今井美樹は正しい場所に、正しい時にいる アルバムリマスター配信を機に考える、新たな時代のロールモデルになるまで

今井美樹は正しい場所に、正しい時にいる

 今井美樹の音楽キャリアにおける成功は、もちろん歌詞も大きな要因だ。後に90年代を代表する売れっ子のひとりとなる戸沢暢美。CMで目にした今井に惚れ込み自らを売り込んだという岩里祐穂と上田知華(上田は作曲も)。それに、2ndアルバムのタイトル曲「elfin」から自らも書き始めた今井自身。初期6作で多くの曲を担った彼女たちが書いた詞は、80年代後半〜90年代初頭のこの国(主に東京)に生きる同年代(20〜30代)女性のまさにドキュメントであり、彼女たちの思い、願いを表したものだった。今井の曲に登場する新たな時代の女性たちは、明らかにそれまでの昭和歌謡、アイドル歌謡で描かれてきた女性とは違うもので、この国のポップスの歌詞はここから大きく変わり、飛躍した。

 今井がシンガーデビューした1986年はちょうど、男女雇用機会均等法が施行された年。日本ではこの時初めて、仕事において男女を区別してはならないと法で定められた。男性はともかく、女性にとっては一大事だ。この法が施行された時期の社会の変化をよく覚えているのは、姉が翌87年に大学を卒業〜会社員となり、男性社員と同じように社用車をあてがわれ営業に走りまわる姿を見ていたから。今井作品の作詞家たちは、そんな社会の、女性の生き方や考え方の変化をいち早く、今井の歌を通して表現。「仕事も恋も男性と対等」な新しい時代の女性を歌った今井は、彼女自身が新たな時代のロールモデルとなっていったこともあり、特に女性から熱烈に支持された。

 特に女性人気の高い今井の曲に「幸せになりたい」(『retour』収録)がある。軽快なビートと、作詞・作曲を手がけた上田知華が自ら吹き込んだ楽しいコーラスも聴く者の心を踊らせるこの曲。結婚だけが女性のゴールではないとし、女友達との友情のかけがえのなさを歌うこの曲の歌詞は、新たな時代を生きる女性たちを象徴するものとなり、後のJ-POPで繰り返し歌われるテーマになった。また、今井自身が作詞した『retour』のタイトル曲などで聴ける、変わってゆく自分、ありのままでいようとする自分を肯定する登場人物たちの姿は、新しい時代を手探りで生きていこうと必死だった当時の女性たちの胸に強く響いた。

 新たな時代の等身大の女性像を歌った今井美樹はそうして、この後90年代に盛り上がったガールポップブーム、そしてJ-POP時代の女性シンガーたちの先駆けともなった。1990年の5thアルバム『retour』、1991年の6thアルバム『Lluvia』では今井自身が当時の世界的な音楽シーンのトレンド変化に触発されて、ロンドン発のジャズファンクやブラジル音楽のリズムも取り入れ、後のJ-POPに通じるクロスオーヴァーなサウンドを志向した曲も増えた。セールス的にも大成功を収めたこの2作のサウンドも特に、歌詞と合わせて90年代に登場した女性シンガーたちの作品づくりにおいて大いに参照されたことは覚えておきたい。

 最初の言葉に戻るが、今井美樹ほど正しい場所に、正しい時にいたシンガーはいない。かの山下達郎は常々、音楽業界における成功は「運が70%」だと断言する。それほどに出会いやタイミングこそが重要という意味だろうが、その運を連れてくるのは当人の音楽人としての力だとも思う。音楽の神様に愛され、その才能を自分に厳しく磨いた今井美樹。その活動初期に残した、ここでしか聴けない歌、サウンドが詰まった珠玉のアルバム6枚が、今回のリマスター配信を機により多くの人に聴かれることを切に願う。

■配信情報
今井美樹4thアルバム『MOCHA』
オリジナル発売:1989年6月21日
配信リンク:https://lnk.to/GRBazytJ

今井美樹5thアルバム『retour』
オリジナル発売:1990年8月29日
配信リンク:https://lnk.to/HHAJLQyA

今井美樹6thアルバム『Lluvia』
オリジナル発売:1991年9月7日
配信リンク:https://lnk.to/xXEel7JN

配信まとめリンク:https://bio.to/FqKVUW

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