大江千里、試行錯誤を経て完成させた自己流のJ-POP×ジャズスタイル 坂本龍一との親交、ブルックリンでの発見の日々を語る

大江千里、自己流ジャズスタイル

シンガーソングライターとジャズピアニストの狭間にある明確な違い

——今回リメイクしたかつての作品には、当然ながら歌詞がありますよね。それを今度はジャズピアニストとして、演奏のみで表現する場合、気をつけた点というのは何だったんですか。

大江:ポップなものを書いていた時代の僕は、多分にエモーション先行型の人間でね。たとえば「Rain」だったら、〈道路わきのビラと壊れた常夜燈〉の“じょうや~とう”って言葉の波形に景色を浮かべ世界を広げ、15分くらいで集中して詞とメロディを一気に書いたものだったんです。もともと自分は“作る時そういうエモーションの人”なのに、それを今度、ジャズ側に立って同じエモーションで曲を掴もうとするとうまくいかないんです。そのやり方だと、かつてのシンガーソングライターの大江千里にジャズピアニストの大江千里が巻き込まれてしまう。2023年のラフな格好の僕が80年代にぽーんと飛ばされて、当時流行っていた肩にパットが入ったジャケットを着せられてしまうというか。

 そういう時、ニューヨークの学校に通って学んだ知識があります。それこそ、多くのジャズの基本はチャーリー・パーカーのビバップから始まってたりするわけですけど、そういう精神を持ちながらも色々全方位で試してみる。昔は作る時エモーション先行型でしたが、今は自然と理論で落とし込込む癖、例えば、リハーモニゼーション、テンションコード、モードなどを試して、あーでもないこーでもないと客観的な立場で仕上げていきます。あのままエモーション先行型でいってたら、完全にポップに巻き込まれたままだったと思います。

——ラテンのフレーバーも感じられる「きみと生きたい (I Wanna Live with You)」は、原曲の新鮮な解釈だと感じましたけど。

大江:最初はやはり、あの歌ならではのバラードの世界観から抜け出すことができなかったんですよ。でもニューヨークのスタッフに聴かせたところ、「これ、メロディがきれいだからラテンにしなよ」って言われてね。最初は「えーっ!」と衝撃でしたけど、一応試しにやってみようと「こんな感じ?」って“パッパラパパッ ハッ!”とか聴かせたら、みんな口を揃えて「いいじゃん!!」となりまして。チック・コリアの遠い背中を追いかけながら、その背中にはなかなかたどり着けず、その代わりに僕が好きだったラーセン=フェイトン・バンドとか、あのへんのフュージョンのイメージを思いついてそんな感じで作れたので愛を込めることができてよかったです。そういえば作ってる最中チャック・マンジョーネとか、ウェザー・リポートとか。自分が80年代の少し手前で聴いてた大好きな音楽が、あれもこれもと次々、寝言のように出てきましたね。楽しかったです。

——今回、新曲として「ポエティック・ジャスティス (Poetic Justice)」「ラウロ・ジ・フレイタス (Lauro De Freitas)」「CLASS NOTES (Class Notes)」を書き下ろされていますが、これらに関しては?

大江:まず「ポエティック・ジャスティス」は、ソロは一切なしにして、メロディ1コーラスだけに集中して一発入魂で演奏してます。性善説か性悪説か、みたいなタイトルにもある永遠のテーマを音的にはセロニアス・モンク的な世界観で、ちょっとアイロニックに表現してみたんですよね。

——「ラウロ・ジ・フレイタス」は、これからの季節にもぴったりですね。

大江:僕のジャズの最初の入り口は、ジャズシンガーのクリス・コナーとブラジルの至宝アントニオ・カルロス・ジョビンだったけど、いまだにジョビンっぽい曲を自分で書いて演奏しているときが一番リラックスできるんです。なので今回、3人でスタジオに入って「何からやる?」って顔を見合わせた時、「ボサノヴァだったらどんなに緊張しても及第点の演奏ができるから」ということで、まずやってみたのがこれでした。ただ、短い間で調がコロコロ変わるので、最初はゆっくりのテンポで慣らしつつ少しずつあげていきながらちょうどいいテンポを見つけてそこに落ち着いた感じですね。あとこの曲は、書いた時に一応日本語で歌詞もつけてたんですよ。

——インストだからって、曲だけを考えるわけじゃないんですね。興味深い話です。

大江:ポップの時もそうですけれどジャズの曲も全部歌詞があります。その方が曲がしっかり見えるからです。その歌詞というのが、ブラジルのラウロ・ジ・フレイタスにある小さなジャズクラブで、演奏を終えて客が帰っていく中、“まだ片さないで~”、“もう一曲歌わせて~”みたいな、歌い足りないジャズシンガーの心境を表現したものだった。歌詞があるとないとでは説得力のあるメロデイを作る時、全然出来上がりが違うんです。でも実際ブラジルには行ったことがないので、想像しているうちに多摩川を渡った辺りの二子新地のスナックを思い浮かべる自分がいておかしかったです。昔のマネージャーが住んでて一緒にいったことのある場所(笑)。

——まさかここで、ブルックリンと二子新地が繋がるとは思いませんでした(笑)。「CLASS NOTES」は、アルバムタイトルとも関連している気がしました。教室の寄せ書きのノートが思い浮かぶというか。

大江:まさにそうかもしれない。ちなみにこの曲でイメージしたのは、ブルース・ホーンズビーが弾いてるピアノというか、カントリーミュージックがベースにありつつ、いろんな音楽の素敵なところが混じり合うあの感じ。実際アメリカ大陸を学生時代の夏休みに、車で犬と横断して、見て感じたことがフラッシュバックしました。広大なアメリカの大地を浮かべながら景色の中にいる自分を思って弾いたフレーズというか。そんなイメージがあったんですね。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる