「好きな惣菜発表ドラゴン」なぜブームに? 二次創作の輪を広げる独特なボカロ文化

オーバーライド - 重音テトSV[吉田夜世]

 実は「好きな惣菜発表ドラゴン」以外にも、直近のVOCALOIDシーンでは、楽曲の二次利用に寛容な空気の中で生まれた小さなブームが散見される。2024年序盤に「人マニア」の人気独走に歯止めをかけた吉田夜世の「オーバーライド」も、楽曲とアニメ・ゲームの音声素材を加工してかけ合わせたMAD動画がブームの火付け役だ。

 作者の吉田も、楽曲の二次利用にはMAD動画を含めて肯定的な姿勢をSNSで度々示しており、YouTubeには「2次創作tips」とコメントを残し、二次創作する際に役に立つ情報を公開している。だが、曲自体の二次利用というハードルは低い一方、曲とかけ合わせる音声素材についての二次利用の許諾も必要なため、この点については留意しておく必要がある。

ミニ偏 - 重音テト

 さらに「人マニア」「イガク」をはじめとしたヒット曲を連発し、今シーンで熱い注目を集める原口沙輔。直近では「ミニ偏」を、原口本人を含め大勢のクリエイターがリミックスし合うムーブメントも、局所的ながらSNSで繰り広げられている。

 この光景こそが、ある意味シーンにおける楽曲の位置づけを端的に表していると言っていいだろう。ミュージシャンが楽器を持ち寄りセッションで曲のカバーを楽しむように、彼らもネット上で非対面のまま(場合によっては作者本人までもが登場し)楽曲をいい意味で“オモチャ”にして自由なクリエイティブを楽しみ、かつ作者自身もそれを肯定し喜んでいる場面も多いのだ。

 従来の音楽シーンでは様々な事情により、原則プライベートな場で行われるものだったクリエイターたちの既存曲を使った“遊び”。それを大衆の目につく公の場で行っても問題や弊害は一切発生せず、むしろ作者自身もその活動自体を推奨している。これは楽曲における権利の一存が大きく個人に帰属する、シーンの特性ならではの現象と言えるだろう。そして、その現象の発生はVOCALOIDというジャンルの奇特な一面であり、今後時代の中で変化する可能性すらある、音楽に対するそもそもの価値観と言えるのではないだろうか。

 近年のAI生成問題やネットカルチャーの活性化などで、著作権ないしは創作物の二次利用にまつわる認識には少しずつ変革が起きている。その中で今回取り上げた「好きな惣菜発表ドラゴン」のムーブメントのように、作者も含めて楽曲をアレンジし合う土壌が育っているVOCALOIDシーンの音楽特性は、今後確かな強みともなり得るはずだ。同時に新たな文化やカルチャーの誕生は、得てしてこのような場所から萌芽していくのかもしれない。

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