Siip、愛と失望のアンビバレントな感情を描く8篇の物語 1stアルバムで投げかける“未来を見据えたヒント”とは?
音楽シーンをざわめかせている新しい才能、Siip。突如現れた詳細不明のシンガーソングクリエイターであり、神出鬼没のファントム(幻影)表現者だ。顔出しすることなく、羊を模した仮面に司祭のようなローブを纏ういでたちがアイコニックであり、コロナ禍によって混沌とした2021年を浄化するサウンドスケープ、ヒストリカルかつ叙事詩のようなポップミュージックを展開していく逸材だ。
注目すべきはその声の美しさと物語を伝える表現力の強さ。そして、そんな想いを届けるDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)によって、エレクトロニックかつシンフォニックに手がけられたサウンドデザインの素晴らしさだ。
これまで日本国内の主なストリーミングサービスでバナー/TOPカバーを飾り、主要プレイリストに多数リストイン。海外プレイリストにも入るなど、ワールドワイドに広がりつつあるSiip。今月は『ROCKIN’ON JAPAN』『音楽と人』『MUSICA』などの音楽雑誌で初めてメールインタビューにも答えている他、ラジオ界隈での楽曲評価も高まっている状況だ。
そんなSiipに不可思議な現象が起きた。2021年10月27日にストリーミング配信、CDや完全生産限定BOXによって発売された1stアルバム『Siip』と同時に、普段は寡黙なSiipのTwitter投稿に謎めいた座標軸「35.660867919179196, 139.69897327694756」が現れた。
35.660867919179196, 139.69897327694756 pic.twitter.com/bWCEwmUt1a
— Siip (@siipstudio) October 27, 2021
Googleで座標軸を検索すると渋谷の地図が表示され、実際に周辺に足を運ぶと、Siipによる羊アイコンを模したストリート・グラフィティアートに出会えた。場所は、渋谷ロフトそばの宇田川カフェ本店側、渋谷センター街からの横道にステンシル風(絵柄などをくり抜いたシート型)によるスプレーで描かれたアイコンがリアルに存在するのだ。謎めいたQRコードもありスマートフォンからアクセスが可能だ。
しかもグラフィティの足元には、黒いインクが垂れた後に次いでSiipらしく、羊の足跡まで描かれている。この場はファンの聖地となって日々巡礼が行われており、渋谷にはCDショップが多数あることを考えると、素晴らしい導線だとも思った。ぜひ、Siipの世界観を表現したこだわりのBOXセットに出会ってほしい。
まるで戯れのごとく、次々と様々な問いかけを発信するSiipとは何者か。その答えを導くには、これまで配信のみでリリースされてきた3曲「Cuz I」「2」「πανσπερμία」の映像美にヒントがありそうだ。
これらのMVは3部作となっていて、世界創生の“産声”が記録されている。配信リリース3作目となった生命起源論を記録した「πανσπερμία」(3rdデジタルシングル/2021年6月25日リリース)は、Siipが生み出した壮大な物語のエピソード0となる重要ナンバーであり、エピソード1である「Cuz I」(1stデジタルシングル/2020年12月24日リリース)、エピソード2である「2」(2ndデジタルシングル/2021年2月12日リリース)と、Siipが創造するクリエイティビティはサウンドとMVという手法によって具現化されてきた。
さらに、10月27日にリリースされた1stアルバム『Siip』では、世界創生、人類の誕生、嘆きや争い、愛おしさ、醜さや諦念などが描かれ、それは8篇の物語として、俯瞰的に、そして時には独白として語られていく。
しかしながら、驚かされたのはラストの一節にある〈全部シナリオ通り進んでる〉というフレーズだ。まるで、パンデミックに見舞われた現況がすべて預言されていたかのように「scenario」として、仕組まれたかのように歌われる物語に無常感が漂う。それはSiipの各作品からも伝わってきた切なさであり、心の奥底から湧き上がる哀しみだ。
キーとなるのは、Siipが物語る“時間軸を超えて届いた未来派フォークロア”だ。“フォークロア”とは音楽ジャンルでもあり古く伝わる風習・伝承を意味する。一方、テクノロジーを推進した“未来派”とは、20世紀初頭にイタリアを中心として起こった前衛芸術運動だ。作品から伝わってくる創造と破壊。国家レベルでのSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれる現代、相反するアートスタイルを時間軸を超えて物語る壮大なクリエイティブプロジェクトーーそれがSiipから筆者が受けたシグナルだ。羊のステンシルによるストリート・グラフィティアートからは、英国を拠点とする匿名アーティスト、バンクシーからの影響も受け取れた。
収録作品全8曲の物語を線で結ぶと「Cuz I」や「オドレテル」など、人の行動、生き様から浮かび上がる哀しみによるアイロニカルなフレーズが目に止まった。パンデミック以前に生まれながらも、今から顧みればコロナ禍でなければ完成しなかった作品だったのではと思う。優れた表現者は炭鉱のカナリアのごとくアンテナに優れ、時に未来を予知してしまうのだ。しかし、逆に言えばSiipの表現は、パンデミックであろうがなかろうが変化がなかったことの証明であるかもしれない。
そして、宇宙創生をイメージする今回の1stアルバム『Siip』。イントロダクションとなるスペーシーかつさざ波のようなサウンドスケッチ「saga」、バロックや北欧神話を彷彿とさせる映像が浮かぶ、昨今のパンデミック状況とも通じる混沌を描いた「Walhalla」、賛美歌のように美しく、優秀なポップソングとしても機能する「来世でも」、すでに音楽シーンを震撼させている“怒り”から生まれたギリギリの一線を歌うロックチューン「オドレテル」、すべての物語の答えを導き出す「scenario」など全8曲を通して、点と点がつながりひとつのストーリーが紡がれていく。そう、本作は「scenario」へとたどり着くための作品だったのかもしれない。
曲ごとに色を変える歌声による感情表現の豊かさ。時代を超えていくサウンドセンス、安易にジャンルという言葉で言い表せられないサウンドビジョン。まさに“Siipサーガ”の完成だ。