連載「lit!」第72回:トロイ・シヴァン、バッド・バニー、ドレイク……海外音楽シーンの重要人物による奔放自在な新作たち

 気付けば2023年も残すところあと約2カ月となった。そろそろ各メディアが年間ベストをこぞって発表する時期がやってくるが、まだまだ油断は禁物だ。例えば今回紹介するバッド・バニーは、様々な兆候はあったとはいえ新作アルバムをほぼ発表から4日後にリリースした。その年の重要作がいつ出るのかは誰にも分からないし、もはやどのタイミングで何がヒットするか予測不能なのは多くの人が実感していることでもある。この連載でもたびたびそういった予想外のヒット曲などを扱ってきたが、今回はすでに一定の名声を得ているアーティストが直近の新作でどのように歩みを進めたのかを追っていこう。

トロイ・シヴァン「Got Me Started」

 南アフリカ生まれオーストラリア育ちのアーティスト、トロイ・シヴァンが5年ぶりとなる3rdアルバム『Something To Give Each Other』をリリースした。もともとYouTuberとして有名だったシヴァンは、音楽家としてデビューする前の2013年にゲイであることをカミングアウトしている。今年の7月にリリースしたセクシュアルで解放的な「Rush」は、クィアネスの表現とハウスサウンドが煌めく今年を代表するサマーアンセムだった。この曲がアルバム冒頭に置かれたことで、熱気で満ちた蒸し暑いクラブの雰囲気が漂ってくるような作品になるかと思いきや、全体的には案外落ち着いたムードの楽曲も多い印象だ。それはそれで秋が深まってきたこの季節にもマッチしている。例えば「Got Me Started」は今年のトレンドであるUKガラージや2ステップ調のチルなムードの漂う良曲。タイのバンコクで撮影されたMVでのシヴァンの堂々たるパフォーマンスは、ベテランアーティストのような貫禄だ。耳に残る単音の電子音のループは、オーストラリアのBag Raiders「Shooting Stars」からの引用である。シヴァンはインタビューで、これまで何百ものサンプリングの許諾申請を断ってきたBag Raidersが、絶対に良い曲を作ることを条件に許可してくれたことを明かしている(※1)。シヴァンはこれまで2度の来日経験があるが、来年あたりは是非とも夏フェスで観たいアーティストの筆頭である。

Troye Sivan - Got Me Started (Official Video)

バッド・バニー「MONACO」

 バッド・バニーが5枚目となるスタジオアルバム『Nadie Sabe Lo Que Va a Pasar Mañana』をリリース。今作は日本語で「明日のことは誰にもわからない」という意味。今年の『コーチェラ・フェスティバル』ではスペイン語圏のアーティストとして史上初めてヘッドライナーを務め、そのラテン音楽の歴史を背負った圧巻のパフォーマンスも記憶に新しい。大記録を次々と打ち立てた昨年の大ヒットアルバム『Un Verano Sin Ti』から約1年半ぶりの本作は、初期の作風であるラテントラップに回帰したようなサウンドだ。前作はレゲトンを基調に様々な要素をブレンドした作品だったが、今作ではアルバムを締めくくる「Un Preview」までレゲトンは封印されている。前作と比べるとサウンドの幅が狭く面白みに欠ける気もするが、2曲目の「MONACO」は、自身の成功や贅沢な生活をボースティングし、批判など気にならないと、王者の余裕を見せる。タイトルの「モナコ」は国名で、所得税がかからないため、多くの富裕層が出入りする有名なタックスヘイブンとして知られる。そんなモナコに俺も仲間入りだぜ、というセルフボースティングというわけだ。ストリングスやインタールードは日本人にも馴染み深いフランスシャンソン界の大御所、シャルル・アズナヴールの楽曲から引いているセンスは、どこか達観した印象も受ける。

ドレイク「Rich Baby Daddy (feat. Sexyy Red & SZA)」

 トレンドに対する世界最先端の嗅覚を持つ男、ドレイク。ソロ名義では8作目となるアルバム『For All The Dogs』は、当然のように全米1位を獲得した。一方全米シングルチャートではJ・コールとの10年ぶりのコラボ曲「First Person Shooter」が初登場1位を獲得し、コールにとってはキャリア初の首位となった。ドレイクにとっては13曲目の1位となり、その記録は遂にマイケル・ジャクソンに並んだ。他にも話題のタネが相変わらず尽きないが、例えば「8AM in Charlotte」のMVでは5歳の息子アドニスくんが登場するのは微笑ましいトピックのひとつだ。ちなみに本作のアートワークはアドニスくんが描いた絵で、なんと彼は「Daylight」でラップも披露している。一方ドレイクはバッド・バニーとの共演曲「Gently」でスペイン語でのラップにチャレンジしている。もはや何をしたって盤石な売り上げが見込めるからか、クオリティよりもやりたいことを優先している印象だ。今作での筆者の一押しはセクシー・レッドとシザを招いた「Rich Baby Daddy」。マイアミベース的なビートに、2023年最もホットな2人がラップや歌を乗せていく。やはりこの男はキメる所はしっかりキメてくる男なのだ。

Drake - Rich Baby Daddy (Audio) ft. Sexyy Red, SZA

関連記事