Hana Hope×まつむらしんご×吉田美月喜『あつい胸さわぎ』鼎談 嘘のない歌声が彩った、映画の普遍的なメッセージ
デビュー前からその歌声が話題となり、高橋幸宏やTOWA TEIとの共演でも知られる16歳のシンガー、Hana Hope。彼女が主題歌を歌う映画『あつい胸さわぎ』が、いよいよ1月27日から全国公開される。
スクリーンのすみずみまで、生きる力が漲っている。そんなストレートな青春映画だ。原作は演劇ユニット「iaku」を主宰する劇作家・横山拓也。母と娘の視点で「若年性乳がん」を描いた傑作舞台を、『恋とさよならとハワイ』(2017)で上海国際映画祭アジア新人賞部門で脚本賞と撮影賞を受賞したまつむらしんご監督と、『凶悪』(2013)で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞した髙橋泉が映像化した。
デリケートなテーマを扱っているが、いわゆる難病ものでもなければ、単なる啓発映画とも違う。告知を受ける主人公・武藤千夏を演じたのは、Netflixのドラマ『今際の国のアリス』(2020)や、『ドラゴン桜』(TBS系/2021)で注目を浴びた新鋭・吉田美月喜。18歳の少女が目にした世界ーー自由ともどかしさ、希望と自己嫌悪、胸を焦がす思いが入り混じった豊かな時間を、見事な存在感で体現してみせた。ダブル主演の母親(昭子)役・常盤貴子を筆頭に、前田敦子、奥平大兼、三浦誠己、佐藤緋美、石原理衣など新旧実力派がそれを力強く支える。
そして物語の最後に、Hana Hopeの歌う「それでも明日は」が流れる。誠実で凜として、嘘のない歌声が主人公に寄り添うとき、観客はこの瑞々しい映画が未来に向けて開かれていくのを感じるだろう。深く響き合う、映画と主題歌の関係はいかに生まれたのか。まつむらしんご監督、吉田美月喜、Hana Hopeの3人に、制作のバックステージと作品への思いを語ってもらった。(大谷隆之)
「まるで自分のことのように共感して涙が溢れた」(Hana)
ーーまずは映画の率直な感想から教えてください。
Hana Hope(以下、Hana):昨年秋の『第35回東京国際映画祭』で初めて完成版を観させていただいたんですが、すごく感動しました。この映画は「若年性乳がん」という難しいテーマを採り上げています。私自身、知らないことばかりでしたし、主人公と同世代の女性として問題意識を持つことができた。でも自分が強く惹きつけられた理由は、それだけじゃなかった気がするんです。
ーーどういうことでしょう?
Hana:私もそうだけど、十代のときってちょっとしたことで一喜一憂しちゃうじゃないですか。人は見た目じゃないと頭ではわかっていても、やっぱり気になる瞬間は多いですし。主人公の(武藤)千夏ちゃんを見ていると、そういう切実な感情をリアルに思い出したというか……。
吉田美月喜(以下、吉田):うん、うん。
Hana:彼女が抱えているもどかしさだったり、自己嫌悪と希望が入り混じった微妙な感じだったり。まるで自分のことのように共感しました。そんな普通の女の子が難しい病気になって、もしかしたら胸を切ることになるかもしれないと言われてしまう。しかも妊娠とか出産とか、想像すらしてなかった未来までいきなり突きつけられパニックに陥ってしまいます。これって病気を描きつつ、実は普遍的なストーリーでもあるんじゃないかなって。
吉田:私もまさに同じことを感じながら演じていました。なので、そうおっしゃっていただけて本当に嬉しい! Hanaさんは今、16歳なんですよね。
Hana:はい、そうです。
吉田:この映画を撮影していた夏、私は劇中の千夏と同じ18歳だったんです。それも含めて、自分と重なる部分がとても多くて。例えば彼女は子どもの頃の何気ない会話から、自分の胸に対して複雑な気持ちを抱くようになっています。もちろん私自身にもいろんなコンプレックスがあるし、身体的な部分に限らず、そこは誰でも同じだと思うんですよ。そういう等身大の主人公が、大学という新しい日常に踏み出していく。その時期特有のワクワク感や危なっかしさが、本作のテーマを伝えるベースとして、絶対必要だと思っていたので。
Hana:すごくわかります! だから映画を観ながら、自然と涙が溢れてきたんだと思う。難しい表現にチャレンジされた監督も、吉田さんもとても素敵で、私の人生にとって大切な作品になりました。
「歌をエンドロールに重ねた瞬間、本気で感動した」(まつむら)
ーーまつむら監督は、最初にHanaさんの歌を聴いたとき、どのような感想を持たれましたか?
