連載『lit!』第88回:Elle Teresa、Moment Joon & Fisong…バッドなムードに抗うヒップホップ快作

Die, No Ties, Fly『SEASONS』

 VOLOJZA、LEXUZ YEN 、poivreによるユニットDie, No Ties, Flyのアルバムは、もう本当に楽しい作品で、何回だって聴けるような中毒性を湛えたヒップホップアルバムである。これを聴けば、部屋の孤独も、怠い外出も、楽しいひと時も、性愛の記憶やアルコールの背徳も、音楽的な欲求も全て報われるのではないだろうか。それは酩酊的で、スウィートで、曖昧な景色を曖昧に、(ジャケット写真がそうであるように)くっきりしない輪郭をそのままに捉えるような、そういう作品なのである。予想以上にメロディアスな仕上がりになった本作だが、poivreによる多様なビート(それは時にフリーキーで時に官能的な)がカラフルな色を与えていて、そこに則るように、OMSB、Neibissといったラッパーの他にも、butaji、Lil' Leise But Goldといったシンガーや、サックス奏者 hikaru yamadaらユニークな面子が参加している。一見、統一感に欠けるようでいて、しっかりと足元の不安定な生活の感触が、全体に漂っていて、それらを寛容に迎え入れているようでもある。LEXUZ YENの歌とラップの横断も、VOLOJZAの軽快なラップも、姿形を変えるビートの上で絶妙に配置され、なんとかその不安定に対応しているようだ。そしてそういう不安定さこそ私は聴きたい。なぜなら不安定な世の中を生きる私たちの生活にだって、安定したビートに乗ってラップしていたかと思ったら、忙しなく多くの楽器が入り乱れるようなことや音数が少なくなるようなことも、きっとあるはずなのだから。

Die, No Ties, Fly「03」

柊人『忘れないで』

 沖縄を拠点とする柊人の新作アルバムは、いつも通りの歌心ある作風の中に音楽的野心を忍ばせる快作である。タイトル曲「忘れないで feat. 田我流」のゴスペル風味から始まり、そこからジャズやR&B、ソウルからジャージークラブに至るまで、コンパクトな中で、持ち味を崩さずジャンルを横断している印象だ。単純に耳が楽しい。もちろん、彼の歌の優しさが清涼剤的な効果を放っていることは通常通り、言うまでもないことだろう。思うに、柊人は軌跡の作家といえる。代表曲「好きなこと」だってそうだったではないか。何かをやり遂げるための、どこかにたどり着くための歌を彼はずっと歌っている。だから、少し驚くような音楽性の横断だって、そういうことなのだろうと理解することができる。つまり、道の途中であることを喜んで受け入れられるような、そういう音楽なのである。そしてそれは、何かあれば結論を急ぐような、何に追われているのかさっぱりわからないような現代の人々にもきっと刺さるのではないだろうか。

柊人「忘れないで feat. 田我流」

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