連載「lit!」第26回:米津玄師、Vaundy、Måneskin、The 1975……再燃するロックシーンの最前線を象徴する5作
The 1975『Being Funny In A Foreign Language』
本連載の第9回で、先行シングル「Part Of The Band」を取り上げた時、筆者は「この曲はあくまでも『Part Of The Band(バンドの一部)』に過ぎないのだろう。最新作が描き出す景色の全容は依然として想像もつかない」(※3)と記した。そして、やはりと言うべきか、今回のThe 1975の新作は、(これまでの彼らの作品もそうであったように)1曲目の先行シングルを聴いた際の予想を遥かに上回っていくような痛快な作品だった。
まず驚かされたのは、「Part Of The Band」の後にリリースされた第2、第3の先行シングル「Happiness」「I'm In Love With You」。問答無用のポップアンセムとしての輝きを放つこの2曲は『SUMMER SONIC 2022』でも披露されており、そのステージを観た時にも大いに驚かされたが、まさか彼らの新作がこれほどまでにロマンティックなポップアンセム集になるとは、「Part Of The Band」を聴いた段階では全く予想できなかった。The 1975は、ジャンルの解体とクロスオーバーが次々と加速していく2010年代のシーンにおいて、鋭く時代に向き合いながら、自分たちの表現を更新し続けてきたロックバンドである。つまり、彼らはロックバンドという形態をとりながら、自らの変容を通して、誰よりもシビアにロックを批評し続けてきた、ということだ。
その歩みは、まさに時代と共に絶え間なく変わり続けていくことと同義であったが、しかし今の彼らはそのテーマから完全に解放されていて、今作において、“良いメロディと良い楽曲”を鳴らすというシンプルな答えに辿り着いた。その選択はとても感動的なものであり、そして何より圧倒的に正しいと思う。あらゆるジャンルが並列化されて聴かれるストリーミング時代、つまりロックバンドが、ビリー・アイリッシュ、ケンドリック・ラマー、テイラー・スウィフトたちと同じ土俵に上がる時代において、この時代を勝ち抜く道が残されているとしたら、それは真正面からポップと向き合うことではないか。The 1975は、今作でついにその道を見つけ、そして全ての力を注ぎ込んでポップを体現した、ということになる。一切衒いなくポップのど真ん中を打ち抜く彼らのソングライティング&アレンジの精度は、今作において過去最上級に極まっていて、上述した「Happiness」「I'm In Love With You」を含め、アンセムとして末永く愛されていくであろうポテンシャルを秘めた楽曲が次々と続く展開に何度も感動させられた。The 1975は、2020年代のポップミュージック観を根底からアップデートすることのできる稀有なロックバンドであると以前から思っていたが、今作を聴いてその確信はさらに深いものになった。改めて、心から信頼できるロックバンドだと思う。
Arctic Monkeys『The Car』
2006年にリリースされたArctic Monkeysの1stアルバムのタイトルは『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』だった。この言葉が象徴しているように、彼らは作品を重ねるたびに世間からの期待を大きく裏切りながら、その音楽性を刷新し続けてきたバンドである。キャリアの中でも、タフなハードロック路線へ転向した2013年の一大傑作『AM』、音響の美しさを追求した2018年の実験作『Tranquility Base Hotel & Casino』は、全世界のロックリスナーに特に大きな驚きを与えた。今回の新作『The Car』は、前作『Tranquility〜』の路線を踏襲したものであり、その意味で音楽性の大転換というサプライズはなかったが、逆に言えば、彼らがこの“非ロックバンド”的とも思える路線を深化させたことの驚きはあまりにも大きい。
まず、1曲目の、まるで『007』シリーズのオープニングテーマのような上質でドラマチックな幕開けにグッと引き込まれる。そして、随所にソウル&ファンクの要素を取り入れたバンドサウンドと豊かなオーケストラサウンドが有機的に溶け合っていく楽曲が連なっていき、気づけば今作が描き出す深淵な世界に耽溺しきってしまう。シネマティックとも呼ぶべき極上の音楽体験をもたらしてくれる、素晴らしいアルバムだ。The Last Shadow Puppetsをはじめとしたアレックス・ターナーの活動が、本流であるArctic Monkeysの音楽性に際限ない広がりを与えていることは間違いなく、前作と今作を通して、彼らはロックバンドとしての新境地を切り開いた。
一度UKロックの最高峰に至ったにもかかわらず、これまでの正攻法に縛られることなく、果敢に変容し続けていく。それはバンドにとって勇気のいる選択だったのかもしれないが、今作のクオリティがその選択の正しさを何よりも雄弁に物語っている。次に気になるのはライブパフォーマンスで、歴代のガレージロックナンバーと今作の楽曲が折り重なることで、一体どのようなロックストーリーを紡ぎ出されていくのか。いつか実現するであろう来日公演への期待が高まる。
※1:https://realsound.jp/2022/10/post-1149031.html
※2:https://www.oricon.co.jp/news/2255408/
※3:https://realsound.jp/2022/07/post-1079343.html