クボタカイ、切なさも受け入れる新曲「アルコール」 アルバムでの進化を経て得た自由

 昨年のアルバム『返事はいらない』でシンガーソングライターとしての進化をまざまざと見せつけたクボタカイ。シーンに登場した時は“ラッパー”として紹介されることも多かった彼だが、ギターで作曲をし、バンドとともに音を鳴らすことも増えた今の彼を、そうシンプルに形容することは難しい。クボタカイという表現者の音楽はさらに深く、広いものへと進化を遂げている。今年に入っても、いずれもドラマのオープニングテーマとなった「gear5」、「フラッシュバックメモリーズ」を立て続けにリリース、その勢いは止まることを知らない。そんななかで投下されたのが「アルコール」という新曲だ。

 サウンドプロデューサーには、yamaをはじめ、さまざまなアーティストとの仕事で知られるknoakを迎えたこの曲だが、そうした建て付けとは裏腹に、とても素朴な、クボタのパーソナリティを浮かび上がらせるような楽曲に仕上がった。ほろ酔いで歩く帰り道にふと訪れる切ない気持ち、誰しもが抱いたことがあるであろうそんな日常の心情に、この「アルコール」はそっと寄り添ってくれる。鼻歌から生まれたというこの曲で彼が描いたものとは何か。宮崎から上京し、現在は料理にハマっているというクボタに語ってもらった。(小川智宏)

“作る側としての手応え”を感じたアルバム『返事はいらない』

――昨年の『返事はいらない』というアルバムは素晴らしかったです。あらためて、あのアルバムを作り上げて得た手応えというのはどういうものでした?

クボタ:作る側としての手応えが結構あって。今までHIPHOP、ラップを軸にしていたものが、自分でギターを持って歌うという全然違う作り方になって。もともとビートがあって、そこにラップをどう乗せるのかというものから、音楽のコード的な部分を含めて自分で考えることができたり、そこに「こういう楽器を足してよ」ってお願いしたら足してくれる人の存在があるとか……周りの人にも助けられつつ、音楽としてより自由度高くできるんだなって思いました。

――そういう作品を世に出しての反応はどうでした?

クボタ:反響はありました。新しい曲をきっかけに聴いてくださっている方もいらっしゃるし、何より、このあいだ下北沢でライブをしたんですけど、その時にアルバム収録曲の反応がすごくよかったんです。今までのライブでは、「MIDNIGHT DANCING」や「TWICE」みたいなHIPHOPチューンにブチ上げを任せることが多かったんですね。でも今回のアルバムは歌モノなので、今回はライブ全体を通して歌モノで勝負してみようと思ってやってみたんです。なので、新曲に(会場のテンションを)上げるパートを任せるわけなんですけど、しっかりお客さんも踊ってくださって、何なら今まででいちばん盛り上がったと言ってもいいライブができたので、そういった意味でもちゃんと届いてるな、刺せるなと思いました。実験が1回目で成功したみたいな感じで嬉しかったです。あれを超えるためにまたライブをやりたいなと思ってます。

――もちろんHIPHOPというか、ビートの強い曲で盛り上がるのもクボタカイのライブの楽しさだと思いますけど、それとはまた違う魅力が生まれてきている。もちろん前から歌は大事にしていたと思いますけど、そこによりフォーカスすることで、曲を作るうえで描きたいもの、伝えたいことも変わってきましたか?

クボタ:まだ試行錯誤中ですけど……「まだ書きようがあるんだ」って自分で書いていて発見することもありますし、ラップと歌モノって作り方的に全然違うものだなと思っていて。文字数の多さも違いますし、スタンスも違う。歌モノでもともとやっていたものをなぞるのが正解なのか、歌詞の価値観も自分にとって新しいものであるべきなのかっていう結論は出ていないので、今はまだ気持ちよくお答えすることはできないんですけど、それこそ『返事をいらない』を作ることを通して、自分のなかで「こういうふうに書いたら気持ちいいな」とか「こういう歌詞がいいな」というものは出てきてます。それが今回の「アルコール」だったりもして。

口ずさめるのって、“口ずさめるだけのメロディ”だからなんですよね

――うん。今年リリースした「gear5」と「フラッシュバックメモリーズ」はドラマのタイアップ曲でしたが、「アルコール」はそうではなく、よりクボタさん自身のなかから出てきた曲だと思うんですが、これはいつ頃、どのようにできた曲なんですか?

