメンタリーの途中に、ゴダールっぽい即興演出の、演技だか芝居だかのよくわからない映像がカットバックで入るっていう(笑)。
――意外な作品セレクトでした。
大根:まあ単純に「悪魔を憐れむ歌」という楽曲が好きだっていうのと、ブライアン・ジョーンズが辞める直前の、あの頃のバンドのヒリヒリした空気感みたいなものが、すごく映っているじゃないですか。あの映画は今も1年に1回ぐらいは必ず観てしまうんですよね。曲を作り上げていくメイキングが劇判になっているという、あの不思議な構造はいつかパクりたいと思っています(笑)。
※1、2:https://realsound.jp/2020/12/post-673510.html