Lucky Kilimanjaro 熊木幸丸、自問自答の末に辿り着いた“踊ること”の本質 ダンスミュージックを通して表現する心の流動性

ラッキリ熊木が表現する“心の流動性”

どうしてもラブソングの書き方は変わったのかもしれない

ーー先ほどお話にあった「変化」の中で、ご結婚されたことは、曲作りに影響を与えていると思いますか?

熊木:曲として、具体的に結婚後の感覚を入れたのは「越冬」くらいなんですけど、お客さんからすると、僕がラブソングであったり、愛を書くと、そこには具体的な表現対象がある、という状態にはなると思うんです。そういう面では、どうしてもラブソングの書き方は変わったのかもしれないです。でも、自分としては意識してはいないんですよね。自ずと変化した部分はあるのかもしれないですけどね。

ーー2曲目に収録されている「Kimochy」は、1曲の中で様々な要素が展開して曲が動いていきますよね。途中でゴスペル的なコーラスが入ってきたり、曲の最後はテンポがゆっくりになっていったり……。とても豊かな動きがある曲だと思うのですが、この曲はどのようにして生まれたのでしょうか?

熊木:この曲は、アルバム全体に内省的なムードがあるからこそ、全体をもっと気持ちよく聴かせることができるようにと制作した曲で、ある意味では、アルバムのコンセプトを補完するために作った曲なんですよね。さっきの話にもつながりますけど、考え続けて何かを見つけ出そうとする姿勢は素敵ですが、一方で、シンプルに楽しいことを「楽しい」と思えることも非常に大切なことだと思っていて。自分の観測範囲内の話かもしれないですけど、シンプルに「好き」と言ったり「楽しい」と言ったりする前に、みんなが1回整理してしまっているんじゃないかという感覚があるんです。そのままポンっと出さないで、「言っていいのかな?」と一瞬の逡巡があったうえで言っている感じというか。ライブでみんなが踊っている姿を見ていても思うんですよね。最終的にはみんな自分を解放してくれるけど、その前に1回、整理が入っている瞬間がある。それがすごく勿体ないなと思っていて。本当は、そんなにお互いに咎めなくてもいいのに、プレッシャーを与えあってしまうというか。

ーーたしかに、そうしたことは社会全体でも言えることですよね。

熊木:楽しいことや気持ちいいことは、そのまま受け入れてしまっていい。「Kimochy」はそういう痛快さがサウンドにも出たなと思います。最後にスロウダウンするのもすごく気持ちいいですし、スロウダウンしながら歌うのも楽しかったし(笑)。起承転結というよりは、バンっと、ジェットコースターみたいな感覚で作った曲です。

ーー7曲目の「咲まう」は、個人的に、今回のアルバムの中でも特に大好きな曲です。いわゆるダンスミュージック的なアプローチとは違う、しっとりした雰囲気のある曲で、アルバムの中でもアクセントになっていますね。

熊木:今回、アルバム全体を通して四つ打ちだったり、自分の好きなハウスやテクノのマナーを使った曲が多いんですけど、だからといって、僕はハウスやテクノのシーンを盛り上げたいと思ってやっているわけではないので。それよりは、単純に「音楽で踊ること」を広めたい。「咲まう」のような曲こそ、本当は踊る隙間があると思うんですよね。そういうことを、Lucky Kilimanjaroとしてちゃんと提案していきたいなという気持ちがあって。

ーーたしかに、「咲まう」を聴いていると、曲全体が描く抑揚に自然と体が動きます。

熊木:音楽って、変化を含めて、時間を楽しむものだと思うんです。その曲が持つ「意味」ではなくて、その曲が持つ「匂い」を楽しんでほしいというか。「咲まう」は、そういうことが表現できたかなと思います。よく妻と行く居酒屋があるんですけど、そこでゆっくりお酒を飲みながら、魚をつついて話をしたりしている時間と、音楽を聴きながらゆったりと変化を楽しんでいる時間って、僕の中で似ているんですよね。そのことを書こうと思ってできた曲です。変化しない関係と、変化する時間、それが同時にある状態を描けたらいいなと思って。1曲の中で、展開や演奏の解像度もちょっとずつ変化していく。そういう部分を演出していくことで、できた曲でもあります。

ーー穏やかに繰り返しているように見えて、同時に、実はそこには微細な変化が起こっている。

熊木:ハウスやテクノも、繰り返しているようでずっと同じではなくて、本当に少しずつ、でも確実に、変化し続けているものですからね。変化しない芯の部分と、変化し続ける部分が常に同時にあるというのが、今僕が伝えたい「心の流動性」とぴったりだなと思います。

ーー「咲まう」という言葉も、僕はこの曲で初めて知りました。美しい言葉ですね。

熊木:この曲は元々、「エモート」という仮タイトルだったんです。ゲームとかで使う言葉なんですけど。でも、それだと僕が伝えたい柔らかさが出ていないなと思い、「何かないかな」と思って探していて。たしか、「エモート」で検索していたらたまたま「咲まう」という言葉に出会ったんですよね。「めちゃくちゃピッタリじゃん!」と思って。そういう感じで、自分の生活の中とか、本や映画、そういうところで見つけた言葉や好きになった単語に美しさを感じて採用することは多いですね。

ーー少し居酒屋のお話が出ましたけど、8曲目「千鳥足でゆけ」の歌詞には神保町にあった居酒屋「酔の助」が出てきますよね。〈フロウ from 神保町/飄々と/酔の助から酔歩酔歩〉という。2020年に閉店してしまったお店ですが、だからこそ、こうして歌詞に刻まれているのが、歌に歴史がアーカイブされているようでいいなと思いました。

熊木:「酔の助」は、僕が大学生のころ水道橋店の方によく行っていて。神保町の方にも行っていました。お店がなくなっちゃったのは悲しいですけど、でも「あの頃から音楽が楽しくてずっとやっているな」と思うと、歌詞に入れたくなっちゃいましたね。今でも神保町のスタジオに入って練習していますし、神保町って、大切な街なんです。この曲は、書いている時もなんとなく神保町の夜の感じを思い出していて。トラックを書く時もお酒を飲みながら書いたんですよ。神保町で飲みすぎた夜のことを思い出したりしながら(笑)。

ーー(笑)。

熊木:お酒を飲んだ時にしか出てこないある種の乱雑さというか。「お酒を飲まないとこの歌詞は書かないだろうな」という部分も入っているんですけど、そこが逆にいいなと思って、あえて、そのままにしています。

ーーラッキリと神保町って、なんだか非常に合う感じがしますね。本屋さんがいっぱいあって……。

熊木:本を読んで、楽器を買って、カレーを食べて、みたいな(笑)。僕らは水道橋の大学で結成したので、神保町はナチュラルにいつも行っている街という感じだったんですよね。アイデンティティの感覚はあまりなかったですけど、たしかに、言われてみれば全部繋がってますね(笑)。

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