【特集】グローバルを取り巻く“ロック”の再評価
USメインストリームにおけるロック再評価の流れ マシン・ガン・ケリー登場から“ロックスター像の在り方”までを問う
USを中心に、ワールドワイドなポップミュージックシーンにおいてヒップホップが全盛を迎え、ロックが姿を消していった2010年代。そんななか、近年は従来のロックバンドという形態に限らず、USのメインストリーム全体でロックの再評価が進み、エモやポップパンクなどを取り込みながら新たな形でシーンに表出している。リアルサウンドでは『グローバルを取り巻く“ロック”の再評価』というテーマで、そんなシーンを俯瞰し変遷を辿る特集を行ってきた。第4弾となる本項では、象徴的な出来事をいくつかピックアップしながら、2010年代全体の流れを振り返っていく。(編集部)
再評価に至るまでのロックサウンド
USのメインストリームにおける“ロックの再評価”というテーマで真っ先に思い浮かぶアーティストはマシン・ガン・ケリーだ。彼が昨年発表したアルバム『Tickets To My Downfall』は、大きく括ればメランコリックなエモ・ラップでも、叫び散らすようなクランクでもなく、まるでコロナ禍で溜め込んだ鬱憤を晴らすかのような軽やかなポップパンクだった。本稿では全米1位を獲得した同作をあくまでひとつのマイルストーンとして、USのメインストリームにおける近年のロックの歩みを、大まかになってはしまうが、少しばかり辿ってみようと思う。
まず、サウンドについて。ロックのサウンドの定義は実際とても曖昧であるが、ここではギター、ベース、ドラムにおいて構成される、いわゆるバンドサウンドということにしておく。2017年は、そういった意味でターニングポイントを迎えた年だった。Migosが2ndアルバム『Culture』を1月にリリースしたその年の上半期、ストリーミングサービスを含めた調査において、ヒップホップ/R&Bの売り上げがロックのそれを初めて上回る。アメリカの南部で生まれた、長く引きずる重低音やサスティンを抑えて複雑に刻まれるハット、ゆったりとしたBPMを特徴としたトラップは世界的に流行。そこに至った要因は様々あると思うが、個人的に注目しておきたいのは、ストリーミングサービスの普及に伴って起きたこのムーブメントが、その視聴環境に対応する形で広がっていたということだ。つまり、一部のサービスを除いてCDよりはるかに低レートで(およびスマートフォンと簡易的なイヤフォンで)再生されることが一般的になった中で、トラップのサウンドスタイルでは音の棲み分けと隙間によってダイナミクスを表現することができた。一方で、いわゆるバンドサウンドは中音域が渋滞していて、なおかつ重ね録りされたギターなどがのっぺりすることもあって、もともと厚みや深みがあったものが薄っぺらく聴こえてしまうという壁にぶつかったのだった。こうした低音へ偏重した音作りは、現在のポップミュージックにおいても継続していると言っていいだろう。
トラップがもたらした流れは、カニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』(2008年)によってヒップホップシーンに内省的な歌詞とオートチューンが大胆に持ち込まれたこととも緩やかにつながりながら、さらにギターのメランコリックな響きを取り入れ、エモ・ラップとして表出する。それが2016〜2018年頃のこと。奇しくもすでに若くして亡くなってしまったリル・ピープ、XXXテンタシオン、ジュース・ワールドらに代表されるこのジャンルはミクスチャーロックやニューメタルといったロック文脈からではなく、ヒップホップの文脈からアプローチされた点において新鮮だった。そういった意味では、リル・ウェインが2010年にリリースした不遇のロックアルバム『Rebirth』を評価していたリスナーには先見の明があったと言ってもいい。付言するなら、トラヴィス・スコットが2018年に発表したアルバム『Astroworld』にはTame Impalaがプロデューサーとして参加している。
この辺りで一旦、ロックバンドはそのときどうしていたのかを確認しておく。もちろん一筋では描けないが、エモの文脈から登場したThe 1975や、メタルの文脈から登場したBring Me The Horizonが、トラップの流行以降のタイミングでサウンドを刷新。作品名で言えば前者は『ネット上の人間関係についての簡単な調査(A Brief Inquiry into Online Relationships)』(2018年)、後者は『amo』(2019年)で大きく他のジャンルとクロスオーバーし、メインストリームで戦うことのできるエレクトリックな音像を作り上げていた。とりわけ後者はポップ化したと受け取られ、賛否両論で迎えられた印象が強い。
その後、ヒップホップでいえばUKのベースミュージックの影響を受け、低音をさらに暴力的に動かしたドリルの隆盛などを迎えつつ、現在へと繋がるわけだが、冒頭で示したマシン・ガン・ケリー『Tickets To My Downfall』との繋がりは不可解である。というのも、同作にはポップパンクの代表的なバンドのひとつであるblink-182のドラマー、トラヴィス・バーカーがエグゼクティブ・プロデューサーに迎えられており、特に低音にフォーカスしているでもない軽やかなポップパンクとなっているからだ。<Bad Boy Records>と契約し、DMXやエミネム(過去にエミネムとはビーフもあった)を影響源に挙げているマシン・ガン・ケリーではあるが、コロナ禍のロックダウン中に「#LockdownSessions」シリーズとして、Paramore「Misery Business」やOasis「Champagne Supernova」のカバーをアップしているように、おそらく1990年生まれの彼がヒップホップとともに聴いてきたロックへの憧憬が素直に表れたものだったのだろう。これを何度目かのポップパンクリバイバルと呼ぼうにも、ヤングブラッドやトリッピー・レッドの周辺以外でムーブメント化しているようには感じないというのが正直なところではあるが、コロナ禍とそれに付随したロックダウンは、アーティストたちにルーツを振り返らせるよう作用したことは想像に難くない。
あるいは、例えばThe Weeknd「Blinding Lights」(2019年)やデュア・リパ『Future Nostalgia』(2020年)が1980〜90年代のディスコの風景を思い出させたように、トリッピー・レッド「Miss The Rage(feat.Playboi Carti)」(2021年)がフェスで盛り上がる若者たちの姿を思い出させたように、コロナ禍で失われた身体性への渇望としてロックが再注目されているという見立てもあるだろう。コロナ禍では様々なジャンルが再び見直され、若いリスナーがそれをフレッシュに楽しむ傾向も肌感覚としてあり、ロックだけが再評価されてきているというよりは、“定義できない”ジャンルとして同様にコロナ禍で注目を集めたハイパーポップなども含めて、横並びでカオスな状況を迎えているともいえる。いちリスナーとしては非常に面白く、このポスト・コロナの現在、どういったサウンドが次に生まれてくるのか注目すべきところだ。
そんななか届いたニュースで、視聴環境についてさらなる変化が近づいていると感じるものがあった。Apple Musicが今年の6月にアップデートでハイレゾ/ロスレスを解禁したのだ。通信環境も5G、はたまた6Gと加速度的にスピードアップしているし、もしかすると前述したロックサウンドの大きな壁はそういった環境の変化に応じて、ある程度打開されるのかもしれない。