まつむらしんご(以下、まつむら):平凡な表現ですが、一切の嘘がない声。そう強く感じたことを覚えてますね。真っ直ぐで、凜としていて、媚びみたいな要素がまったくない。声質そのものは穏やかで優しいんだけど、その奥にはどうしようもない孤独や絶望すら聴きとれるような気がして。16歳にしてすごい才能だなと。
吉田:嘘のない声! 本当にそうですよね。
まつむら:その意味で僕の中では、主演のキャスティングが決まったときとも印象が重なるんですよ。さっき吉田さんもおっしゃったように、これは18歳の女性が大きな困難に直面するお話です。でも僕が描きたかったのは、あくまで彼女の溌剌(はつらつ)とした日常であり、生きる力なんですね。初めて吉田さんと出会った瞬間、「この人ならそれが表現できる」と確信しました。存在感、眼差し、声の力。何もかもが思い描いていたイメージにぴったりだった。Hanaさんの歌に触れたときもすごく似ていて。映画のラストにこの声があれば、大きな支えになると思ったんです。主人公の千夏にとっても、観客の皆さんにとっても。
ーー優しさと孤独が同居する声だからこそ?
まつむら:まったくその通りです。作り手として無責任な楽観は論外だけど、だからといって暗く落ち込んだトーンで物語を閉じるつもりは毛頭なかった。実際、Hanaさんが歌う「それでも明日は」をエンドロールに重ねてみた瞬間、監督でありながら本気で感動しちゃったんですよ。心の底から納得できる幕引きって、そう簡単にはできないですから。『あつい胸さわぎ』という作品にとって、本当に幸せな出会いだったなと。
Hana:最初にお話をいただいたときは、正直かなり緊張しました。この映画が持っている力強いメッセージと、そこに流れている繊細な感情をちゃんと表現できるのか。不安がなかったと言えば嘘になります。でも、こんな素晴らしい作品の一部になれるのは、それ以上に光栄ですし。思いきって挑戦して本当によかったと思う。チャンスをいただけて感謝しています。
ーー静謐なモノローグのようなアカペラに、細やかな音が少しずつ折り重なり、楽曲の世界観が広がりを増していく。考え抜かれたアレンジが心に残りますね。歌詞はシンガーソングライターの柴田聡子さん、作編曲はトラックメーカー/プロデューサーのUTAさん。レコーディングの時点では、映画はまだ完成していなかったのですか?
Hana:はい。まだラッシュ映像(編集前の試写用映像)も上がっていなかったので、事前にストーリーラインを教えていただいて。あとは歌詞をじっくり読み、それが物語の最後でどういった意味を持つのか、自分なりに考えてレコーディングに臨みました。最初にデモ音源を聴いたとき、導入部がとても印象に残って。一つひとつの単語がちょっと区切られている感じになっているんです。
吉田:たしかにそうですね。〈わたしに〉〈聞こえる〉〈わたしの〉〈この声〉って、独特のリズムがある。私、あの入り方が大好きなんです。こうして歌ってても涙が出るくらい、すごく心に響きます。その後の〈かすかに たしかに/響いた この声が〉の部分は、Hanaさんの中でどんなイメージだったんですか?
Hana:何だろう……言葉と言葉が微妙に離れていることで、ちょっぴり孤独な感じがするというか。懸命に自分に言い聞かせているようなイメージが浮かびました。でも曲が進むにつれてそれが自然に繋がっていって。いろんな音色がボーカルを包み込んでくれる。未来に向かって勇気が湧いてきます。そんな楽曲のアレンジが、『あつい胸さわぎ』の物語自体と響き合っている気がして。スタジオで歌入れする際にも、そういう起伏とかストーリー性みたいなものはすごく意識しました。
吉田:なるほど。エンドロールであんなにも温かい気持ちに包まれるのは、きっとそういうHanaさんの思いが伝わるからなんだろうな。
まつむら:吉田さん、この取材の直前にもタブレットで「それでも明日は」を聴いて涙ぐんでいたもんね。真っ赤な目をごしごし擦って(笑)。
吉田:はははは! ほんとごめんなさい(笑)。自分にとってそのくらい大切な映画になっていて。劇中、千夏が向き合う葛藤とかしんどさが、私自身のことみたいに思えちゃうんですね。だからHanaさんの歌を聴くと胸がいっぱいになってしまう。そっと寄り添い、励ましてもらった感じがして。
Hana:ありがとうございます。とても嬉しいです!