chelmico Rachel×ESME MORIによるohayoumadayarou始動 キーワードは“憂い”、2人に共通する表現の感覚

chelmicoのRachelと、プロデューサーのESME MORIによる新プロジェクト「ohayoumadayarou」が始動した。プロジェクト名は、Rachelが10年にわたってSNSのIDとして使い続けてきた、ゆらゆら帝国の楽曲タイトルに由来する。二人は、chelmicoの楽曲制作や、ESME MORIのソロ作品「日々」での共演を通じて深い信頼関係を育んできた。本作ではその絆を軸に、よりパーソナルでオルタナティブな世界を描き出す。デビュー曲「mo osoi」では、Rachelの内面に静かに寄り添う言葉と、ギター主体のシンプルなサウンドが呼応し合い、彼女の新たな一面を引き出した。制作の背景から歌詞に込めた思い、そして今後の展望まで、二人にじっくりと話を聞いた。(黒田隆憲)
Rachelの新しい一面を引き出すプロジェクト

ーー今回、ソロプロジェクト「ohayoumadayarou」を立ち上げるにあたり、MORIさんとタッグを組むことになった経緯から教えてもらえますか?
Rachel:飲んでいるときに、MORIくんが「ソロやろうよ!」「Rachelはもっとこういう面を出した方がいい」と熱くなってくれて。その頃ちょうど、MORIくんがソロ名義で出した楽曲「日々」に参加したタイミングでもあったんですよね。そこからセッションを始めた感じです。
ESME MORI:たしか2021年頃ですね。「日々」を作ったとき、「この世界観に合うのはRachelしかいない」と思ったんです。chelmicoでのRachelとはまた違う、文学的で憂いのある側面があって。しかも、音楽や映画など作品をすごいスピードで吸収して消化する力がある。絶対いいものが出るだろうと確信していました。でも、誘ったのはRachelの方からじゃなかった(笑)?
Rachel:そうだっけ(笑)? 飲んでいるときって、だいたい記憶が飛んでるからな。まあ、お互い自然に「やろう」と思ったんですね。MORIくんのエモーショナルな音楽性は前から好きだったし、一緒にやったら自分の新たな一面を出せるかもしれないなと。
ーーRachelさんとやるにあたって、どんな音楽性にするかイメージはありましたか?
ESME MORI:きっと、そんなに明るい感じの曲にはならないだろうなとは思っていました。もともと僕も、そんなに明るい音楽を作るタイプではないし、Rachelの明るい面はchelmicoで十分出ている。なので、もう少し憂いのある部分を出していきたい。そのためにはオルタナティブなサウンド、とくにギターを使ったアプローチが合うだろうなと。しかもロックすぎない方法で。実際、Rachelから出てきたリファレンスも近い方向だったので、「やっぱり」と思いながら作り始めました。
ーーデビュー曲「mo osoi」は、どんなふうに生まれたのですか?
Rachel:MORIくんと最初に集まった日、まずは適当にギターリフを弾いてくれて。それを聴きながら、音から浮かんだイメージや、普段から書きためていたことをバーっと書き出したんです。そんなふうに歌詞がほぼ一気にできて、そこからメロディをつけて、MORIくんと調整しながら仕上げていきました。
ESME MORI:データでやりとりすると、時間をかけて作り込むぶん完成度が高くなりすぎてしまって直しづらくなることが多いのだけど、直接会って一緒に作ると、「それいいね」「そこはもうちょっとこうしない?」と、その場で確かめ合いながら作れたのはよかったですね。ちょうどその時期から海外の作曲家たちとセッションする機会も増えていて、「セッションみたいな感じでやってみよう」と思っていたので、今回の流れはしっくりきました。

ーーMORIさんのトラックにRachelさんが言葉を載せる流れは、chelmicoと似ていましたか?
Rachel:全然違いました。ohayoumadayarouでは、まず歌詞が先にできるんです。もちろんメロディと一緒に出ることもあるけど、基本は「こういう内容を歌いたい」というテーマやワードを先に出して、それにMORIくんが「こういう音を使いたい」とかアイデアを重ねていくやり方でした。chelmicoの場合、「こういうタイプの曲を作ろう」というリファレンスがまずあって、そこからテーマを考えることが多いんですけど。
ESME MORI:そうやってできた歌詞をもとに、サビのメロディを考えたよね?
Rachel:そうそう。もしメロディや尺に(歌詞が)合わなかったら、その時に調整すればいいや、くらいの感覚でした。今どき珍しい「ほぼ詩先」の楽曲です。まずトラックがあって、それを聴きながら歌詞を書き、メロディを後からつけて仕上げるという流れも、かなり珍しいと思いますね。
ーー歌詞の内容は、どのようにして生まれたのでしょうか。
Rachel:もともとメモに書きためていた言葉がたくさんあって、今回の歌詞もそのストックの中から「このテーマが合いそうだな」というものをピックアップして広げていきました。そういう意味では、言いたいことは最初からだいたい決まっていましたね。
ーー言葉を書き留めるメモのようなものがあるんですね。
Rachel:はい。映画の中の印象的なフレーズや、日常の中で思い浮かんだこと、友人との会話で感じたこと、響いた言葉などをスマホにバーっと書き留めています。短い文章だったり単語だけだったり、本当にバラバラですが。そこからchelmicoに合いそうなものはchelmicoで使うし、ohayoumadayarouで歌いたいものはそっちで使う、という感じで自然に分けています。
「『悲しい』と言わずに描写だけで伝えたい」2人に共通する感覚

