「楽園」インタビュー

Lucky kilimanjaro 熊木幸丸のルーツとは? Macintosh、風来のシレン……クリエイティブに影響与えた4つのアイテムから紐解く

熊木幸丸が考えるシンセの魅力

ーー続いては、「Roland GAIA SH-01」。シンセサイザーですね。

熊木:中学3年生くらいからギターをはじめて、ずっと「ギターが一番かっこいい楽器だ」と信じ続けて大学生くらいまでやってきたんですけど、自分の中でギターの限界を感じ始めた時期があったんですよね。「ギターだと出せない音が多いな」って。そこでシンセを始めてみようかと思い、最初に買ったのが「GAIA SH-01」だったんです。このシンセ、すごくエディットがしやすいんですよ。当時の僕は鍵盤も触ったことがなかったけど、初心者にもすごくわかりやすく配置されていて、なおかつ音もいい。シンセの音作りを覚えていくのに凄く役立ちました。この後、「Nord Wave」っていうシンセを買うことになるんですけど、Nordになると、よくわからないつまみがあったりして、難しくなるんです。そういう部分でも、最初にGAIAに触れていたからこそ、そこの壁を越えてシンセにハマっていける楽器になったなと思います。

ーーギターに限界を感じてシンセに向かったというのは、熊木さんの音に対するこだわりを感じますね。

熊木:ギターをやっているときもエフェクターを買うのが好きだったし、知らない音を出すのが好きなんです。そういうなかで「ギターって、ギターの音が出ちゃうな」という感覚があったし、あとは当時、ポストダブステップと呼ばれていた音楽を聴くようになって。ジェイムス・ブレイクやMount Kimbieの作品に触れていると、明らかに自分が知らない音が出ているんですよね。「どうやって出しているんだ、この音?」っていう。そういうところから、シンセに向かうようになりました。でも逆に、シンセを始めたからこそ「ギターって、こんな音が出せるんだ」っていう発見もありましたね。実際、ジェイムス・ブレイクのバンドで弾いているAirheadはギターで面白い音を出しているし。でも、当時の自分には全然訳がわからなかった(笑)。

ーー漠然とした質問になってしまいますが、シンセのどんなところが魅力的ですか?

熊木:シンセに向き合っていると、こっちの発想を試されている感じになるんです。もちろん、それぞれに道具としてのキャラクターもあるんですけど、でもやはり、扱う側の発想が試されている感覚がある。それが楽しいんじゃないかと思います。僕は、自分で考えて行動に移すのが好きなんだと思う。自分で考えて、調べて、試して、検証して……。シンセはそれができる楽器なんですよね。もっと言えば、今日挙げた『風来のシレン』もそうだったし、Ableton Liveもそうだと思う。向こうから「こっちはいつでも準備OKですよ」と言われている感じがするんです。そこに対して常に僕が自分の発想を見せていっている気がします。

ーーテクノロジーとの関係の作り方として、とても理想的ですね。

熊木:最初に挙げたMacの話もそうですけど、テクノロジーに対する抵抗が全然ないんですよね。新しいことやテクノロジーに対して、それがたとえ一見無駄そうなものでも、「いいな」と思える。中学生の頃、周りはまだCDでしたけど、僕は早い段階からMP3プレーヤーを買ってもらって、使っていたんです。

ーー人間がテクノロジーに触れて、そこで生まれた音楽がまた生身の人間を踊らせるという循環構造がありますよね。

熊木:そういうことに関しては、ここ2年くらいで深く考えるようになりました。最終的には、デジタルのエネルギーをアナログにどう回帰させるかが大事なんだろうなと思いますし、自分はパソコンで音楽を作っている以上、そういうことを追求していかないといけない。最終的には、フィジカルに訴えかけたいんですよね。そのために、どういうふうにフィジカルからデジタルへ、そしてまたフィジカルへっていう流動をより豊かにしていくかが大事だなと思います。

