稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾にとってホームのような場所 多くの再会を振り返り、新たな縁を喜んだ『ななにー』5周年

 稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾によるレギュラー番組『7.2 新しい別の窓』(ABEMA※以下、『ななにー』)が5周年を迎えた。2017年11月に特別番組『72時間ホンネテレビ』で大きな注目を集め、2018年4月1日にレギュラー番組としてスタートした『ななにー』。それから毎月第1日曜日に7.2時間の生放送を続けてきた。

 #61を数える4月2日の『ななにー』では、この5年間に繰り広げられた名シーンを振り返る企画を実施。5年分の見どころをギュッと凝縮して一挙紹介するとあって、笑いあり、涙ありの濃密な時間となった。

長尺生放送の『ななにー』だから見られた名場面たち

 例えば、2018年8月に放送した稲垣の舞台公演に合わせて行なわれた京都でのオール外ロケ。3人が移動するロケバスをぐるりとたくさんの人が囲んだ。その光景はここ数年の状況下では見ることができなくなってしまった熱気あふれるもの。これも7.2時間の生放送という他にはない形態の番組ならではだったように思う。オンエアを見て、すぐにロケ先に駆けつけることができる。長年テレビスターとして活躍してきた彼らと視聴者との距離を一気に近づける。そんな新しいやり方にゾクゾクしたのを思い出した。

 また、2018年10月に香取の個展を受けて『ななにー』もパリまで追いかけてロケに行ったのもいい思い出だ。そして、パリの夜に3人で語り合ったホンネトーク。「(新しい地図を広げて)ゼロになろうと思ったんだよ。ゼロからスタートだなって。だけど、ゼロではなかったよね」という香取の言葉は、いま聞いても胸を締め付けるものがある。当時の彼らがどれだけの決意で新たな一歩を踏み出したのか。今でこそ多忙な日々を過ごす3人だが、次々とレギュラー番組が終わっていったあの頃……。

 かつて、香取がキャイ~ンと11年続けた番組『香取慎吾の特上! 天声慎吾』(日本テレビ系)が終わると電話で知らされたとき、思わず泣いてしまったという話をしていた。もしかしたら、あの頃番組が終わっていく裏側でもそんな涙があったのではないかと思ってしまった。そんな切ない時期を経て、彼らの言葉を借りるなら「必死」に、新天地を模索していった。同時に彼らを求める声が絶えることはなく、インターネットテレビという場所で『72時間ホンネテレビ』を成功させ、そして『ななにー』という新たなレギュラー番組が生まれ、こうして長く続いているのは、本当に奇跡的なことだったように思う。

 そして『ななにー』をきっかけに、たくさんの再会があった。キャイ~ンが「ななにーファミリー」となったのもそう。そして、SMAPとして活動を共にした森且行とカメラの前で一緒に映ることができたのも。1対1でゆっくり話をするなんてことも、『ななにー』以外の番組ではもはや考えられない。また中居正広から「3人と会ってる? なんかあったらよろしくね」と言われてゲスト出演を決めたというロンドンブーツ1号2号田村淳の話も胸を熱くするものがあった。

 人のつながりというものは一度離れたとしても、また縁があれば再び近づくようにできているのかもしれない。まだまだ会いたい人がいる。きっと、いつかそのタイミングになれば会えるのではないかと、『ななにー』を見ていると感じることができる。そして、稲垣の「インテリゴロウ」コーナーで親睦を深める作家仲間たちのように、また新たなつながりができていくことも。3人は「新しい地図というグループではない」という。けれど、それぞれの個性を活かして活動しながらも、ホームとして定期的に集まれる場所があったらもっと楽しいはず。それが『ななにー』の果たしてきた存在意義のように感じた。

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