Shihoが語る、日本語でジャズを歌うということ メジャーデビュー20周年の発見とシーンの変化
日本のジャズシーンは、ここ10年くらいでかなり開かれた
ーージャズは上には上がいる世界ですから「自分は上手くない」と感じるプレイヤーは多い気がします。ちなみに10年前のインタビューで「練習という練習はしません」と答えていらっしゃいましたが、現在は?
Shiho:他人の練習を見たことがないので、どういうことを練習と人が言うのかが分からないのですが、してますよ。昔の方がしていなくて、出たとこ勝負という感じがありました。でも、それはよろしくないと最近は思ってます。何度も練習していくなかで発見がありますし、新しいアレンジを閃くためにも練習が必要。そういうことに若い時はあまり気づいていなかった。
練習のルーティンといえるのは発声だけですね。あとの内容はその時によって違います。昔は発声もしていなかったんですが、そうもいかなくなってきました。でも練習は嫌いですね。できればやりたくない(笑)。ギタリストは練習好きな人が多いイメージです。
ーー家で弾ける楽器は気楽に練習できる、ということもありそうです。海外と比べると日本は練習環境に悩む人も多いですが、そういったところで思うことなどは?
Shiho:15年ほど前、ニューヨークのブルーノートに出た時にカウンターで5ドル、テーブル席で10ドルだったのを覚えています。結構なビッグネームでも30ドル。「これが生活の中に音楽がある場所の値段なのか」と思ったのを覚えています。目当ての人を観に行くわけでもなく「今日ブルーノートに行ってみない?」と言える値段というか。日本だとそういう位置に音楽はないと感じてしまうので、とても羨ましかったです。現実的に考えると「ミュージシャンにどうやってペイするんだろう?」とも思うんですけどね。
とはいえ、日本のジャズシーンは大分変わりました。私が最初にCDを出した2001年ごろは本当に閉鎖的で、今ブルーノートに出演している方々を見ると、ここ10年くらいでかなり開かれたなと感じますよ。「若い人は私たちとは違う環境で育っているんだな」と。私はPCが使えないので、いまだに誰かにデモを送る時はスマホで弾き語りの音源を録ったりしますが、楽器を弾けなくても音楽を作れる時代ですし。
ーーそもそもFried Prideなどのアーティストによる自由で型にはまらない活動があったから、今の若いジャズミュージシャンにおける自由な空気がある様にも思えるのですが。
Shiho:「ジャズじゃない」とか「ジャズのアルバムなのにポップスが入ってる」と色々なところで言われてきましたね。「ジャズじゃないから何なの?」と自分は関係ないという態度でやってきたのは、今思えば良かったんだろうなと感じます。特に同じ年にデビューしたシンガーのakikoは「ジャズはそんなものじゃない」と当時の閉鎖的な空気に反抗していました。彼女に「私たち、戦ってきたよね?」と言われても、私は「そうかな?」と答えてしまうのですが(笑)、そういう時代ではありましたね。
昔のジャズのライブハウスは日本語で歌ってはいけない店が多かったです。ジャズスタンダード以外を歌うことも許さない、みたいな。聴きに来るのは日本人で、自分たちも日本人なのに変だなと。女性ジャズシンガーが変なドレスを着て歌っているのも好きじゃなかったですね。今そんなところはほとんどないと思いますが、それが普通なんだと思って育ってきたので、デビューしてからも日本語を歌うタイミングがありませんでした。
ーーなるほど。ブレイクスルーのきっかけは何だったんですか?
Shiho:2003年の『ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾』ですね。私はFried Prideで出演したのですが、ちょうど大好きなディー・ディー・ブリッジウォーターも出演していたんです。その時にCDにサインをしてもらって話したんですよ。そうしたら「Shihoも歌ってるんだ! 何を歌うの?」と質問されて、ジャズだと答えました。そうしたら「英語で?」と聞かれて「そうだよ」と。さらに「日本語で歌わないの?」と聞かれたので「そうだよ」と答えたら、「なぜ?」と言われて。
それがきっかけだったんですよ。「ジャズスタンダードを英語で歌わなきゃいけない」と当たり前に思っていたので、そんなことを考えたことはありませんでした。踏み出したのは3年後、ピアニストの妹尾武さんとライブをした時に、彼が作曲したゴスペラーズの「永遠に」を歌った時でしたね。歌い終わったら、最前列の女性が号泣していたんですよ。もちろん曲が良いからなのですが「こんなに伝わるものが違うのか」と。これは日本語で歌わなきゃいけないなと思いました。
そして2006年にリリースした『Musicream』に日本語の楽曲を収録したんです。やはり賛否が割れて「ジャズのコーナーに置いてあるけどいいんですか?」みたいなこともあったり(笑)。今はそれが普通じゃないですか。でも当時は普通じゃなかった。私が「戦っていた」と言えるかは分かりませんが、そういうシーンのなかで頑張っていたことは意味があったのかもしれません。
ーー日本のジャズにおける女性シンガーの立ち位置を考える上で貴重な証言だと思います。ところで、現在はYouTubeチャンネルの更新もされていますが、そちらについては。
Shiho:お話をする配信なんて観てくれる人がいるのかなと思っていたのですが、ライブ配信するとまあまあ観てくれますね。ただ再生回数が伸びなくて悩んでいるところもあります。有名曲の方が見られやすいし、ジャズ周りだとインストものの動画の方が再生されている印象ですね。有料になったらまた別だと思うんですけど。
YouTubeや配信が発達して、気軽に音楽を楽しめるようになったのはいいと思いますが、それで生活している側からするとマネタイズが難しい世の中ですね。みんな無料で聴くのが当たり前みたいになっていくのは、どうしたものか(笑)。
ーーそのチャンネルでバイオリンの牧山純子さんと自身の声で、ゲーム『クロノ・トリガー』のBGM「風の憧憬」をセッションされていました。この選曲はどこから着想されたのでしょう?