読書体験の意義

ーー最後が、ダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』。行動経済学と呼ばれる学問の書籍です。

熊木:この本自体に影響を受けたというよりは、「読書」というものを意識的にするようになったきっかけが、この本でした。大学を卒業するくらいまであまり読書をする習慣がなくて、なんとなく「自分の頭の中で考えていることで何かできるだろう」と思っているところがあったんです。でも、何かで行動経済学に関するコラムを読んだ時に、自分が今まで「正しい」と思っていたことがひっくり返されるような感覚があって。その体験がきっかけで、『ファスト&スロー』を読んでみたんです。上下巻あって分厚い本なんですけど、読書体験が少ないなりに頑張って2カ月くらいかけて読んで。そこでもやっぱり、「自分には知らないことがいっぱいあるんだ」と思いました。読書って、自分の背景知識を増やしてくれたり、考え方にヒントを与えてくれるものになるんだな、と。その時に、今まで読書をしてこなかったことをすごく悔やんだんですよね。

ーーなるほど。

熊木:それから、本をたくさん読むようになりました。自分にとってはとてもいい経験でしたね。

ーーそのきっかけが『ファスト&スロー』であり、行動経済学だったというのは、具体的に熊木さんはそこで何を得たのでしょう?

熊木:行動経済学って、自分が「こう」だと思っていた理性が、実はコントロールされていたものなんじゃないかっていうことを考えていくんです。例えば、おじいさんの映像を見せられたグループと、若者の映像を見せられたグループだと、おじいさんの映像を見た方がその後の足取りがゆっくりになるっていう実験があったり。そういうことを考えるのが面白くて。「当たり前のように『理性』だと思っていたものって、なんなんだろう?」ということを考えさせられる。自分のこれまでのことが裏切られる感覚が心地良かったんだと思います。それこそ『風来のシレン』の話じゃないですけど、状況判断をするには、どれだけ自分のバックグラウンドが豊かであるかで、選べる選択肢の数も変わるじゃないですか。本を読んで得たことと自分の経験が突然つながって曲になることもある。今、自分にとって読書はすごく大切なものになっていますね。

ーー本を読んで新しい考え方や視点、知識を得るのって、怖いことでもありますよね。今までの自分の当たり前が崩れ去ってしまう可能性があるから。そう考えると読書は、自分を不安定な場所に置くことでもあるというか。

熊木:そうなんですよね。本を読んで「何も知らなかったんだ」って怖くなることもある。それでも本を読んでいろんなものに触れていかないと、自分自身がよくなっていくこともないし、いいものを与えられる人間にもなれないような気がするんです。もちろん、自分にとって読書は強制的にやるようなことではないんですよ。「楽しい」と思えるから本を読み続けているし、ある問題を解決したくて読む本もあるけど、「なんとなく」で読む本もたくさんある。どういう本を読むかにルールはなくて、「面白そうだな」と思ったら読むようにしてます。

ーー最近はどんな本を読んでいますか?

熊木:最近は、山本七平さんという方の『「空気」の研究』(文藝春秋)という本を読んでいます。まだ読み始めたばかりなんですけど、日本の「空気を読む」っていう習慣があるじゃないですか。あれってなんなんだろう? ということを考えている本で、面白そうだなと思います。その前は、河合隼雄さんの『こころの処方箋』(新潮社)というエッセイ集を読んでいました。これも面白かったです。

ーー今挙げてもらった書籍たちは「どうすれば、よりよく生きていくことができるのか?」という「生き方」に繫がっていきそうな本だと思いますし、そういう部分は熊木さんの作詞にも影響を与えていそうですね。

熊木:そうかもしれないです。ただ昔よりも考え方が変わってきたのは、「自分が得たものを他人に与えられればいいな」と思って僕は音楽を作ってきましたが、結局、ひとそれぞれの発想って、そもそもがパーソナルで自由なものだと思うんですよね。そう考えると、今までのような「与える」という意識ではなくて、僕自身が体験したことをそのまま曲にする方が人に伝わるんじゃないかと、最近、思ったりします。そこは今、自分の中で悩んでいて、せめぎ合っているんです。今まさにリアルタイムで考え方が変わっている部分かもしれません。

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