慎吾ママの活躍から新たな気づきまで 稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾『ワルイコあつまれ』真の面白さ
稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾による教育バラエティ番組『ワルイコあつまれ』が、この4月よりNHK EテレからNHK総合へとお引越し。オンエアは火曜の夜11時からとなり、新たな視聴者へ届くことになった。
とはいえ、これまでと同じEテレの土曜の朝10時からも再放送枠として据え置きに。これまでと変わらず子どもたちにも、そしてかつての子どもだった大人たちにも広く楽しめるようになったのが嬉しい。
早速、新しい放送枠での初回オンエアとなった4月2日は、X(旧Twitter)では番組の関連ワードが日本および世界トレンドで上位に入る盛り上がりを見せる結果に。そこで今回はさらに多くの人に届くことを願いつつ、NHK総合での初回放送を振り返りながら『ワルイコあつまれ』の魅力についてあらためて紐解きたい。
慎吾ママが時を超えて人と人とをつなぐキャラクターに
4月2日の放送中、最も多くのリアクションを集めたのが、香取扮する“慎吾ママ”についてだ。慎吾ママと言えば、2000年にリリースされた「慎吾ママのおはロック」がミリオンセラーとなり、「おっはー」がその年の新語・流行語大賞に輝くなど、まさに一世を風靡した名物キャラクター。
気づけば、あれから20年以上。慎吾ママが誕生した頃に子どもだった人たちが、子育て世代になっていることにも驚かされる。大人たちにとっては懐かしい再会に、そして子どもたちにとってはかつて日本中が心を掴まれたように新たに夢中になるキャラクターとして映っていることだろう。
そんな慎吾ママがMC役としてゲストを迎えるトークコーナー『慎吾ママの部屋』。この日、登場したのは大地真央が扮するマリー・アントワネットだった。そう、この『慎吾ママの部屋』にやってくるのは、歴史上の人物たちなのだ。そして、どこか遠い存在に感じられる偉人たちとの距離を近づけるために“あだ名”で呼び、バラエティ番組のようにエピソードを聞き出しタイムスリップトークを繰り広げていく。
「なぜオーストリアからフランスに嫁ぐことになったのか」「なぜ彼女はベルサイユ宮殿から別邸へとこももってしまったのか」「なぜ処刑されるほど国民に嫌われてしまったのか」……なんとなく知ったつもりになっているけれど、子どもから「なぜ?」と問われたらすぐには答えられないような切り口でマリー・アントワネットの人生を掘り下げる。その「なぜ?」の部分を香取が率直に尋ねていくのが気持ちいい。
マリー・アントワネットから「ハプスブルク家ってご存知でしょ?」と問われて、「聞いたことないです」とまっすぐに答えられるのも慎吾ママの愛されキャラゆえ。知っていて当然と思っていたマリー・アントワネットからは「ええ?」「うわっ!」なんて声が漏れ出てしまう。この先どんな歴史ドラマでも、こんなマリー・アントワネットが見られることはないのではないかと笑いを誘った。
親と子の世代をつなぎ、現代と過去の時代をつなぐ。それぞれの生きた時によって立場が変わっても、慎吾ママの前では誰もが“ひとりの人”となっていく。そんな感覚になるのも、この『慎吾ママの部屋』の面白さと言えそうだ。
学校では教えてくれなさそうな『社会の体操選手権』
続いて、放送されたのが草彅がコミカルな演技を披露する『社会の体操選手権』。このコーナーは「社会で生きていくために必要なふるまいの美しさを競う」というもので、およそ子ども向けとは思えない内容なのだが、むしろそうした生きた知恵を学べるのがテレビの強みと言わんばかりに白熱した展開が披露される。
今回のシチュエーションは、プロジェクト責任者候補として社長室にライバル社員とともに呼び出された時の立ち居振る舞い。社長に気に入られるためにはどんな機転を利かせるべきかというのが競技の見どころだ。
草彅演じる草村公平は、ライバル社員から「5月25日が社長の誕生日であることを知っているか」というトラップを仕掛けられ、まんまと引っかかってしまう。しかし、その日よりも大切な日として「5月15日に社長夫人の誕生日が控えている」ことを逆転カードとして切り、見事に社長の心を掴むという流れだった。
その演技を観た解説役の松木慎太郎(香取)が「たぶんだけど、去年、奥さんの誕生日を忘れてどえらい目にあったという社長の話を覚えていたんだね。人の不幸が大好物なんだ、草村は!」なんて言ってのけるのも、実に“ワルイコ”視点。もちろん不幸話を楽しむのは決していい趣味とは言えないけれど、人が「もう失敗したくない」と経験したトホホ話を相手の情報として押さえておくというのも、上手な世渡りには必要だということに気づかされる。
大人になってみると「こういうことは学校で教えておいてよ!」なんてぼやきたくなる一般常識にぶつかる時が多くある。かと言って、ケースバイケースのシチュエーションを教科書で取り扱うのが難しいことも十分理解しているつもりだ。だからこそ、こうしてテレビを観ながら笑いを交えつつ、どんな振る舞いがよりベターなのかを考えさせてくれる時間は貴重に思うのだ。