THE BACK HORN、結成25周年の先で辿り着いた“光と影” 山田将司と菅波栄純が『親愛なるあなたへ』を語る

THE BACK HORNの“光と影”

 結成27年目を目前にTHE BACK HORNが2年9カ月ぶりのアルバム『親愛なるあなたへ』をリリースした。昨年7月の「修羅場」を皮切りに配信限定で発表してきたシングル4曲のコンセプト“光と影”を、さらに立体的に描いて見せたのが14作目『親愛なるあなたへ』だ。これほど明快にコンセプトを打ち出して楽曲と作品を発表したのは初めてのことだが、結成25周年を超えて辿り着いたのは、彼らの根元的なテーマである“光と影”だった。THE BACK HORNを以前から知る人なら彼らがこんなタイトルの作品を出すことに驚くだろうし、この作品で彼らを知った人は単なるラブソングではなく人間の心のヒダの奥に触れ、命の重さを問う楽曲に驚きを覚えることだろう。全11曲、どの楽曲も、サウンドも、時代と呼応しながら普遍的なものとして成立する、強い生命力を感じさせるのがTHE BACK HORNらしい。これまでになく多彩な曲で深いテーマを伝える『親愛なるあなたへ』について、山田将司(Vo)と菅波栄純(Gt)に話してもらった。(今井智子)

徹底的に“光と影”のコントラストを出すための世界観

ーー『親愛なるあなたへ』は、昨年リリースしたシングル4作のテーマ“光と影”をきっかけに、新機軸な楽曲や王道なロックも含めて新たなバックホーンの世界観を作り上げた作品だそうですね。

山田将司(以下、山田):2024年3月で25周年が終わって、その先でどんな風にTHE BACK HORNをやっていこうか、という話をマツ(松田晋二/Dr)とかとしてる中で出てきた。“光と影”は、THE BACK HORNの両サイドを振り切った感じで見せていけたら面白いんじゃないかって。そのアイデアを元に、パシフィコ横浜(『25th Anniversary「KYO-MEI SPECIAL LIVE」〜共命祝祭〜』)が終わってから曲を作り始めました。

THE BACK HORN(撮影=山川哲矢)

ーーその4曲の前に発表した「親愛なるあなたへ」は、その前哨戦という位置付けになるんでしょうか。

山田:「親愛なるあなたへ」という曲自体は、パシフィコ横浜でのライブのアンコールでやる新曲として、ライブ会場で目の前に集まってくれたファンに向けてマツは歌詞を書いたと思うんですよ。だから、そこではまだ“光と影”というコンセプトはなかった。

菅波栄純(以下、菅波):『親愛なるあなたへ』の初回限定盤にパシフィコ横浜の映像が入るんですけど、アンコールで演奏してます。それが原点なんで、アルバムは「親愛なるあなたへ」から始まるんです。

THE BACK HORN 「親愛なるあなたへ」 MUSIC VIDEO

ーーその後に“光と影”というコンセプトが明快になって、「修羅場」「ジャンクワーカー」「光とシナジー」「タイムラプス」の4曲を作っていったんですね。

菅波:コンセプトとして“光と影”を出してやるというのは、THE BACK HORNとして今までなかったことだから。それをやろうってなったのは、自分たちの成長なのかもしれないけど。曲ができた順番はリリース順じゃないけど、“影”が先にというのは決まってたので、とにかく“影”だな、みたいな。こういう曲を作りますと言ってからやることも今までなかったし、あえて“影”と言うからには徹底的にやらないと、中途半端だと「なんでやったんだ?」ってなる気がして。で、将司と同時に作ってたんだけど、見えてきたのは俺の方が早かった。だから「修羅場」を一発目にしようってなったんで、一番振り切って極端に「修羅場」を作れば、その後に将司が「ジャンクワーカー」を作る時に落とし込みやすくなるかな、みたいなことは考えた。中途半端に“影”を出すと“光”も中途半端になっちゃうじゃないですか。

ーー“影”を徹底的に“影”にすることで、“光”の「タイムラプス」「光とシナジー」との対比が明快になったんですね。これらのシングル4曲で“光と影”というコンセプトは表現できたと思いますが、それをアルバム『親愛なるあなたへ』でさらに立体的に表している感じでしょうか。1曲目の「親愛なるあなたへ」は松田さんの歌詞が、“あなた”と共に困難に立ち向かいながら進んで行くというTHE BACK HORNの決意を感じさせます。そこから“影”に落ち込んでいくけれども、光に向かって上がっていくという放物線を描くような流れに引き込まれます。

菅波:曲順としては、“影”から“光”へという順番なんですけど、単純に対比するんじゃなくてグラデーションをつけるというか、中間に置く曲もあるから。

ーーおおらかで温かみのある「親愛なるあなたへ」から「ジャンクワーカー」が続くことで作品のコンセプトを思い切りぶつけてくる感じではあります。これは山田さんの詞曲ですが、どんなふうにできた曲ですか。

