松任谷由実が描く、50年の時空を超えた物語 観客を希望の光へ導いた『深海の街』ツアー東京公演
ここでミリタリールック風の衣装に着替え、ライブは後半へ。ロック、ジャズ、ポップスを織り交ぜたバンドサウンド、勇壮な雰囲気のメロディを軸にした「NIKE〜The goddess of victory」(アルバム『深海の街』)、「LAST SUMMER LAKE」(アルバム『ダイアモンドダストが消えぬまに』/1987年)で観客の高揚感をしっかりと引き出してみせた。
さらに「Hello, my friend」(アルバム『THE DANCING SUN』/1994年)、「ANNIVERSARY」(アルバム『LOVE WARS』/1989年)とキャリアを彩る名曲も。共通するのは、愛する人の不在、そして、“たとえ会えなくても、あなたを想い続けたい”という切実な願い。それはもちろん、コロナ禍で我々が感じていたこととも結びついている。
本編の最後は「水の影」(アルバム『時のないホテル』/1980年)。40年以上前に発表された楽曲だが、〈時は川 きのうは岸辺/人はみなゴンドラに乗り/いつか離れて/想い出に手をふるの〉もまた、この時代にこそ真価を発揮するフレーズだと思う。
アンコールでは、同じ時代を生きる人々への愛着と郷愁を描いた「青い船で」(アルバム『VOYAGER』/1983年)にメンバー紹介、「みなさんも今日の大事なクルーでした。ありがとうございました」と感謝の言葉とともに「空と海の輝きに向けて」(アルバム『ひこうき雲』)を披露した。
そして鳴り止まない拍手に導かれ、ユーミンが再びステージに登場。ツアーの終盤は、“物事に終わりがある”ということを意識して、寂しさを感じてしまうと話し、「当分、引退するつもりはないけれど、アバターになってしまうかもしれないから(笑)、ここ数年の私を覚えておいてください」と語りかけると、会場からはさらに大きな拍手が巻き起こった。
さらにアルバム『深海の街』についてのトークも。コロナ禍で今までに経験がないほど落ち込んでしまい、今までやってきたことが無意味に思えてしまったこと。同時に“世の中のとんでもないバイブレーションを記しておきたい”という気持ちが起き、それがアルバムにつながったこと。今年に入り、さらにいろいろな出来事があり、みんなで歴史の教科書に載るような時代を生きている実感があること。
「だからこそ、一瞬一瞬を大事に生きていきたい。そんな気持ちが込められたアルバムだと思います。そして2022年の今のほうが、もっと理解を持って受け止めていただけるはずだと思っています」と言葉を重ねたユーミン。物語の締めくくりは、武部聡志と二人で披露された「二人のパイレーツ」(アルバム『U-miz』/1993年)。〈覚えていてね 二人のララバイ〉という歌詞を観客に寄り添うように歌い、ライブはエンディングを迎えた。
ライブの余韻に浸りながら筆者は、映画『TENET テネット』の「起きたことは起きたこと。だがそれは何もしない理由にはならない」というセリフを思い出していた。2020年から始まったコロナ禍のなかで、我々と同じように、大きなダメージを負った松任谷由実。精神的なクライシスを経験しながらも彼女は、生来のクリエイティビティを自らの手でリブートし、アルバム『深海の街』を作り上げ、今回のツアーへと結実させた。それはオーディエンスのなかに、明日を生きるための力を確かに与えてくれたはずだ。
■リリース情報
松任谷由実『深海の街』
2020年12月1日(火)リリース
<収録曲>
1.1920
2.ノートルダム
3.離れる日が来るなんて
4.雪の道しるべ
5.NIKE ~The goddess of victory
6.What to do? waa woo
7.知らないどうし
8.あなたと 私と
9.散りてなお
10.REBORN ~太陽よ止まって
11.Good! Morning
12.深海の街