なとり、自分と対峙し続けたアルバム『劇場』 新曲から考えるシンガーソングライターとしての魅力

なとり、アルバム『劇場』レビュー

 シンガーソングライター・なとりの1stアルバム『劇場』が完成した。12月20日のリリースを前に、アルバム『劇場』の特設サイトがすでに“開幕”していた。

 2021年、TikTokにオリジナル曲を発表する形で音楽活動をスタートさせたなとりは、2022年9月に自身初の配信曲「Overdose」がいきなり大ヒットし注目を集めた。同年5月に先行してTikTokでショート動画を公開していた同楽曲は、Spotifyのバイラルチャートでロングヒットを記録し、国内だけでなく、ベトナム、マレーシア、シンガポール、韓国、タイなどの同チャートで1位を獲得。さらにアジア各国に留まらず、ウクライナ、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ルーマニアなどの同チャートでも上位にランクインしたほか、同グローバルチャートでも最高位4位を記録している。2023年12月現在までにストリーミングの総再生回数が4億万再生を突破するなど、これまでモンスター級の記録を積み上げてきた。

なとり - Overdose

 そんな中、2023年になると、なとりは立て続けに楽曲をデジタルリリースしていく。TikTokに曲を発表してすぐにバズを起こした「猿芝居」を皮切りに、作曲を始めて2カ月目に作ったという「フライデー・ナイト」、ロック然としたアプローチで新境地を見せた「エウレカ」、スパニッシュなギターアレンジを取り入れた「金木犀」、なとりサウンドのひとつの肝であるベースが唸るジャジーな「食卓」、軽やかなピアノのイントロと、なとりにしてはシンプルな譜割り、軽快なメロディでタイトルとのギャップにドキリとさせられた「Cult.」、そしてアルバム『劇場』のリードトラックとして12月8日に配信がスタートした「Sleepwalk」……と、本年だけで7曲をデジタルリリースしている。2023年は、なとりにとって、自分が立つための“劇場”を創りあげる1年だった。曲を作り、レコーディングをする毎日が続いていたと思う。曲を作ることは己と対峙することにもつながる。おそらく、これまでの人生の中で、最も自分と対峙する時間が長かった1年、いや、とことん対峙し続けた1年だったと言えるのではなかろうか。

なとり - Sleepwalk

 そうして生まれたのが『劇場』というアルバムだ。大作であり名作である。ここで、本作に具体的に触れる前に、なとりというシンガーソングライターの魅力について、改めて考察してみたい。なとりの魅力は、ひとことで言ってしまえば、年齢不詳なところだ。音質などはもちろん令和のサウンドであるが、曲調、歌声、歌詞、どれをとっても年齢も世代も時代も不詳なのである。これは、なとりが自分自身、さらに自分の音楽を俯瞰で捉えることができているからだと考察する。それが顕著にわかるのが歌詞だ。それは、言葉のチョイスが独特だとか、例えが秀逸だとかというレベルではなく、自分の中にある負の感情をアウトプットする際の変換能力が他にはないといったイメージ。リズムやメロディにのせることを重視して歌詞を書いているのは、曲になった時の見事なマッチングから想像できるが、歌詞だけをじっくり読んでいくと、言葉の違った意味が見えてくる。そこに気がつくと、驚きよりも畏怖の念を覚えるのが正直なところだ。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる