ムーンライダーズは日本語歌詞の実験室だ ロックで何が歌えるか、言葉の可能性への挑戦
以前、曽我部恵一(サニーデイ・サービス)と澤部渡(スカート)にムーンライダーズの魅力について対談してもらった時、2人は口を揃えて一番の魅力は歌詞だと言った。どちらも曲と同じくらい歌詞を大切にしているアーティストだけに、彼らの答えは印象に残った。
ムーンライダーズはアルバムごとにサウンドを変化させたが、メンバー6人(鈴木慶一、岡田徹、鈴木博文、かしぶち哲郎、白井良明、武川雅寛)全員が曲を書くバンドが、それぞれの個性を失わないまま同じ方向に変化していくというのは大変なこと。そして、彼らはサウンド同様、歌詞も変化していった。1960年代にロックを日本語で歌うことについて論争が巻き起って以降、様々なアーティストがロックに乗せる言葉をめぐって試行錯誤を重ねてきたが、ムーンライダーズはバンド自体が日本語歌詞の実験室だった。なかでも、歌詞を手掛けることが多かった、慶一、博文、かしぶちは、ムーンライダーズの「文芸部」といえるかもしれない。
海外の映画や文学のエッセンスを日本語に「翻訳」する感性
ムーンライダーズの実質的な1stアルバム『ムーンライダーズ』がリリースされたのは1977年。海外の音楽をいち早く取り入れながら、いかにオリジナリティを生み出していくか。それが日本のロックの課題だったが、初期のムーンライダーズは海外の小説や映画のエッセンスを日本語の歌詞に定着させようとした。それは撮影所で撮られた映画のような架空の世界。そんななかで、作詞/鈴木博文、作曲/岡田徹というコンビで手掛けたロマンティックな楽曲の数々は、ファンの間で「ロマンシング・アドベンチャー」と呼ばれて人気を集めた。例えば「さよならは夜明けの夢に」は成長して家を出ていく少女を描いた曲で、〈レモネードにパイの朝〉〈パパのginの匂い〉など小道具を巧みに使って、映画のワンシーンのようにドラマを生み出した。
一方、鈴木慶一による歌詞には、言葉やイメージと戯れるような実験性や遊び心を感じさせた。この時期の慶一の歌詞の特徴はエロティシズムだ。大好きな女の子のことを思うと〈僕のポケットは もうハレツしそう」と歌う「マスカット・ココナッツ・バナナ・メロン」や、昼下がりのオフィスレディの秘め事を描いた「女友達(悲しいセクレタリー)」など、フランスのポルノグラフィ小説のように洗練されたセクシュアルな表現を大胆にロックに持ち込んだ。
そして、かしぶちの歌詞は、人間の暗部を静かに見つめる情念のようなものを漂わせていた。「砂丘」では夢を抱きながら絶望する日々を歌い、〈日は昇り 夢は滅ぶ〉というフレーズには荘厳ささえ感じる。かしぶちの歌詞には、容易には人を寄せつけない孤高さを感じさせた。
そうした文学的/映画的な歌詞のアプローチが見掛け倒しにならなかったのは、彼らには豊かな知識があり、海外の映画や文学のエッセンスを日本語に「翻訳」する感性を持っていたからだ。ムーンライダーズはマンフレッド・マン「マイ・ネーム・イズ・ジャック」(訳詞:鈴木慶一)やミルトン・ナシメント「トラベシア」(訳詞:かしぶち哲郎)といった曲をカバーしているが、どの曲もオリジナルの歌詞をあててムーンライダーズの世界に引き込んでる。
ハードボイルドなタッチで描かれる、都市で生きる人々の愛と欲望
そんなムーンライダーズの歌詞に変化が訪れたのは、パンク/ニューウェイヴに接近した1970年代の終わり頃だ。東京のカルチャーシーンが海外から注目を集めるなか、ムーンライダーズの歌詞からは海外の風景が消え、都市で生きる人々の愛と欲望がハードボイルドなタッチで描かれるようになる。「欲望」(作詞:鈴木慶一)では唾を吐くように「Shit」などとシャウト。映画『鬼火』にインスパイアされた「バック・シート」(作詞:かしぶち哲郎)では自殺をほのめかし、「無防備都市」(作詞:鈴木博文)には〈内在する不在感〉という哲学的なフレーズが切迫したビートに乗る。これまでの叙情性は影を潜め、攻撃的でニヒリスティックな歌詞で都市に漂う熱気を伝えた。
ちなみに「無防備都市」は、映画のタイトルを曲名にするというコンセプトで作られた『カメラ=万年筆』(1980年)に収録された曲。映画を題材にすることが多いムーンライダーズらしいコンセプトだが、曲名に選ばれた映画を見ていないまま歌詞が書かれた曲もあったとか。この時期のムーンライダーズの曲は、音楽でしか見ることができない映画のようだ。
リアルタイムで海外のロックを取り入れてきたムーンライダーズが、何にも似ていない音楽、つまり、自分たちのオリジナリティを生み出したのが『マニア・マニエラ』(1982年)だが、ここでまた歌詞は大きく変化する。シーケンサーを大胆に導入した本作は、メンバーが最新のテクノロジーと格闘して作り上げたことから「労働」がテーマになり、「工場と微笑」「温和な労働者と便利な発電所」といった曲名に象徴されるように、工場や労働者が登場するインダストリアルなイメージを歌詞で展開した。
また、本作には、佐藤奈々子、糸井重里、佐伯健三(ハルメンズ)、太田螢一(ゲルニカ)といった面々が作詞で参加しているのも特徴。なかでも、佐藤奈々子が提供したオープニング曲「Kのトランク」はアルバムの斬新さやモダンさを透明感のある言葉で表現。誰よりも先に20世紀の街に別れを告げる一方で、〈誰よりも先に 旅の孤独感じてる〉のは鈴木慶(K)一と仲間達のことに違いない。そして、サビの〈バラがなくちゃ 生きてゆけない〉というフレーズは、ドイツの芸術家、ヨーゼフ・ボイスのポスターに映し出された薔薇にインスパイアされたもの。アートの象徴である薔薇は「ばらと廃物」やアルバムのラストナンバー「スカーレットの誓い」にも登場するが、「スカーレットの誓い」では、再度〈薔薇がなくちゃ 生きていけない〉と歌われる。都市、工場、薔薇、そういったイメージを記号のように散りばめ、サウンドと歌詞を密着させることで、バンドは新しい世界観を生み出した。