King Gnu、ポピュラリティと挑戦の両立 トレンドや情緒との距離感から生まれる強力な個性

距離を置きつつ寄り添う表現力

 以上をふまえて見事なのが、明快で情緒的なメロディの活かし方だ。個人的に、King Gnuの突き抜けてエモーショナルな歌メロ遣いは綺麗な声質との兼ね合いもあって微妙に苦手だったのだが、『THE GREATEST UNKNOWN』ではそうした情緒の加減が絶妙にコントロールされているからか、むしろ好ましく思えるようになっている。ここで象徴的なのが「三文小説(ALBUM ver.)」(初出は2020年10月、『CEREMONY』後では最初のシングル曲)のリアレンジだろう。「悲しいことを思いっきり本気で悲しく演奏して歌うって、愚直でいいんですけど、ちょっとトゥー・マッチなのもずっと気になっていて。そこの質量感をアレンジで直した感じですね」(※1)という常田の発言は、バンドの姿勢の変化をよく表している。

 これは他の曲にも言えることで、特に「):阿修羅:(」でのシリアスなおちゃらけ感、ArcaやFKA twigsのビザールなライブパフォーマンスにも通ずる楽しさは、UKガラージやドリルのKing Gnu流昇華といった音楽的意義だけでなく、こういう曲調がバラードと並ぶことにより保たれるアルバムのバランス感覚という面でも重要な役割を果たしている。J-POPにありがちな“足して割らない”分厚いアレンジを風通しよく聴かせる音響も良い。全体として、どの要素においても“甘いんだけどベタつかない”感じ、泣いていても涙に溺れてはいないような節度が常にあって、それが歌謡曲的な付かず離れずの情感、距離を置きつつ寄り添う表現力を生んでいる。『THE GREATEST UNKNOWN』の不思議な居心地の良さは、こうした表現力によるところも大きいのだろう。

PlayStation × King Gnu| Special Collaboration Movie

トレンドとの距離感の面白さ

 以上のような表現力と関連して興味深いのが、ポピュラー音楽のトレンド最先端に合わせていないからこそ生まれる個性だ。例えば、「泡(ALBUM ver.)」はネオソウル的なリズム処理を土台としているが、そうしたスタイルはcero『Obscure Ride』や星野源『YELLOW DANCER』(いずれも2015年)を皮切りに日本でも広く知られるようになり、多くのアーティストが採用する定番の手法になった。したがって、こうした要素だけを見れば、初出(2021年3月)の時点でも流行を捉えた作りではないわけだが、そうしたトレンドが過ぎ去った今となっては、むしろ新鮮に聴ける感じが出ている。

 また、最新シングル曲である「硝子窓」は、山下達郎や竹内まりやのようなシティポップの色気ある感じを意識したとのことだが(※2)、そうした曲調を参照しつつサウンドは今風に仕上げることで、椎名林檎にもSon Lux(映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のサウンドトラックも担当したニューヨーク拠点のバンド)にも通ずる時代不詳の聴き味が生まれている。

King Gnu - 硝子窓

 他にも、「IKAROS」と「千両役者(ALBUM ver.)」がそれぞれフランク・オーシャンとSkrillexを参照しつつ(※2)全く別物に仕上がっているなど、今作の収録曲はいずれもポピュラー音楽のトレンドを横目に見ながらそこからは距離を置いたものになっていて、そうした姿勢だからこそ得られるねじれや解釈が優れた個性に繋がっている。同時代の音楽との接点を持ちつつそこから離れてもいる『THE GREATEST UNKNOWN』は、今の音楽としてもタイムレスな音楽としても楽しめるアルバムであり、リリースから時間が経っても新たなファンを増やしていく作品になっている。

 『THE GREATEST UNKNOWN』の特異な成り立ちとそれが生み出す魅力について述べてきたが、今作はもっと様々な切り口から掘り下げられるだけの奥行き、語りを誘う素敵な謎に満ちている。例えば、ドミナントモーション(綺麗に解決するコード進行)が明確な曲調(「SUNNY SIDE UP」「雨燦々」など終盤の並び)と、「SPECIALZ」「):阿修羅:(」などループの上で変化を作っていく曲調とが、モザイク状に並び推移し合っている構成の面白さ。また、初出から時間が経っている有名曲をリアレンジするという作業が不可避的に伴う“追憶と改変”(『呪術廻戦』になぞらえて言えば“存在しない記憶”)など。こうした特殊な構造も含め、これほど優れた“アルバム”が知名度トップクラスのアーティストからリリースされることはとても貴重でありがたいことだと思う。今作が及ぼしていく影響やメンバーの今後の活動など、これからの展開が本当に楽しみだ。

※1:『GINZA』2024年1月号
※2:『MUSICA』2023年12月号

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