Shiho:マネージャーチームの若い子たちが「こういう曲をやったらどうでしょう?」とリストアップしてくれたんですよ。その中にゲーム音楽があって、自分も「風の憧憬」が好きだったことを思い出したんです。最近でこそゲームはやりませんが『ドラクエ(ドラゴンクエスト)』は8まで、『FF(FINAL FANTASY)』も7まで全部やりました。『クロノ・トリガー』も好きでしたし、かなりやってましたよ。
それらの音楽って今聴くと凄さが分かるんです。すぎやまこういちさん、植松伸夫さんはやはり天才だなと。ゲーム音楽と関係なく曲としても成り立っていて、好きな曲が多いです。「風の憧憬」は普通にやってもつまらないと思ったので、牧山さんに提案したのですが、最初は嫌がってましたね(笑)。でも、あまりやっている人がいないので面白い感じになったと思います。
ーーShihoさんはしばしば「自分のスキャットが変」とお話されていますが、先ほどのセッションなども見る限り、むしろ持ち味とされている様な気がします。
Shiho:「Shihoちゃんといえばスキャットだよね」と言われたことありますが、全然そんなことないんですよ。できることならやりたくない(笑)。Fried Prideの1stアルバムを出す時に早いスウィングの曲で「スキャットをやってほしい」と言われたんです。そこでエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンをたくさん聴いて、コピーしたり研究したのですが、できなくて自分流にやるしかなかったので変なんですよ。
でも変だから、他にやっている人がいないのは良かった。そう思えたのは2017年のルクセンブルクでのライブの時。お客様から帰り際に「欧米人の歌い方をマネしていなくて、すごく良かった」と言われて「これで良かったんだ」と。私の場合は色々なことが器用にできなかったのが良かったんですよ。もし、私がもっと器用で上手かったらエラみたいにできたかもしれませんが、それはそれでつまらなかったと思うので。苦手なことがチャームポイントになる。
今は聴きたい音源がYouTubeに何でもあるし、譜面も検索すれば出てきますよね。楽譜を買いに行ったり、レコードを耳コピしたりするプロセスがなくなって近道になりましたが、個性を生むのが難しい世の中になった気がします。上手い人が増えて演奏の水準が上がっても突出している人は少ない。
ーーなるほど。Shihoさんは日野皓正さんなどの大御所や、桑原あいさんなどの若手、押尾コータローさんなどの異ジャンルの人と演奏されていますね。と思えば、武田真治さんとユニットをやられたりもしている。この振れ幅を自身ではどう考えていますか。
Shiho:色々な場所で「ジャズシンガー」と紹介していただきますが、私にとってはどうでもいいことなんですよ。人は分かりやすくするために「住所」を付けたがる。確かに個人的にはジャズフィールドにいるし、人と演奏することが多いですが「ジャズシンガー」なのかどうかは分かりません。ジャンルは他人が決めればいいし、キャラクターに付いてくるものだと思ってます。私にはロッド・ステュワートのジャズアルバムがロックに聴こえるし、ボズ・スキャッグスがジャズスタンダードを歌うとジャズに聴こえるんですよ。
色々な人と演奏させていただいて発見もたくさんありました。こういう楽器で、こういう音楽をやっている人とはこういうこともできるのか、と。ジャズを知らない人を引っ張り込んだら面白かったりもするんですよ。私は「音符」という共通言語があれば、世界中の誰とでも一緒にできると思っています。
ーー今後一緒にコラボしてみたいアーティストは?
Shiho:たくさんいますが、トータス松本さんと歌ってみたいですね。日本の男性シンガーって甘い系のボーカルが多い印象なのですが、トータスさんは「THE・男」という感じで大好きなんですよ。もっと男くさいシンガーが増えたらいいですね。
ーーデビュー20周年を迎えて、これからの活動についてのビジョンなどはありますか。
Shiho:変わらずライブをメインにしてやっていこうと思います。今までオリジナル曲だけのアルバムはなかったので、来年のアルバムはそういうものを作ろうと計画していますよ。
■リリース情報
「Music & Life」「Happy Song feat. HAMOJIN」
発売日:2021年10月20日(水)
01.「Music & Life」
作曲:Shiho/作詞:ギラ・ジルカ/編曲:Shiho
田中邦和(sax)、伊藤志宏(p)、鳥越啓介(b)、大槻”KALTA”英宣(ds)
02.「Happy Song feat. HAMOJIN」
作曲:Shiho/作詞:ギラ・ジルカ/編曲:北村嘉一郎
HAMOJIN(矢幅歩、KOTETSU、伊藤大輔、北村嘉一郎)
https://lnk.to/Shiho_2021
オフィシャルサイト
https://www.shihojazz.com/