YMCK、シリアスな目線とメッセージ性に富んだ『FAMILY INNOVATION』 活動20周年に向けチャレンジ精神旺盛な意欲作に
男女3人組の8bitミュージックユニット、YMCKによる通算9枚目のアルバム『FAMILY INNOVATION』がリリースされる。
前作『FAMILY CIRCUS』からおよそ3年ぶりとなる本作は、コロナ禍や戦争でより顕在化された資本主義の限界や、人々の対立・分断などをテーマに据えた、彼らにとっては異例ともいえるシリアスな楽曲が数多く並ぶ。また音楽的にも、これまで同様、ジャジーなアレンジを緻密な8bitトラックに変換させた楽曲がある一方で、80年代のアイドルソングへのオマージュをふんだんに盛り込むなど、そのチャレンジ精神は2023年で活動20周年を迎えるとは思えぬほど旺盛だ。
来たる10月15日には代官山UNITにて単独公演『INNOVATION CONFERENCE 2022』を開催する予定の彼らに、新作の制作背景やレコーディングのエピソードなどじっくりと語ってもらった。(黒田隆憲)
コロナ禍になる少し前から、資本主義について関心があった(除村)
ーー本作『FAMILY INNOVATION』は、これまでになくエモーショナルというか。切実でメッセージ性の強い歌詞やフィジカルなサウンド、アレンジがとても印象的でした。
除村武志(以下、除村):ありがとうございます。最初は「街」がテーマだったのですが、歌詞を書いているうちに「街に暮らす我々の閉塞感」といった部分にフォーカスした内容が出てきて。ほぼ僕が押し切る形で今回のテーマを決めたんじゃなかったかな。
ーーコロナ禍になって、制作に何か影響はありましたか?
除村:家に引きこもっていれば作業も捗るかと思いきや、そんなこともなくて。制作ペースもあまり変わらなかったな、というのが正直なところですね。
栗原みどり(以下、栗原):ライブが減ったくらいで、特に変化はありませんでした。何か気分的な変化とかはあったかな?
中村智之(以下、中村):全然。アルバムを作る前から週一でオンラインミーティングなどやっていたので、コロナ禍にシフトした後も制作のペースには何ら影響がなかったですね。
除村:今作で取り上げているテーマそのものに関しても、コロナ禍になる前から考えていたことばかりでしたし。
ーー「グローバル・イノベーション」や「夕暮れのチャイム」「イチオクブンノイチ」など、コロナ禍でより顕在化してきた問題をメインに取り上げている気がしました。
除村:コロナ禍になる少し前から、資本主義について関心があって。2014年に出版された、『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫)を最初に読みました。最近だと『人新世の「資本論」』(斎藤幸平)も。
私はアプリの開発にも携わっているのですが、「これで便利になります」「コストを大幅にカットできます」といった触れ込みで効率化を進めていくと、回り回って結局は自分の仕事が減ってしまうことに気づくわけです。「あれ? 何だかおかしいぞ、成り立たなくなるよな」と思うようになって。
ーー確かに、便利になったことで仕事が奪われたり、逆にやることが増えて忙しくなったりすることがどんどん増えてきている。
除村:そうなんですよ。死ぬまで働かなければならない人がいる一方で、「仕事がない」と嘆いている人が大勢いる。それにより富と貧困の格差もどんどん広がっていますし、「一体どうなっているんだろう?」と。
ーーそうした除村さんの関心ごとに対して栗原さんと中村さんは?
栗原:まずメンバー同士でそういう話題について話し合ったことは一切ないですね。
中村:むしろ歌詞が出来上がってきて初めて「そんなことを考えていたんだ」と気づいたくらい。特に僕は、3人の中でも最もフラットなスタンスかもしれない。それはそれでいいかなとも思っているんです。除村が思い描いている作品のイメージがかなり明確にあったので、僕としてはそれを具現化することに意識を集中させていましたね。今作全体のイメージがちょっと企業っぽかったのもあって、ある意味ではクライアントとデベロッパーの関係みたいな感じで作業に集中していました(笑)。
栗原:例えば本作に収録されている「グローバル・イノベーション」という楽曲は、資本主義に対する疑問やアイロニーが反映されているのですが、そういう問題に対して何か明確な答えを突きつけているのではなくて。あくまでも考えるきっかけを与えてくれるような歌詞になっているところがいいなと思っています。
除村:そのあたりは栗原の方が、全体のバランスを考えてくれていたよね。
栗原:最初に除村が持ってきた歌詞は、今よりもう少しメッセージ性がはっきりしていたのですが、個人的にはあまり強い言葉で断言したり、自分なりの結論みたいなものを明示したりしない方がいいと思ったんです。例えば「コンビニエント」という曲も、聴いた人がそれぞれ考える余白を持たせる歌詞にしたかったんですよね。
ーー実際、資本主義の恩恵を全く受けずに生きていくのは難しいですし、「そういう世界に私たちが生きているのだ」ということに、まずは気づくことが大切だと思わせてくれる歌詞だなと思いました。