山田:歌のアプローチ的には、お経っぽいのを久しくやってねえなって。これは俺の中でお経なんですけど、そういうお経みたいに聞こえるような言葉も入れて。そういうのを歌ったら、いいバランスでTHE BACK HORNの“影”の部分を雰囲気として出せるんじゃないかって、いろいろと構築しながら作った感じですね。ギターで作ったんですけど、歌から始まりたかった。

THE BACK HORN 「ジャンクワーカー」 MUSIC VIDEO

ーー確かに読経と通じる表現ですね。山田さん、般若心経とか読めたりするんですか。

山田:いや。でも研究はしましたよ。音程も1音だけじゃなくて、上がり下がりする。前にも『アサイラム』というアルバムの「雷電」で、ちょっとやってみたことがあるんだけど。わざと半音上がったりとか、言葉によってお経のように音程が変わったりとかね。

菅波:やっぱり、ちょっと分析してから取り込んだ方が面白いよね。

ーーそして「修羅場」が続きます。菅波さんは“影”のある曲はこれまでにもたくさん書いてきていますが、救いのないほどの人間の闇を描いた「修羅場」はそれを凌駕するような曲ですよね。

菅波:イメージ的なことだけど、北野武さんの映画を参考にして作ってる。武さんの作品は悪人的な世界観があるじゃないですか。静かさもあるけど暴力もあって。今回は『アウトレイジ』なんだろうなって思ってて。誰が見てもわかりやすく、どう見ても、ある意味エンタメまでいっちゃってるぐらい気持ちいい暴力みたいなものの方が今回は伝わりやすいのかなと。武さんは幅広いから、アートもあるしエンタメもあるし、落としどころを見つける時に助かるんです。

ーーそんなにネタバレしていいんですか(笑)。

菅波:曲をリリースしてからだいぶ経ったから大丈夫(笑)。「修羅場」を出した時は、あまり語らないでいこうと思ってた。聴いた人が憶測も含めて「栄純、不倫したのかな?」ぐらいの感想が出たらいいかなとか思ったんだけど。まあ、出なかったですけど(笑)。

THE BACK HORN 「修羅場」 MUSIC VIDEO

「アルバム聴いたら、山田将司って歌めっちゃうめえなってなると思う」

ーー4曲目「透明人間」も、歌詞は学校での辛い思い出やいじめ問題が切実に描かれていて、そのシチュエーションが衝撃的です。作曲は菅波さんですが、作詞は松田さんと菅波さんの共作になっています。どのように書いていったんでしょう。

菅波:元々のテーマは、マツが原作みたいな全体の流れを考えてくれたものがあったんです。それを俺がもらって、まとめた感じですかね。最初にマツが作った段階では、暗い童謡みたいなメロディをイメージしてたみたい。それを俺がこういうハイパーなロックに仕上げたのは意外だったらしい。自分としては、BPMが遅い曲が多いんで、1曲ぐらい早い曲を欲しいなみたいな。そういうので、グイッとBPMを上げたんですけど。

ーーそうだったんですね。曲調やサウンドはボカロP系の人が作るような感じで、THE BACK HORNとしては初の試みかと。アニメソングやラップ系だったり、多彩な要素が詰め込まれて情報量がすごく多い曲になってますよね。

菅波:歌詞の原案はシングルで“光と影“シリーズをやってる時期に“影”サイドとしてあったんです。アルバムの中の曲の立ち位置を考えた時に、こういうアレンジに持っていこうという判断があってこうなったんだけど、外から見るとそれが衝撃だったのか(笑)。俺は日本語のHIPHOPもアニソンも好きだから自然に聴いてて。好きで聴いてるものなんで、ちょっとハイパーな曲を作ろうとなると、そっちの引き出しが開くっていう(笑)。ライブはめっちゃ盛り上がりそうな気がしますね。演奏できれば(笑)。特にドラムが大変だと思う。同じパターンが1回も出てこないって怒られた(笑)。でも(岡峰)光舟はこういう速いのも得意分野なので「ああ、こういう感じね」って存分に派手なベースを弾いてくれました。

山田将司(撮影=山川哲矢)
山田将司

ーーライブが楽しみですね。“影”が少し薄まるのが「Mayday」。タイトルは船舶や飛行機が使う“救難信号”を意味する言葉ですが、曲調はポップで、そんな緊急事態を感じさせる曲でもないですね。

菅波:まさにそうで、アルバムの中で、この曲は“光”でこの曲は“影”って二分できるような曲を作ってたら広がりがないから、もう少し余裕を持たせて作っていこうという話になりつつも、“光と影”という流れがないのはつまらない。それで「Mayday」は中間ぐらいの味にしたくて。救難信号というのは、それを出してる人はまだ救われていない“影”の部分があるんだけど、救難信号を受け取った人がいるというのは、救いがあるじゃないですか。それを表現したかった。だから曲順的には真ん中らへんにきます。そこが“影”と”光”の転換点になる。

菅波栄純(撮影=山川哲矢)
菅波栄純

ーーそういう位置付けなんですね。曲の展開が複雑でこれも情報量の多い曲ですけど、重い感じはしないので、山田さん歌うのは大変だったのでは?

