日食なつこ初の展覧会『エリア過去』を観て 表現者としての格闘の歴史
日食なつこは容赦がない。それは他人にではなく、表現者としての自分に対してである。納得いくまで追い詰めて、正解を見つけるまでは格闘をやめない。「歌詞ノート」に書かれている、曲になる前のぐちゃぐちゃのメモ書きを見てそう思った。そもそも彼女は、思いつくアイデアの中でとりわけ難しく、一番面白そうなことを選ぶ音楽家である。これまでにもお寺や植物園でライブを行い、アニバーサリーイヤーに「未発表曲のみ」のツアーを行おうというシンガーなのだ。日食なつこの音楽がガツンと響くのは、その勇敢さと大胆さがクリエイティブに直結しているからだろう。「神様お願い抑えきれない衝動がいつまでも抑えきれないままでありますように」と歌った彼女は、今でもやはり〈冒険好きな流れ星〉なのだ。
活動15周年を迎えた日食なつこが、この1年を盛大に駆け抜けるべく掲げたプロジェクト『宇宙友泳』。その内の第二弾企画である、自身初の展覧会「『エリア過去』~日食なつこを成したものもの~」が、CCAAアートプラザ 四谷三丁目ランプ坂ギャラリーにて行われた。3月9日から17日までの短い期間ではあったが、足を運んだファンにとっては有意義な時間を過ごせたはずだ。日食なつこが自ら会場のリサーチや設営・監修を行った個展であり、そこに並べられていたのは歴代のステージ衣装や、ツアーの先々で撮られたいくつもの写真と映像、そして件の歌詞ノートやそれに付随する雑多なメモである。
来場者を最初に出迎えるのは、色彩豊かで洗練されたデザインの衣装である。古くは2015年発表の「ヒーロー失踪」ティザー映像で着られたものから、直近の『蒐集大行脚』ツアーの衣装までが並べられている。眺めているだけでも楽しいのだが、それぞれのライブに参加していたリスナーにとっては、頭の中でその日の音楽が蘇るようなスペースだったのではないだろうか。
その先にあるのが今回の目玉、「歌詞ノート」のコーナーである。部屋に入ると『鸚鵡』のジャケットで使われたオウムの仮面と目が合った。なぜか試されているような気分になる。さておき、そこに広がっているのは曲になる前の文字の群れ、完成前夜の言葉たちである。真っ白い部屋を取り囲むように、「やえ」や「ログマロープ」(仮タイトルが「まぐろ丼」)、「水流のロック」や「ヒューマン」といった代表曲の歌詞が一挙並んでいる。正書には程遠く、筆致は乱れ、書いては塗り潰してを繰り返す殴り書きのような草稿である。何よりえんぴつで書かれていることもあり、彼女の筆圧が生々しく反映されている。そこに書かれた言葉からは、「意味」以上に「情念」が伝わってくるのである。きっと足を運んだ人の多くも、斜線を引かれて消されてしまった言葉にこそ惹かれたのではないだろうか。そこには表現者の苦悩が垣間見れるし、なんというか、そうした普段は見えないところにこそ、彼女だけの真実があるのだろう。そこで格闘した歴史が今の日食なつこを支えているはずだ。