G-FREAK FACTORY 茂木洋晃が貫く、鬱屈とした世の中へのカウンター コロナ明けのライブに対する葛藤と挑戦も語る

 昨年、結成25周年を迎えたG-FREAK FACTORY。20代の若手ドラマー Leoが正式加入し、今年は地元・群馬県での主催フェス『山人音楽祭』も4年ぶりに日本トーター グリーンドーム前橋での開催が予定されているなど、鬱屈としたコロナ禍を抜けて、ロックバンドとして再び本腰を入れ、力強く前進するタームを迎えている。

 が、そこにストレートで前向きな楽曲を持ってくるわけではないのがG-FREAK FACTORYというバンドだ。9月6日リリースのニューシングル表題曲「RED EYE BLUES」は、一定のリズムと韻に乗せて、世の中への耐え切れなくなった不平・不満を吐き出していくダブナンバー。土台がぐらついている日本の現状に物申し、酔いを覚ますかのようなG-FREAK節全開の1曲となっている。コロナ禍で“得たもの”、ローカルライフの変化、ライブシーンへの提言など、『RED EYE BLUES』に至るまでの様々な出来事を茂木洋晃(Vo)に語ってもらった。(編集部)

「コロナ禍から何をプラスに変えられたのか、問いたい」

ーーアルバム『VINTAGE』(2020年)、シングル『Dandy Lion』(2022年)とストレートな作風が続いてましたけど、今回は久しぶりにドープなダブナンバーが来ましたね。

茂木洋晃(以下、茂木):もっとダブにしたかったんだけどね。頑張って韻を踏み切ったこと、あまり大筋をブレさせないで最後まで行けたことは、G-FREAKとしては新しいなって自分でも思ってる。Aメロのボーカルのテイクも、今までならこういう録り方はしなかったんだけど、今回はどちらかというと気怠く歌いたいと思って。

ーーこの曲はフラストレーションですよね、そのまま。

茂木:そうだね。フラストレーションとカウンター。聴いて不快になってもらいたいもん。

ーー何と言っても〈どうかしちまったニッポンは〉ですよね。〈ちょっと待った またいつものアレが始まった〉〈やっちまった チャンバラの延長戦だった〉あたりを聴いて、“見て見ぬふり”をしてきた政治や社会のあらゆる問題が近年どっと溢れ出ていることを思い出しました。デタラメな平和の上で酔っ払って生きてきた感覚を、鋭く突きつける曲になっています。

茂木:そうだな。まさしく、ずっと世の中どうかしていて、だんだんボロが出てきて、そのことがわかってきちゃった。俺が生きてきた時代もどうかしてたし、今もどうかしてるし。でも、なぜこうなっていて、俺たちはどこに向かってるんだろうなってよく考えていて。例えば、コロナ禍、戦争、記録的な不景気と続いて、その真っ只中にいるはずなのに、なんでみんな平然としていられるのか。まあ、もはやどこに気持ちをぶつけたらいいのかわからなくなってるのかもしれないけど、このまま腑抜けになったら終わっちゃうんだよっていう、ギリギリのところまで来てるんじゃないかなと思っていて。Z世代の人たちはすでに新しい一歩を踏み出してると思うんだけど、俺ら世代は1回腑抜けにされたことに気づいてから、新しいキャリアに慣れていくことだけで一生が終わっちゃう。そこに対して、せめて気持ちとか考え方をフィードする側でいたいなとコロナ禍で思って、こういうカウンターみたいな曲になったんだよね。

 この3年間さえもコロナに対して負けっぱなしだったのに、もうコロナのことも忘れられかけてるじゃん。もちろん、これから先もっと暗い時代が来るかもしれないし、楽しめる時に楽しんだ方がいいんだけど、コロナから何をプラスに変えられたのかに関しては、問いたい。コロナ禍で新しい曲が書けたってことでもいいし、音楽じゃなくても何でもいいんだけど、皮肉たっぷりに「サンキューコロナ」って言えるものを俺は持ちたいなと思って、足掻いてて。なかなかうまくいかないけど、人間として生まれて終わっていくまでの間に、後退りはいらないと思うから。

G-FREAK FACTORY RED EYE BLUES (OFFICIAL VIDEO)

ーーそうですよね。そういう日本の脆弱さに気づいた時、G-FREAKとしては何をしなきゃいけないっていう感覚になりました?

茂木:俺たちは今を生きてるバンドだし、これからも続いていくバンドだと思ってるから。コロナとかで経験したことを、メンバー個々がしっかり立ったバンドサウンドで表現できなきゃダメだなとまず思った。あとはローカルバンドとしてずっとやってきたけど、ようやくローカルというものに追い風が吹いたと思うから。もっといろんな地方から、ローカルバンドとして世に打って出るバンドが増えてほしいなって思うし、そういう意味でコロナは悪いことばかりじゃないって思うようにしてる。

若い世代のマインドに「すごく魅せられた」

ーーローカルに風が吹いたというのは、具体的には?