山田:栄純が最初に仮歌で持ってきた時、自分からは出てこない歌い回しがあって。歌詞の区切り方とか、しゃべり口調みたいなところとか。

菅波:俺の仮歌は、こういう音楽性だからこう、みたいなスクラップブックみたいになってて。俺はボーカリストとしてのこだわりはないから、この場面はこういう風に表現したいんだってのを切り貼りした。その狙いを将司が読み取って、THE BACK HORNで狙ってるところに位置付ける。仮歌で色々実験したニュアンスを、もちろん将司はプロだし上手い人だから、なんでもパッとやればできちゃう。新しいことも吸収できちゃうから、今回は仮歌でニュアンスをつければつけるほど、吸収してやってくれるから楽しくなって(笑)。ただツルって歌ったらつまんねえなって、味がどんどん濃くなっていった。それを将司が全部拾ってくれるから。今回のアルバム聴いたら、山田将司って歌めっちゃうめえなってなると思う。

THE BACK HORN(撮影=山川哲矢)

THE BACK HORN(撮影=山川哲矢)

ーーそれは前から知ってる人も多いと思いますが(笑)、つまり菅波さんがいろいろなボーカリストの歌い方を参考にデモを作って、それを山田さんが解釈して歌ったと。だからこの曲での歌い方は多彩で独特ですよね。

山田:もう、食らいついていく感じ(笑)。今まではそういう表現の提案はもらってなかったけど、そろそろいけるなっていうのがあったのかもしれない。特徴のある歌い方だから、まずその歌い方をマスターして、歌い回しで気持ちを後から乗せていくという部分が多かったかな。音符通りに言葉を置きがちなところを気持ちで持っていくというか。こういう歌い回しをしてる人いるなとか(笑)、これはブレスが入るとか意識しないでいったほうが言葉のグルーヴが出やすくなるなとか。自分を広げてもらった感はある。

ーー山田さん、ボーカリストとして違う引き出しが開いたみたいな感じでしょうか。このアルバムはそういう曲が多い気がしますが、「光とシナジー」もそういう感じですね。これも菅波さんの詞曲で、タイトルに“光”が入っていますし「シナジー」は“相乗効果”といった意味のワードで。

菅波:“共鳴”っぽいニュアンスの言葉だからTHE BACK HORNっぽいかなと思ったんですけど、イントロが始まった瞬間に“光”を感じる曲にしようと思って。ただ、実際に“光”を冠して「これは“光”です!」っていうのを歌うのはめっちゃ難しい。だからこそ俺はタイトルにも“光”って入れちゃったし、イントロが始まった瞬間に「ディズニーランドに来たんか?」ぐらいやったし(笑)。わかりやすさを追求した。だから歌詞も、ある程度バンドとファンの関係にも見えるようにして、だけど初めて聴く人にもわかりやすいストーリーというか。シングルの4曲シリーズは、初めてTHE BACK HORNを聴く人にも広まってほしいという思いがあったんで。THE BACK HORNを50曲ぐらい聴いてる前提のストーリーだと困っちゃうと思って、一発でわかるようなテーマというか、歌詞にして。

THE BACK HORN 「光とシナジー」 MUSIC VIDEO

ーータイトルのわかりやすさと曲の明るさ、歌詞の親しみやすさは確かに抜群ですね。意図したところが全部実行されている。

菅波:これは「修羅場」と逆で、「タイムラプス」がこうくるだろうなというのがわかった上で書いてるんで。カウンターというか、ロックバンドとして、THE BACK HORNとしての感じを「タイムラプス」で表現できるから、まずロックバンドっぽくない曲調でいこうと思ったんだよね。歌詞はTHE BACK HORNとファンの関係を想起してもらったり、自分の先輩後輩を思い浮かべてもらったり、男女バディもののドラマみたいな付き合うのか付き合わねえのか、みたいなのを妄想してもらったり人によっていろんな聴き方をしてもらえたら。あと、『美女と野獣』が下敷きになってて。

ーーマジでディズニーだったんですか。それで〈ヴィラン〉というワードが出てくるんですね。

菅波:そう、〈ヴィラン〉は野獣みたいな感じ。THE BACK HORNマニアみたいな人からすれば、もしかしたら「歌詞軽いなー」と思うかもしれないけど(笑)。ただ、歌詞のミルフィーユとしては厚い。歌メロとしても細かい譜割が結構あったりするから。聞き心地がいいから気づかないけど歌うのは大変だよね。カラオケで歌った人がいて、めっちゃ難しかったって。どう、難しかった?

山田:あんまり跳ねすぎると“生きてる温度感”みたいなのが元気になりすぎるから、自然な跳ね方で歌ったりとか。体温36度3分ぐらいのイメージ。歌詞の切れ方とか会話っぽいところをどうするかとか、いろんな歌のアプローチをしてる。もともとTHE BACK HORNがやってきたジャンルじゃないものをブッ込んできたなーって(笑)。

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