星野源、感覚に直結した言葉とサウンド 「光の跡」は追い込まれた先で自信を深めた1曲に

 星野源がニューシングル『光の跡/生命体』を12月27日にリリースした。「光の跡」は、年末年始を盛り上げる話題の映画『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』のエンディング主題歌となっており、近年の星野の楽曲を特徴づけるようなキラキラとしたキーボードのイントロが印象的な1曲となっている。〈人はやがて/消え去るの/すべてを残さずに〉から始まる歌詞に込めた想い、好奇心溢れるサウンド作り、そしてオードリーの関係性を書き綴ったカップリング曲「おともだち」などの制作に至るまで、星野に語ってもらった。(編集部)

一番正直な詩が書けた〈終わりは/未来だ〉

ーーまずは『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』エンディング主題歌「光の跡」からお話を聞かせてください。フォージャー家の家族旅行という映画のオリジナルストーリーに沿ったテーマで歌詞を書いたそうですが、その前には実際に金沢へ旅行に行ったそうですね。それを踏まえてどういうビジョンのもとに歌詞のイメージを膨らませていったのでしょう?

星野源(以下、星野):今回の『劇場版 SPY×FAMILY』を拝見して、旅をテーマに曲を書いてみたいと思ったんです。ただ、僕はあまり旅をしたことがなくて。それでちょうど行きたいと思っていた金沢に歌詞を書く旅をしてきました。鈴木大拙館で禅の考え方に浸ったり、いろいろな景色を見ているなかで、たくさんのものを得て帰ってきて。そのときにはもうサウンドは全部できていたから、早速歌詞を書こうと思ったんですけど、当時は非常に落ち込んでいる時期だったんです。もう、すべてにおいて前向きな気持ちになれなくて、何を書いても、どうしても違和感のあるものになってしまう。タイアップ的な、物語のキーワードから派生させていくようなやり方が全然できなくなってしまいました。とにかく全く作業が進まなくて、精神的にもかなり追い詰められて。そこまでいったのは人生でも初めての経験でしたね。

 そこでとりあえずタイアップのことは一旦忘れて、今の気持ちをそのまま出してみようと思って書いた歌詞がAメロの部分だったんです。どうせ人間はみんな死ぬわけだし、人類は長い目で見たらいつかは絶滅する。だから、自分が何を残そうが努力しようが、いずれ知覚できる者など誰もいなくなってしまうんだと思ったとき、何もかもが無駄に思えてきて。そんななかで金沢に旅行に行ったときに見た夕日の美しさ、雨の街の木々や水たまりの波紋の美しさを思い出して、どうせ死ぬのになぜ自分は感動していたのか、考えてみたんです。そうすると、不思議と歌詞が書けていって。なぜ生きるのか、なぜ旅をして思い出を残そうとするのか、なぜ他人同士が惹かれ合い笑い合うのか。そういうところから『劇場版 SPY×FAMILY』とのつながりが生まれてきて、一気に歌詞ができていきました。

ーーそんななかで「光の跡」というモチーフに行き着いた背景を教えてください。

星野:今回の楽曲を作っているときにずっと朝日や夕日が海の波に映った光、「光跡」をイメージしていたんです。MVは鎌倉で撮影したんですけど、そのときもちょうど夕日が沈んでいくタイミングで、ものすごく綺麗だったんですよ。人もたくさん集まっていて、みんなで写真を撮っていて。そんな光景を見ていると、世界ではいろいろなことが起こって、いろいろなことを乗り越えたり発展したりしてきたけれど、結局この夕日の力には敵わないんだなと思えてきて。もう何千年も前からこの美しさに感動しているという点では、人間は全く変わっていないんですよね。そういう人々が意味もなくやり続けていること、美しい夕日を見て「綺麗だね」と言っている感じがサウンドのイメージとしてずっとありました。それが歌詞を書いていく過程でどんどんつながってきて。本当に長い目で見れば、人の命や文明そのものも一瞬だけ光って消えていくだけの光跡に過ぎないんですよね。

星野源 - 光の跡 (Official Video)

ーー星野さんはこれまでにもたびたび「死」を通して「生」を歌ってきましたよね。

星野:そうですね。今までは生きることを描くにあたって、そこに死がないのは正直ではないだろうという感覚があって。そうやって死が出てくることが多かったと思うんですけど、今回はどちらかというと終わりや終焉を描いているイメージですね。だから、そのときの気分としてはあまり前向きな気持ちは入れたくなくて。希望も何もない状態だったから、ただそのままそこにすべてがあるんだという感覚でした。でも、そういうことを描いていくなかで本当に夢も希望も持てないまま終わるのは、それはそれで嘘をついている感じがすごくあって。〈終わりは/未来だ〉というフレーズを思いついたときに「これだ!」と思ったんですよね。一番正直な詩が書けました。「未来には終わりしか待っていない」という意味でもあるし、「終わりがあるからこそ未来がある」とも解釈できる。そこには全く嘘がなくて。最後の歌詞の〈出会いは/未来だ〉はずっと前にエッセイ『いのちの車窓から』で書いていた言葉で、そんなところにもつながっていきました。

「ジャンルを再現したいのではなく、自分のなかの音楽を出したい」

ーー歌詞よりも先に音ができていたとのことですが、サウンド的にはどんなイメージで制作に取り掛かったのでしょうか?

