『メダリスト』の物語に収まらない米津玄師の巧みな隠喩表現 「BOW AND ARROW」が真に描くものとは?
米津玄師「BOW AND ARROW」とともにさらに広がる『メダリスト』の素晴らしさ
これらの作品群を踏まえて、最新曲「BOW AND ARROW」について改めて考えてみよう。彼自身の言葉を借りれば、作中の主人公2人の“庇護する側”と“庇護される側”の関係性に着想を得たという弓矢のメタファー。弓を引き矢を射る際の動作と、庇護される側の自立で重要となる庇護する側のスタンスのダブルミーニングが曲中の〈手を放す〉という歌詞には含まれるが、アニメOP映像では同様の箇所に、作中で描かれるいのりが試合前に行うルーティンの動作も内包され、より言葉の深度が強められる形となった。また、彼のこの着想はカリール・ジブランの詩集『預言者』に記された内容も想起させ、その点に言及する声もSNS等では散見されている。
今作の歌詞に関して米津は原則“e”の母音で韻を踏みながら進行しつつも、重要なフレーズではあえてその韻を外すことで、聴者の意識を該当箇所に集中させる手法を取っている。先述の〈手を放す〉も、いわばこの法則から外れた曲中のキーフレーズのひとつだ。
加えて、彼が重要視する一節のひとつとなる〈きっと君の眩しさに誰もが気づくだろう〉というフレーズについても触れておきたい。本曲がここまで熱の高い支持を得た理由には、先に紹介した巧みな隠喩表現に加え、当該フレーズの求心力の大きさも影響していると感じるからだ。
米津曰く、「マンガの見開きの大ゴマのイメージで、送り出す側の美徳として描いた」(※1)というこの一節。物語『メダリスト』としては“成長するいのりを見守る司の心情”が込められた言葉だが、おそらく“アニメ化までマンガ『メダリスト』を応援してきたファンの心情”としても、該当のフレーズは大勢の読者にリンクした部分もあったのではないだろうか。
今作についてはかねてより数々のマンガ賞を受賞し、カルチャーへの造詣が深い人々から高い評価を受けてきた。だが、世間一般の人々にとってはまだ広くは知られていなかったこの作品が米津の主題歌起用で脚光を浴び、あまつさえアーティスト側からのオファーという異例の形であったことも、多くの原作ファンを喜ばせたに違いない。
音楽とマンガというカルチャーの垣根を越えて名声を博すトップアーティスト・米津玄師が、今作をダイレクトにピックアップしてくれたことへの感謝。重ねて、自分たちと同様に作品の一ファンとして彼が真摯に物語へ向き合って作った曲に表れた“解釈の深さ”への脱帽。そんなふたつの心情が背景となり、リスナーのみならず原作ファンの間で本曲は大きな話題性を生み出したのだろう。
アニメ放映のみならず、原作マンガも『月刊アフタヌーン』(講談社)にて現在も連載中だ。これからも物語『メダリスト』の素晴らしさは、「BOW AND ARROW」とともによりさらに遠くの人々にも届くことだろう。よくしなる弓から放たれた、煌めく一閃の矢のように。
※1:https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi30
※2:https://realsound.jp/2024/12/post-1863289_2.html
※3:https://natalie.mu/music/pp/hachi_ryo/page/3
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