茂木:例えばコロナ禍でリモートワークとかって言われて、「地方にいてもこの業務なら携われる」みたいなことがわかってきたじゃん。俺は群馬の端っこの方に住んでるんだけど、長野県界隈にどっと人が引っ越してきていて、「また長野?」みたいな。そういう人とちょこちょこ会って、飯とか食いに行くようになって、別のローカルの人と繋げていく活動にすげえ必死で。だからコロナ禍で長野に行きまくってた(笑)。その土地にいろんな人が根を張って、その山が高くなれば自ずと“発祥”になっていくから。そういう発想を成立させられるようにしたいなと思ったし、しっかりシビアに向き合っていれば、俺の世代にやり切れなくても、次の世代が引き継いでくれそうな気がしていて。

 東京は生活水準とか圧倒的な人口の分母とか、どれをとっても抜群なわけよ。すごいと思うし、東京で頭1つ抜きん出れば全国に周知されていく。群馬はやっぱり若干ディレイしていて、東京で流行ったものが群馬に来た頃には、もう東京では違う新しいものが生まれていたりとか。そういう力関係は変わらないからこそ、逆に俺らが倍くらい頑張って、ローカルからも面白いことを起こしていけばいい。それくらいシンプルにみんな話してるかな。

ーー地元での会話や交流で、そういう変化を感じる瞬間もあるわけですか。

茂木:今、地元の20代のヤツらって、俺ら世代でも聴かないような古い音楽を聴いてて。「何聴いてるの?」って聞いたら「はっぴいえんどです。周りで流行ってるんで」とか言うから、嘘だろと思って(笑)。流行りの音楽が何周もしてカウンターを繰り返した結果、古き良きものに巡り合ってるヤツらがたくさんいるんだよね。俺たちからすると「また戻ってる」って思うことも、若い人にとっては新鮮なんだと思うし、そもそも俺らが20代だった頃を思い返してもきっと同じで。新しいことをやってるつもりが、誰かの影響を受けたりしてるわけだから、ずっとその繰り返し。

 ただ、カウンターカルチャーがそうやって循環してるはずなのに、今はどうしても奇抜なものがなかなか出てこない。みんな決められたルールの中で、コンプライアンスに合わせてやっていかないと放送禁止みたいなことになるからさ。だから地元の20代に1990年代のパンクとか聴かせると、「こんなこと言っていいんですか」ってびっくりするもんね。でも、それは時代のせいじゃなくて、言うべきことだから言ってるんだよ。やっぱり何かが生まれる瞬間っていうのはカウンターなんだと思うからさ。

ーー海外のパンクやHi-STANDARD全盛期にバンドを結成している茂木さんからすれば、こうして日本語詞で歌っている時点でカウンターだったりしますもんね。

茂木:まあ、俺はちょっとアメリカに住んでた影響もあって、もともと日本語で歌っていたわけではないから。日本語でやりたいなって思ったのは2000年くらい。英語で歌った方がカッコいいしキレがあると思ってたけど、日本語詞に変えてからは意識がガラッと変わって、ライブ1本やるにしても日本語で歌う方が好きだなと思うようになって。日本語ってリズムが悪いし、どうしても“聴こえすぎちゃう”んだけど、ステージから客を見てても「今、日本語でちゃんとリリックが入ったな」ってわかるから。そういう実感は、むしろアメリカに行かなかったらわからなかったと思う。

ーーなるほど。ローカルでやっていく決意と、日本語でやっていくことの決意が固まったことで、今に通ずるG-FREAKが定まった部分もあったのかもしれないですね。

茂木:そうだね。東京に出てくればもっとシンプルだったのかもしれないし、変にローカルにこだわったせいで回り道したのかなって思うけど、そこでこだわっていたからこそ、今まだバンドをやれてるんだと思うし。ただ、その道の正解になれたとは思っていないから、これからもっと圧倒的な正解を作り出していかなきゃいけないなって。そして、本当にいろんなバンドが地方で音を鳴らしていけるようになってほしい。10-FEETやROTTENGRAFFTYが京都にいて、四星球が徳島にいて、SHANKが長崎にいて、THA BLUE HERBが北海道にいたりするけど、やっぱりいちいちローカルの問題に直面してるから、そういう意味ではまだ俺たちは途中なんだよ。けど、群馬でやってると、例えばフェスのステージ1つとっても「よし、みんなでバラシやっちゃおうぜ」みたいな空気になるというか、バンドマンが集まってみんなでバーって釘抜いたりとかするんだよね。分母が小さいからこそ、そういうこと一つひとつの積み重ねで渦を生んでいけるのも、ローカルの強みだと思う。

 あとは地元の20代と一緒に弾き語りをやったり、組合を作ったり、飯を食いに行ったりとかして、若い感性に飛び込んで行ってみると、さっきも言ったけど、Z世代は本能的に今の世の中に順応してるってことがわかるんだよ。どうしたら自分は成功するんだろうじゃなくて、「どうしたら傷つかないんだろう」って考えることにすごく長けてる。それは自然なことだと思うし、そのマインドを持った上で新しいものを切り拓こうとしている姿勢に、俺はすごく魅せられた。俺なんかは「世の中暗い」「毎日こんなニュースばっかり」って思うけど、若いヤツらはもっとポジティブに「ひっくり返しましょうよ、こんなの」っていうエネルギーを持ってて。すげえドライなところもあるし、腹割って話してると「青いな」「浅えな」みたいなところもあるんだけど、打ち込むべきところにはめちゃくちゃ打ち込むんだよね。だから、俺とは全然違うスタートラインから始まってる若いヤツらが、「これからもローカルでやっていきます」って言ってるのはちょっとカッコよく見えたのさ。そういうヤツらと出会えてることも、地方でやってきたから、もっと言えばコロナ禍があったからこその土産だと思って大事にしたい。“群馬”ってなるだけで、みんなこんなに仲良くなれるんだなって思うし、コロナ禍の間は、広げていく単位やテーマは群馬でいいなと思ってたから。

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