メタルは“開かれた音楽”として発展する ポップスやヒップホップなど広範なジャンルへの浸透も

近年のポピュラー音楽シーンにおけるメタル要素の普及・偏在化

 この記事の趣旨は「近年(2010年代終盤〜2020年代以降)のメタル動向の総括」なのだが、それを具体的に述べる前に、読者の方々、特に「メタルは自分とは関係ない」と思っている人に知ってほしいことがある。

①音楽ジャンルとしてのメタルをあまり聴いていないと思っている人でも、メタル的な音を耳にする機会は実は多い。

②近年、世界的に大きな支持を得ているカルチャーがメタル由来の意匠を用いることが増えてきているため、メタル的な視覚要素が人目に触れる機会も非常に多い。

 まず、①について。例えば、リナ・サワヤマやフィービー・ブリジャーズはインディ〜オルタナ方面の音楽ファンから大きな支持を得ているが、ともにメタルに影響を受けており、いずれもMetallicaのカバーアルバム『The Metallica Blacklist』(2021年)に音源を提供している。このアルバムに参加している53組のアーティストは一般的にはメタルの枠では語られない人が大部分で、WeezerやIdlesのようなバンドだけでなく、J. バルヴィンやマイリー・サイラス、カマシ・ワシントンなど、ロックと関連づけて語られる機会自体が稀な人も多い。こうしたアーティストが自身の作品でメタルの要素を用いることも少なからずある。

リナ・サワヤマ「Enter Sandman」
フィービー・ブリジャーズ「Nothing Else Matters」

 例えば、カマシのバンドの鍵盤奏者 キャメロン・グレイヴスは、Meshuggahから絶大な影響を受けた複雑なリズム構成やメタリックな音色をジャズのライブで多用している。また、ヒップホップから派生して世界的に普及したスタイルであるトラップは、メカニカルなビートや仄暗い雰囲気がエクストリームなメタルと相性が良いため、Ghostemaneを筆頭に、メタルの音色を直接持ち込み前面に出すアーティストも多い。ハイパーポップも同様で、この領域の象徴のように語られる100 gecsは、ニューメタルからブルータルデスメタルに至る激しいメタルサウンドを、ポップパンクやブレイクコアなど様々な他ジャンルの要素と混ぜている。

GHOSTEMANE - LAZARETTO (OFFICIAL VIDEO)
100 gecs - Dumbest girl alive {OFFICIAL VIDEO}

 以上のアーティストはメタル要素を音楽性の軸に据えているのだが、普段メタルを聴かない人はそれがメタル由来のものだと認識することが難しい。そしてここで重要なのが、そうしたアーティストがメタル好きの間で語られることもほとんどないために、先述の要素がメタル由来のものだと指摘される機会自体が少ないことだ。メタル内とメタル外の間にはかつて大きな壁があったが、アーティスト側のジャンル越境的活動により、その壁には無数の穴が開き始めている。問題なのはその穴に注目する人が少ないことで、メタルファンと「メタルは自分とは関係ない」と思っている人の双方が相手側に興味を持つ必要がある。逆に言えば、そうやって興味を持ち合うことができれば一気に相互理解が進むはず。BandcampやRate Your MusicのようなWebサイトではすでにそうした傾向が生まれており、明日の叙景やDumaなど、このようなメディア経由でメタル外でもヒットしたバンドもいる。同様の交流はこれからさらに進んでいくのではないかと思われる。

 次に、②の「メタル的な視覚要素が人目に触れる機会も非常に多い」について。これはK-POPやハイパーポップの領域で普及しているアシッドグラフィックスに顕著な傾向だろう。フライヤー(イベント告知ペーパー)に並ぶアーティストロゴの意匠が元の文脈から切り離された形で使われる手法が、アシッドハウスのようなクラブミュージック方面だけでなく、メタルやハードコアのバンドロゴに対しても頻繁に行われるようになっている。これは、デザインとして理屈抜きに映えるのは良いのだが、アンダーグラウンドで熱心に培われてきたジャンル表象の無遠慮な引用でもあるわけで、意識的にパクってきたというよりも、一度も聴いたことがないロックバンドのTシャツを着こなすのと同様の(“盗んでいる”という意識もそもそもない)都合のいい使われ方になっている。前段で触れたメタル内外の没交流状況はこうした視覚要素についても当てはまり、それが悪意なき剽窃の温存に繋がっている面も少なからずあるだろう。メタルに思い入れのない人にいきなり敬意を持ってくれとは言えないけれども、メタルについての知識があれば、そうしたデザインやファッション(いわゆる地雷系をはじめとしたゴス方面のものも、ブラックメタルなどから少なからず影響を受けているようである)への理解も深まりやすくなる。メタル内外の交流は、どちら側の音楽ファンにとっても重要なテーマになっていくのではないかと思われる。

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