ーー今回の歌詞には、「喪失感」や「間に合わなさ」みたいなものがテーマにありますよね?
Rachel:私、普通にめっちゃ貧乏だったんですよ。その時に味わった思いは、そう簡単には晴れなくて。でも、歌にすることで晴らしたいというより、日記に書くみたいに区切りをつけたい、という気持ちに近かったかもしれません。
ーーサビの歌詞〈ビニールの傘も ダイヤモンドも ナデナデするのも もう遅い〉には、どんな思いを込めましたか?
Rachel:ビニール傘は、私にとって「なくてもいいけど、あった方がいいもの」の暗喩です。雨に濡れても死にはしないけど、傘があった方が風邪はひかない。それって「お金」みたいでもあるなと。雨は経済的な困難や環境のようなもので、それを避けたくても避けられない状況を歌いたかった。
ダイヤも私、普通に好きなんですけどね。ワクワクするし、「欲しい!」と思う。でも今回リズムをつけるため、ビニール傘の対比として使いました。2番の歌詞も、少し違う言葉を使っているけど、そういうルールを自分の中で決めて書いています。
ーー当時の気持ちをストレートにそのまま出すということが、Rachelさんより下の世代にも共感を呼ぶのではないかと。
Rachel:ありがとうございます。ただ今回、自分自身を成仏させたい気持ちが大きかったです。いつまでも環境のせいとか、人のせいにしたくなっちゃうけど、もう一歩先に進むためには、思いを言葉にして「成仏」させるしかなかった。とはいえ、成仏できてない感情がまだまだ自分の中にたくさんあるからこそ、こうして書いているのだろうなと思います。
ーー書くことで、少し客観視できるようになることもありますか?
Rachel:めちゃくちゃあります。MORIくんの作るサウンドに引っ張られて、「あ、私こんなこと思っていたんだ」と、忘れていた気持ちを思い出すことが多くて。そのムードに連れていかれるというか。だから、曲を聴いて「紙貸して!」という感じで、一気に書き上げることもありましたね。
ーー〈地下鉄のホームに南国の写真〉も、情景がヴィヴィッドに浮かびますね。
Rachel:あの描写は結構気に入っているので、そう言ってもらえると嬉しいです。まず感情のような抽象的なものについて描写して、そのあと具体的なものについて置いたりするのが好きなんですよ。たとえば、小さなものを描写した後に、いきなり「地球」とか「宇宙」とか、スケールの大きいものを持ってくる。
ーーちなみに「地下鉄のホーム」というのは……。
Rachel:池尻大橋駅のことです。あの駅のホームに南国の写真が貼ってあるんですけど、朝とか満員電車に乗るときにそれを見ると、なんだか悲しくなるんですよ。自分が今いる場所と、南国の景色との差があまりにも大きすぎて。「気分を明るくしようとしてるんだろうけど、そんなことしなくていいよ」と思っちゃう。
映画とかで、台詞では語られないけど、背景の描写だけで感情が伝わるときってあるじゃないですか。ああいうのが好きです。「悲しい」とか形容詞で言わずに、描写だけで伝えたい。受け取ってもらえたら嬉しいし、そこはもう委ねる感じですね。
ESME MORI:昨日、ChatGPTと話していたんですけど(笑)、「自分の作風ってどんな特徴があると思う?」と尋ねてみたら、「あなたの音楽は感情の輪郭線をなぞるようだ」という答えが返ってきたんです。つまり、対象そのものを直接描写するのではなくて、その周辺について詳しく描くことで聴き手に対象を想像させる。「悲しい」と直接言わず、悲しさを取り巻く情景を描写することで伝えようとしているって。確かに自分はそういう表現が好きだし、Rachelの歌詞も手法は違うけど、根っこの部分はとても似ている気がするんですよね。
Rachel:たしかに、私も歌詞を書くとき、そこは意識しているかも。


















