日食なつことはどんなアーティストなのか? 現実に抗いリスナーの心を揺さぶり続けた15年

いずれあたしも死んでいく
死に方はきっと選べない
ならば生き方を選びましょう
前例がないような奇抜なのを
(「開拓者」)

 日食なつこがどんなアーティストなのかと聞かれたら、こんなことを歌うシンガーソングライターであると答えよう。岩手県出身のピアノ弾き語りアーティストとして出発した彼女は、この15年間気骨のある音楽活動を続けながら、おおよそラブソングが溢れるこの国のポップシーンの中で、恋よりも人生について歌ってきた。メロディアスな鍵盤のフレーズと、剥き出しの反骨心を文学的なリリックにして歌うその姿は、自ずと多くのリスナーの心に訴えかけるのである。〈鋼の心臓 打たれるたび熱くなる〉〈鋼の心臓 生意気に歩こうぜ〉(「ログマロープ」)。そう、この音楽は逆境でこそ輝くのだ。日食なつこは現実に抗う表現者であり、そして燃えるような心を唄う詩人である。

日食なつこ - 'ログマロープ' Official Music Video

 9歳からピアノを始めた日食なつこが、作詞作曲をするようになったのは12歳の頃。小学生の頃から今でも変わらず日記をつけているという彼女にとって、それはおそらく自然な発展だったのだろう。17歳からは現アーティスト名である日食なつこを名乗り、岩手の盛岡を拠点に活動を開始。初めての作品『LAGOON』を2010年にリリースしている(2019年に再発)。件の「開拓者」はその1曲目を飾る楽曲であり、高校生の頃に書いたというその曲は、今やファンからの根強い人気を誇るばかりか、二宮和也も「俺の人生のテーマソングです」(※1)と言うほどの代表曲に成長している。

「あの頃の曲というのはいい意味でも今書こうとしても絶対に書けない。地下から徐々に登ってきて、今ようやく地上で太陽の光を楽しめる状態になっているかなと思います」

「日食なつこが始まった起源というのは、自分自身をリカバリーするためのもう一つの自分の形だったんですね。でも、そのリカバリーという目的はとうの昔に果たしているので、そこからは広がるだけ、どこまでも行けるところまで行ってくれ、という状態です」(※2)

 元来彼女の音楽は、心の暗い場所から生まれてくるものなのだろう。しかし、多くの場合がそうであるように、個人的なことは普遍的なことなのである。ひたすら自己の内面と向き合うように綴られたその歌詞は、同時に誰もが抱える葛藤をそっと掬い上げるものでもあった。抒情的なピアノの旋律と力強い歌唱は、その言葉をストレートに遠くへと飛ばしていく。いずれにせよ、日食なつこは着実にファンベースを築きながら、今充実の季節を迎えているのである。2023年には『M-1グランプリ』のPVに、「ログマロープ」が起用されたことで改めて注目したリスナーも多いだろう。また、ラランドのサーヤや千鳥のノブが彼女の楽曲をレコメンドするなど、垣根を超えてこの音楽が広がっているのも事実である(※3)。そうした追い風もあってか、7月に行われた未発表曲ツアーも盛況、11月から始まる全国ツアーでは自身最大規模の会場を予定するなど、自身の15周年の快調を過ごしている日食なつこである。

 9月18日に初のベストアルバム『日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-』がリリースされた。「宇宙友泳」と題した15周年企画の第四弾であり、全22曲24トラックを収録した2枚組の作品である。どうやら春に行われたファン投票、「楽曲総選挙2024」の結果も反映されているようで、Disc 1には2010年代に発表された楽曲が、Disc 2には2020年代にリリースされた楽曲がズラリと並ぶことになった。

