連載「lit!」第30回:ハウスやレゲトンの活況、ビッグネームの新作リリース……2022年グローバルポップの動向を総括

 今回第30回目となる連載「lit!」では、この2022年という激動の1年におけるグローバルポップの動向の総括を試みたい。当然ながら「総括」といったところで、あまりに多様化した音楽シーンを真に包括的に語ることはできない。それを前提とはしつつも、本記事が2022年という1年を、今振り返るとしても10年後に振り返るとしても何らかの気づきが得られるような、そんな内容になっていれば幸いだ。なお、これまでの連載でも主要なリリースについては取り上げてきたため、ある程度作品の音楽的な分析等はそちらに譲るとして、あくまで全体を見渡したときに見えてくる作品の立ち位置やその特長について述べていきたい。筆者にとっての2022年ベスト曲/アルバムも提示しつつ、今年1年のグローバルポップをサウンドや歌詞、そしてチャートアクションにも触れながら総括していく。

 まずは12月のリリースから最も注目すべき1作品を紹介しよう。米国のR&Bアーティスト、SZAの2ndアルバム『SOS』である。2017年のデビューアルバム『Ctrl』で大成功を収めて以降も客演や自身のシングルなど精力的にリリースを重ねてきたが、アルバムとしては実に5年ぶりとなる。今作のためにこの5年で100曲ほど書いた(※1)という発言もあるように、収録曲は23曲で1時間8分にも及ぶ大作である。サウンド面について言えば、これらは全て極めて精巧に作り込まれているはずだが、聴き心地はゆったりとしていて、どこかヨレたビートが多い。また、中盤以降はかなりロックに寄ったトラックも出現するのが特徴だ。このように多様なビートを統べているのはSZAの唯一無二のボーカルである。揺れ動く感情を自在に表現する歌唱と、メロディアスでスキルフルなラップまでしっかりとこなしてしまうSZAの総合力には驚くばかりだ。また、SZAが支持を集めるのはその歌詞も大きな理由である。あまりに赤裸々で心配になるほど剥き出しの心情表現に、しなやかな強さを持ったメッセージ。特に、2年前のクリスマスにリリースされた「Good Days」は、アルバムの流れで聴くとより一層リスナーの胸を強く打つ。SZAが傷ついた世界を傷ついたままに癒してくれるような、等身大の慈愛に満ちた傑作を年の瀬にリリースしたことは、2022年の記憶として留めておきたい。

SZA - Good Days (Official Video)

 また、SZAに限らず今年は良質なR&B作品のリリースが数多くあった。中でも7月リリースのビヨンセの7thアルバム 『Renaissance』は今年1年どころか、2020年代を代表する作品に違いない。ハウスミュージックを始めとした多種多様なビートを土台に様々な抑圧からの解放を訴える力強いメッセージと、そこに説得力をもたらす圧倒的な歌唱力。クラブといった現場に強く結びついたクィア文化やゲイとして生きたビヨンセの亡き親戚を称揚するという「政治性」も帯びながら、多数の若手ミュージシャンも起用してあくまで快楽主義的かつ上質なポップスとして成立させる手腕は、それ自体がスーパースターにしかできない力技でもある。しかし、これほど強靭なコンセプトアルバムをこの時代に提示した意義は計り知れない。本作は数多くの音楽メディアから年間ベスト1位の評価を受けているが、その本当の意義は今後の音楽シーンが証明してくれるだろう。

Beyoncé - BREAK MY SOUL (Official Lyric Video)

 ビヨンセの『Renaissance』は、ドレイクが6月にリリースした『Honestly, Nevermind』との連携についても触れるべきだろう。ドレイクがハウスミュージックを大胆に取り入れたことで世界を驚かせた3日後に、ビヨンセが「Break My Soul」を先行リリースし、ハウスミュージックがメインストリームに躍り出る大きな流れを作った。が、実は「Break My Soul」のサンプリング元であるロビン・Sの「Show Me Love」は、3月の時点でチャーリー・XCXが「Used To Know Me」でサンプリングしているし、さらに言えばメインストリームにおけるハウスミュージックの潮流は1月のザ・ウィークエンド『Dawn FM』の時点でかすかに準備されていた、あるいはアーティストたちがそのムードを感じ取っていたと考えることもできるだろう。

Drake - Massive (Official Audio)
Charli XCX - Used To Know Me (Official Video)

 そこで何よりも忘れてはならないのは同月にリリースされた宇多田ヒカルの『BADモード』の存在だ。米国の音楽メディアPitchforkの年間ベストアルバム50では31位、ベストソング100では「Somewhere Near Marseilles -マルセイユ辺り-」がなんと10位にランクインするという快挙を成し遂げた(※2)。この曲は英国のプロデューサー/DJのフローティング・ポインツとの共同プロデュース作で、慎ましく鮮やかなシンセが煌めくハウスミュージックである。尺が12分近くもあるという、J-POPの枠組みでは考えられないほどの大胆な楽曲だが、ビヨンセやドレイクに半年近く先駆けてこうした楽曲を収録したことで、『BADモード』は年間を通して新鮮に響き続けたのだろう。すなわちこの世界的な評価はある意味妥当である。

宇多田ヒカル | Somewhere Near Marseilles ―マルセイユ辺りー -LIVE at Sea Paradise

 グローバルポップの文脈における日本人の活躍という点では、新潟県出身でロンドンを拠点に活躍するリナ・サワヤマの2ndアルバム『Hold The Girl』も見逃せない。本作は全英チャート3位を記録し、サワヤマは名実ともにトップスターの座に就きつつあるのだ。また同時に見逃せないのは2月にアルバム『Laurel Hell』をリリースした三重県出身のミツキがいる。前作までで得た大きな名声による重圧や多忙な日々に参り、一時は音楽活動から身を引こうと決心していたそうだ。復帰作とも言える今作は32分というコンパクトな尺のアルバムで、インディーロックというよりもシンセポップの様相を呈している。また、88risingに所属する兵庫県出身のジョージも、6月に「Glimpse of Us」で各国のチャートを席巻し世界的なヒットを飛ばした上で、アルバム『SMITHEREENS』もしっかりヒットさせている。このように日本出身を含むアジア圏のアーティストの存在感も、日に日に強まっているのだ。

Rina Sawayama - Hold The Girl (Official Music Video)
Mitski - Love Me More (Official Video)
Joji - Glimpse of Us (Official Video)

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