大江千里、試行錯誤を経て完成させた自己流のJ-POP×ジャズスタイル 坂本龍一との親交、ブルックリンでの発見の日々を語る

 1983年にシンガーソングライターとしてデビューして、ヒットを飛ばしポップスターとなったあと、2008年に渡米。音楽を勉強し直し、ジャズピアニトとして二度目のデビューを飾った大江千里は、自分の信じた道を歩み続けている人だ。気づけば7作ものジャズアルバムを制作し、着実にキャリアを積み重ねている。物事は10年続ければ何かが見えると言われるが、ちょうど彼はジャズにおいてそんなお年頃であり、さらにデビュー40周年のタイミングも加わり、最新アルバム『Class of '88』は完成したのだ。

 ポップ時代の名作を新鮮なアイデアでリメイクした8曲と、これぞ大江千里のブランニューなジャズと呼ぶべき最新オリジナル3曲で構成されている。ポップとジャズが交差し、双方向に解き放たれ、我々の耳を幸せにしてくれるアルバムである。(小貫信昭)

自分の作品と、ぶつかり稽古をしていた

大江千里

——アルバムタイトルに1988年という具体的な年号が登場してますね。

大江千里(以下、大江):僕がまだポップスに特化していた頃と今とをシャッフルして、「過去と現代が渦巻く感じはどうなのかな?」「そんなクラスルームを作ったらどうだろう?」ということだったんです。この“Class of…”というのは、“あの日、プラムで君に失恋したClass of 19??”みたいに、よく英語に出てくる言い方でもあるんですけどね。で、ちょうど1988年に出した『1234』というアルバムが、僕なりにひとつの形がみえた記念碑的なものだったのもあり、この年にスポットを当てれば自分に対しても説得力のあるものになるだろうということで、このタイトルにしました。ただ、『1234』からは今回、「GLORY DAYS」しか取り上げてませんけど。

——リメイクしようと思った作品は、どのように選んだのでしょうか。

大江:5年前にも自分のポップ時代の作品をモチーフにして、『Boys & Girls』というアルバムを作っていて、実は「Rain」「格好悪いふられ方」「十人十色」とか、おいしいところはすでに(セルフカバーを)やっちゃっていたんです(笑)。なので、40周年に残っていたのは「APOLLO」とか「GLORY DAYS」とか、難しいやつばかりだった。だから、準備期間の2カ月のうち、1カ月半はもうアレンジが一個もできない状態だったんです。自分の作品と、ぶつかり稽古をしていたというか。

——どんなきっかけで打開したんですか?

大江:僕は今ブルックリンでジャズをやっていて、ニューヨークにはロバート・グラスパーがいてセオ・クロッカーがいて、彼らがやっているようにこの場所から生まれる音楽を作りたいと思うんですけど、最初それを過剰に意識しすぎちゃってたところがあった。で、考えすぎるのはやめよう、とにかくオーガニックに作っていこう、自分にしかできない、自分が一番得意とする音楽を素直にやってみようと思った途端、目から鱗じゃないですけど、いきなり曲のアレンジが次々に浮かび始めたんですよね。さらに実際に録音当日スタジオでトリオで音を出してるうちに様々な気づきもあって、「お、いいじゃん!」て、一緒に演奏したベースのマット・クロージーもドラムのロス・ペダーソンもその場でガンガン反応してくれて、最後はギリギリ現場で滑り込めた感じなんですよ。

——具体的な曲でいうと、特に「コスモポリタン (Cosmopolitan)」のアレンジは苦心したそうですね。

大江:とても大変でした。実は先日にテレビの収録でこの曲を弾いたら、あまりの難しさに自分で舌を巻いたくらいだった。すごいスピードで場面が変わっていくなか、グルーヴも同時に出さなきゃいけないからやることが多すぎて大変でした。でも、いい勉強になりました。さっき「自分にしかできない」「得意なこと」と言いましたけど、まさにこれなんかはそうです。10代の頃に大好きだった、70年代後半のフュージョンやクロスオーバーがヒントをくれましたので。まずはジョージ・デュークになりきって弾くコンピングのスタイルから演奏が始まって、気づいたら、あれ? だんだんホール・アンド・オーツ(ダリル・ホール&ジョン・オーツ)に変身していたりもするんですけどね。でも、それでいいじゃないか。これはきっと型にはめた“ジャズミュージック”というより、全部の音楽が混じり合って美味しく調和した“ソーシャルミュージック”でいいやという、そんなイメージで作ったんです。

——ジャズを狭義に捉えるというより、みんなと繋がるための柔らかな姿勢を優先したわけですね。レコーディングしたのは「バンカー・スタジオ」というところだそうですが、実際の作業はいかがでしたか?

大江:アレンジこそ苦労しましたが、スタジオでは一気に2日間で録っちゃいました。1日目はトリオで7曲を3時間半で録って、2日目の4曲のソロピアノは10時に入って11時には終わってた。実はレコーディング当日、ドキュメンタリーを撮ってくれるスタッフもいたんです。そのスタッフに「これ、何回くらいやります?」と聞かれた時には、すでに次の曲をやりかけてたりして、「えっ、この曲、まだ録れてない!」みたいなことも起こってね(笑)。なので、ドキュメンタリーの映像に限っては「取れ高、少なっ!」みたいな感じでした。

ーーサウンド的な特徴などはどうでしたか。

大江:本当に素晴らしかったんです。今回初めて使ったんですが、スタジオにあったスタインウェイのベビーグランドピアノを見学に行った日試しに弾かせてもらったら、もうその瞬間に音の行く末が想像できたくらいでしたから。スタジオのメインのスペースにピアノが置いてあって、ベースとドラムはそれぞれブースの中ですけど、お互いの顔がよく見えるようになっていて、それでいて音はまったく被らないから、非常にやりやすかった。ピアノにはNEUMANNのマイクを数本立てて録って、アンビエントもリザーブされる環境だったけど、音が減衰していって最後ゼロになるところまで“聴こえた”というか、まさにピアニスト冥利に尽きるというか。その代わり、逆に音が聴こえすぎて自分のできなさ加減を知らされるところもありましたけど、「次はもっと、成長してリベンジするぞ」と思わせてくれる磁場のようなスタジオでした。

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