除村:そうなんですよね、実際にリモートで作業などしているわけだし。
栗原:思いっきり恩恵は受けているんですけどね。
ーー随所にユーモアを散りばめているところにも共感しました。「グローバル・イノベーション」の、後半のコール&レスポンスは楽しくて。〈ビッグデータ〉や〈仮想通貨〉〈ターゲティング広告〉なんてフレーズをライブで叫ぶ光景を思い浮かべると、かなりシュールだなと。一方で、「イチオクブンノイチ」のような切ない歌詞もあって。
除村:「イチオクブンノイチ」で書かれていることについては(2011年に)震災が起きた頃から考えていました。「何万人が死亡しました」というニュースの報道に対して、「そうじゃなくて、『一人が死亡する』ということが、何万件もあったんだ」という言説があったんですが、それの印象が強くて、曲にしようと思ったんです。一人ひとりに人生があって、それが根こそぎ奪われてしまったのが震災のニュースの本質であるはずなのに、とモヤモヤして。
ーー何千人、何万人の話になってしまうと、なかなか想像力が働かないですよね。物事をマクロで見る視点とミクロで見る視点、両方を常に併せ持つことの重要性を考えさせられました。
除村:そう感じてもらえると嬉しいです。
80年代のアイドルソングをYMCKらしいアプローチで
ーーまた、「ひこうき雲のフォトグラフ」は、曲もさることながら、ミュージックビデオもすごくエモーショナルですよね。
栗原:この曲は80年代のアイドルソングを意識しました。松田聖子さんや中森明菜さんがデビューした当時、まだ小さかった私にはすごくキラキラと輝いて見えたし、いまだに憧れの世界の象徴なんです。ああいった往年のアイドルソングが大好きなので、この楽曲では全力で振り切ってみました。それでもちゃんとYMCKらしく仕上がるということがわかったので、次はもっと突き詰めてみたいです。
除村:僕も(シンセサイザーの)YAMAHA DX-7っぽいサウンドを使いまくるのとか、すごく楽しかったですね。「往年のアイドルソング」をコンセプトにアルバムを1枚出したいくらい。
栗原:ミュージックビデオを作る段階で、この曲は10代の女の子同士の不思議な関係性というか、恋とも友情とも違う微妙な世界にしたいと思ってイラストをお願いしました。
除村:これまでYMCKは、ノスタルジックな楽曲は作ってこなかったんです。「ファミコンの音がピコピコしてて何だか懐かしい!」という感じで消費されたくないという気持ちがずっとあったんですよね。でも今回は、あえてノスタルジック路線に振り切ってみました。このビデオを見た若い人たちから、「こんな時代もあったんだな」と思ってもらえれば嬉しいです。
「レトロ・リバイバル」の中に入り乱れる、今のモード
ーーノスタルジックといえば、今回「レトロ・リバイバル」という楽曲では〈ゲームの音入れただけで珍しがられた時代はよかったな〉とも歌っていますね。
除村:僕らがYMCKを始めた当初は、チップチューンを多用したトラックが「一周回ってすごく新鮮」などと言われていたんです。でも、あれからさらに半周回ってしまったのか、今や、すっかり地球の裏側にいる気分なんです(笑)。
栗原:最近、若いリスナーからは「親が(YMCKを)聴いていて知りました」と言われることもあって。そういう世代の子たちが親と一緒にライブに来てくれている様子を見ると、「一周回った感」をすごく感じるよね。
除村:もう少ししたら2周目が来るかもしれない。そういう流行り廃りの中で、「頑張ってついていかなきゃいけないのかな……」という自虐めいたことを「レトロ・リバイバル」では歌っています。このアルバムは、「頑張らなきゃいけないこの世の中はなんて辛いんだろう」という気持ちと、「なるようにしかならんさ」という気持ちが入り乱れていて。それが今のYMCKのモードなんですよね。
ーー「レトロ・リバイバル」は、〈街で流れる音楽 ミリオンだらけな時代もあったな 気がつきゃ焼け野原のような 不毛なCDチャートが残された〉という歌詞も印象的です。先ほどの「グローバル・イノベーション」の話にも通じるものがありますね。
除村:もはやCDはレコードやカセットテープと同様に、「グッズ」という認識の人が多いんじゃないかな。僕はよく『M3』(音系・メディアミックス同人即売会)にも行くのですが、そこで自分たちの音源やグッズを手売りしている人たちからは、自分自身の「存在証明」をこの世に残したいという強い思いを感じるし、それを支持する人たちが購入する図式が定着している気がします。これだけデジタル書籍が全盛の時代に、わざわざオフセット印刷を使ってZINEを作る行為もそう。あれは「作り上げた」という達成感もすごいんじゃないかと。
ーーこれだけ資本主義が進み、「効率化こそ正義」とされている一方でアナログレコードが再燃したり、オフセット印刷が重宝されたり、手間や時間をかけることの「価値」のようなものを再認識している人たちも増えている気がします。
除村:ちょっと前に「不便益」(※1)という言葉も出てきましたしね。「不便であるからこそ得られる価値」といった意味で。「そこまで便利である必要、ないんじゃない?」とみんな薄々気がついている気がします。