星野:テレビ版『SPY×FAMILY』のエンディング主題歌として書き下ろした去年の「喜劇」のサウンドは、2000年代をイメージして作ったんです。今回の「光の跡」は「喜劇」の続編的なものにしたくて、歌詞としては「喜劇」で描いたことの先を歌っているんですけど、逆にサウンドでは時代を遡ってみようと思って。イメージとしては、1990年代前半ぐらいのヒップホップのサウンドーー1980年代のR&Bの影響を受けた日本のアニメのエンディングテーマをサンプリングした90年代のヒップホップみたいな(笑)。そういうちょっとねじれがあるようなサウンドイメージからスタートしていきました。

ーー80年代R&B調のキラキラしたイントロからニュージャックスウィング的な跳ね感のあるビートが入ってくる流れがとても新鮮だったのですが、R&Bやヒップホップの影響を打ち出した星野さんの曲としては、意外となかったアプローチだと思いました。

星野:そうですね。今回、そういうサウンド感が素直に出ていると思います。ただ、ジャンルを詳細に再現したいのではなく、あくまで自分のなかにある音楽を出していきたい。だから80年代調のキラキラしたサウンドにしてもリファレンスをしっかり設定するわけではなく、自分のなかにある“あのときのあの感じ”みたいなものを心の中から引っ張り出す、という作業が大きくて。だから、それはリアルなジャンルの音と違っていても構わないんです。そうすることが自分の音楽を作っていくということだと思うので。

 これまでは、そうやっていろいろな音楽に影響を受けながら自分のフィルターを通して表現することに、もうひとひねり加えていたんですよ。全くわけがわからない感じにするのが好きだったり、よくわからない場所に着地するのを楽しむみたいな。でもそれはもう十分やってきたから、今回はなるべく素直にやりたい音を出していこうと心がけながら作っていきました。

『劇場版 SPY×FAMILY』/星野源「光の跡」コラボムービー【大ヒット上映中】

ーー「光の跡」はイントロのキーボード一発で引き込まれるところがあります。最近の作品では『LIGHTHOUSE』収録の「解答者」もそうですが、イントロでキーボードをどう鳴らすか、その音色の選択を入念に吟味している印象を受けました。現在の楽曲制作において、キーボードの音色に触発されて曲のイメージを膨らませていくようなことはありますか?

星野:それはめちゃくちゃ多いですね。「光の跡」ではMK-80(ローランド社/1989年製造)を使っているんです。Rhodesの名を冠してるデジタルピアノなんですけど、あの音がすごく好きなんです。「解答者」ではJD-800(ローランド社/1991年製造)のクリスタルローズという音を使っていて、当時あの音に慣れ親しんだ人にとっては一瞬で時代を引き戻されると思うんです。ただ、それは同時に今の音でもあると思っていて。いろいろ混ざってきているのが楽しいですよね。そういうなかで、やっぱり最近は音を鳴らして発想させていくことがすごく多いです。シンセサイザーにしてもキーボードにしても、打ち込みを始めてから今のような作り方をするようになったんですけど、すごくおもしろいですね。エンジニアの渡辺省二郎さんは1980年代からずっとやられているから、どうやってリバーブをかけていたのか、当時のことを知っているんです。こういう機材を使ってこのぐらいの長さでかけていた、みたいな。「この楽器はこの年代の音にしたい」「こっちの楽器は今の音にしたい」とか、詳細に話し合って作ることができたのですごく楽しかったですね。

ーー「不思議」(2021年)以降、作品を重ねるごとにキーボードの存在が大きくなってきている印象を受けます。

星野:そうですね。自分のなかでどんどん自信を増してきているというか、自分の感覚と直結している感じが強まってきていると思います。いろいろ試行錯誤してアレンジを進めていくにつれ「やっぱりこれでよかったんだ!」とか、そういう経験をたくさんすることによって「この音はこれでいいんだ。なぜなら俺がいいと思っているから」という感覚になってきました(笑)。

 以前はもっとちゃんとしたほうがいいんじゃないかとか、音楽理論的なところから外れたら間違いなんじゃないかとか、そんなことを思っていたんです。でもそうではなくて、自分の耳がいいと思ったらそれはいいんだって考えるようになりました。去年アメリカに行ってジェイムス・ポイザーと会ったりしていろいろと話していくなかで、キーボードのテンションのやり方だったり、自分のコードの運び方について聞いてみたら「何も間違いはない」と言われて。ただ「お前はクレイジーだ」とも言われましたけどね(笑)。向こうのアーティストは本当に全く楽譜を見ないので、何よりも耳で聴いてやってみることが大事なんだと痛感しました。とにかく自信がついてきましたね。それが一番大きいと思います。

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