クボタ:わりと最近で、5月ぐらいだったと記憶してます。まずサビのメロディが鼻歌で浮かんだんですよ。それがすごく気持ちよくて、その時からなんとなく「何%の〜」っていうフレーズがあったので、「これは『アルコール』だな」と思って。出先で思いついて、家に帰ってギターのコードをなんとなくハメて、そこから作っていきました。

――そういう、鼻歌始まりみたいなことも結構あるんですか?

クボタ:あります。いちばん気持ちいいので、最近は細かくストックするようにしてます。

――今回サウンドプロデュースをしているknoakさんとは初タッグなんですよね。彼とはどういうコミュニケーションをしながら形にしていきました?

クボタ:僕がギターでデモを作った段階では、わりとフォーキーというか、いい意味で若干の野暮ったさもある印象だったんですけど、僕、この曲は飲んだあとの帰り道に聴いてほしくて。だから、「歩きながら聴ける感じにしてください」っていうふうにknoakさんにお願いしました。お酒飲んだあとって、一曲かけたくなるじゃないですか。何の曲かは日によって違うと思うんですけど、「聴いて帰ったら気持ちいいだろうな」と思うようなサウンドをお願いしたいな、と。なので、しっかりとベースがありつつ、ブラスもすごく気持ちいいような、こういった曲にしていただきました。knoakさんから返ってきたものを聴いて、「もうこれじゃん!」って思いましたね。

――たしかにベースもちゃんと入っているし、グルーヴは強いし、ブラスとか華やかな音も入っているけど、まさに鼻歌ではないけど、すごくさりげない感じというか、自然に入ってくる感じがしますよね。決して派手じゃないっていうか。

クボタ:そうですね。僕自身、鼻歌で作った曲は結構好きなものが多くて。「せいかつ」(2019年3月リリース)とかもそうなんですけど、口ずさめるのって、“口ずさめるだけのメロディ”だからなんですよね。複雑なのがいいのか、シンプルなのがいいのか、どっちがいいのかにはきっと答えはないので難しいんですけど。でも、「アルコール」は久々に鼻歌でちゃんと作れた感じがしたのもすごくよかったし、knoakさんの作ってくれた音も、僕が歌っていない一瞬にふわっと鳴ったりしていて。

――うん。これはバンドで作ったわけではないけど、最初は鼻歌だったところからknoakさんが入ることによって形になっていった。その始まり方ゆえにすごくパーソナルな感じがするというか、クボタさんの肌感みたいなものと近いところで曲が生まれている感じがするんですよね。その感覚のまま最後まで完成しているという空気がすごく心地好いなと思いました。

クボタ:ありがとうございます。そうなんですよね。この肌感とか、楽しんでる感じとか、伝えたいものを新しくイチから作るより、もともと自分にあるものを伝える方法をちゃんと探さなきゃなと思っていて。「これヤバい」とか「この韻は固くない?」という感覚をそのまま書いちゃおう、みたいな気持ちもありつつ、でも自然体で楽しんでるものに僕も惹かれるし、人も惹かれると思うし。今後もそういうのを大事にしたいな、と思っています。

――そうそう。だから、「俺は今これが言いたいんだ」というようなメッセージありき、テーマありきでできている感じがしないんですよ。もっと日常のなかでふと思うようなことを膨らませていったら曲になりました、みたいな感じがあって。そういう意味では「手紙」ともまた違う――。

クボタ:日記のほうが近いですよね。一応「アルコール」というコンセプトはありつつ、それにまつわる自分のなかの自然な言葉で書きました。

関連記事