PEDRO、バンド再始動後の豊かな変化 アユニ・Dが生活の中で見つめる“表現すべきこと”
11月27日、単独公演『赴くままに、胃の向くままに』にて武道館に裸足で立つアユニ・Dの姿を見て、ああ、優美だなと感じた。包容力のある音楽だなと思った。
ライブは同日に配信リリースされた最新アルバムの全曲披露の場だった。「チケット代100円」とか「事前予告なしで新作リリース」とか話題性につながる仕掛けはあったけれど、鳴らされている音楽自体が「驚かせよう」とか「すごいものを見せてやろう」というよりも「寄り添いたい」というような優しい感情に満ちていたものだったから、サプライズよりも、そちらの余韻のほうが大きかった。
思えば、過去にはPEDROのライブを観てそんな風に思うことはあまりなかった。約5年前、PEDROが走り始めた頃のステージから伝わってくるのは、明日どうなるかなんてわからない刹那的な衝動だった。そこからアユニ・Dは確実にミュージシャンとして覚醒していったけれど、やはりBiSHと並行して活動していた時には、どこかヒリヒリとした焦燥感のようなものを感じていた。
けれど、ニューアルバム『赴くままに、胃の向くままに』から感じるのは、地に足がついた感覚だ。田渕ひさ子のギター、ゆーまおのドラムとのスリーピースによる鉄壁のアンサンブルが鳴らすのは、穏やかで奥深いサウンド。ドミコのさかしたひかるがアレンジとサウンドプロデュースを手掛けた「グリーンハイツ」ではシャウトを聴かせるが、その他の曲ではアユニ・Dは伸びやかで落ち着いた歌声を響かせている。
その由来になったのは、アユニ・D自身の内面の変化だったはずだ。
2021年12月22日に横浜アリーナでライブ『さすらひ』を行い、その後1年半はBiSHの解散に向けて全力投球するためにPEDROを活動休止していたアユニ・D。ただ、表立って動いていなかったその期間に、むしろミュージシャンとしてのアイデンティティが築かれていった。「何を表現するべきか」が定まっていった。
「生きていることの素晴らしさに気づきはじめて、暮らしってすごく美しいなって思うようになった」(※1)と、筆者が担当した今年8月公開のインタビューでアユニ・Dは語っていた。活動再開後のPEDROの目指す方向として「生活に寄り添う」「生活感があふれる音楽を作りたい」ということを語っていた。
8月23日に第1弾シングルとしてリリースされた「飛んでゆけ」は、まさにその言葉通りの暮らしをテーマにした1曲だ。
この曲を筆頭に、『赴くままに、胃の向くままに』には“生活”をモチーフにしたたくさんの楽曲が収録されている。たとえば「ナイスな方へ」は〈目覚まし鳴った 寝床を旅立つ〉という歌い出しから始まる曲。「洗心」はミドルテンポのキラキラしたメロディに乗せて〈暮らしを営む、少しずつ/私は柔らかく歩く〉と歌う曲だ。
なぜ“生活に寄り添う”音楽を作ろうと思ったのか。その答えも、アユニ・Dは曲の中に書いている。そこに救いがあったからだろう。かつて明日が見えない閉塞感の中にいた若い頃の自分が音楽に救われたように、今度は自分が手を差し伸べる番だという意識もあったはずだ。「赴くままに」では、こんな風に歌っている。〈私とあなたの暮らしを混ぜ合い/赴くまま山越えよう〉〈あなたを救いたいなんてとんだわがままを言わせてよ/勝手に救われてくれるのを祈るしかない〉。
アユニ・Dの中でやりたいこと、やるべきことが定まっていた。だから再始動も早かった。