 いずれも素晴らしい楽曲ばかりだが、本作におけるトピックは次の3つだろう。ひとつは「開拓者」が原曲と再録の2パターン収められていること。2つ目は作品タイトルにもなっている「Fly-by」のセルフリミックスが収録されたこと。そして3つ目が唯一の新曲「0821_a」の存在である。これは「a」という仮タイトルで、先の未発表曲ツアー『エリア未来』の最後に演奏された楽曲であった(「夏に作った」と言っていたので、数字は曲ができた日付だろうか?)。ツアーで演奏された新曲群の中でも一番最初にできたというこの曲は、ベストアルバムに収録されることからも相当の手応えを感じているはずだ。実際、流れ星が落ちてくるような鍵盤のイントロだけで惹かれてしまう。これまでになくダイナミックな展開を持った楽曲で、情感溢れるギターと太い音色で抜群の存在感を持ったベース、そして楽曲のテンションを自在に操るしなやかで力強いドラムは、おそらく日食なつこが全幅の信頼を置いている沼能友樹(Gt)、仲俣和宏(Ba)、komaki(Dr)らによるものだろう。間奏でいきなり激しさを増すアンサンブルも印象的で、珍しくコーラスが入る構成からもライブで映えることがありありと浮かんでくる。もしかしたら日食なつこの次なる10年の指標になるような、そんな曲なのかもしれないとさえ思う楽曲だ。

 日食なつこは数年前から山奥に引っ越し、そこで暮らしながら制作やライブ活動を続けている。「自立した音楽をするためには、自立した生き方をしていないと」というのが、昨年取材した時の彼女の言である(※4)。それはなんともこの音楽の背骨のような言葉だと思った。『日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-』の1曲目はピアノに座る音から始まるが、彼女は草刈りや雪かきをしたその手で鍵盤を弾き、そして喉を震わせているのである。ベスト盤がリリースされると、「宇宙友泳」の企画も残すところあとふたつになる。ひとつは10月12日から3日間に渡って行われる、彼女の原点であるthe five morioka、盛岡Club Change、盛岡CLUB CHANGE WAVEを貸し切ってのライブ『エリア不変』。もうひとつが11月から年明けにかけて駆け抜ける『エリア現在』と題した自身最大規模のツアーである。是非、この音楽に今触れてほしいと思う。

※1:https://twitter.com/nino_honmono/status/1708817297526358322
※2:https://realsound.jp/2023/08/post-1412928.html
※3:https://twitter.com/nisshoku_info/status/1707326926409654648/https://realsound.jp/2024/07/post-1727808.html
※4:https://realsound.jp/2023/04/post-1310576.html

■リリース情報
『日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-』
発売日:2024年9月18日(水)

●初回限定盤
価格:7,000円(税別)/7,700円(税込)
品番:412-LDKCD
レーベル:Living,Dining&kitchen Records

仕様:
・CD2枚組
・本型BOX仕様
・「エリア過去」展示物レプリカカード6点 
・「エリア未来」ツアーフォトカード5点
・「エリア不変」盛岡のすゝめZINE1点
・ベストアルバムツアー「エリア現在」CD特別封入先行シリアルコード

●通常盤
価格:4,000円(税別)/4,400円(税込)
品番:413-LDKCD
レーベル:Living,Dining&kitchen Records

仕様:
・CD2枚組
・ベストアルバムツアー「エリア現在」CD特別封入先行シリアルコード

●収録曲
【Disc1】
1.(     )
2.開拓者
3.ヒューマン
4.水流のロック
5.エピゴウネ
6.ログマロープ
7.大停電
8.レーテンシー
9.廊下を走るな
10.空中裁判
11.致死量の自由
12.white frost
13.開拓者 (2024 mined ver.)

【Disc2】
1.音楽のすゝめ
2.ダンツァーレ
3.真夏のダイナソー
4.泡沫の箱庭
5.meridian
6.vip?
7.うつろぶね
8.√-1
9.やえ
10.Fly-by (2024 observed ver.)
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■関連リンク
日食なつこ 15th Anniversary -宇宙友泳- 特設サイト:https://nisshoku-natsuko.com/15thanniversary-uchuyuei/
デジタル配信:https://orcd.co/nisshoku
公式HP:https://nisshoku-natsuko.com/
X(旧Twitter):https://x.com/nsn58?s=21&t=Ig_y3e_DqNrsIrBK8m5Tbw
Instagram:https://instagram.com/nisshokunatsuko_official

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