小袋成彬の歌詞表現はなぜ我々を揺さぶるのか 新作『Strides』に色濃く刻まれたドキュメント

 小袋成彬の新作に触れるたびに、覚醒と焦りの感情が同時にやってくる。そろそろパンデミック後の世界を自立的に生きたいと思いつつも、不安やストレスを緩和・解放してくれる表現に頼る現実もある。だが、小袋成彬は人間に勝ち目のない戦いにはほぼ目もくれず、個人の戦いに淡々と挑んでいるーー約1年半の彼の歩みが色濃くドキュメントとして刻まれている新作『Strides』が引き起こす動揺はある種、心地よい。

 また本作は現行のヒップホップに接近・突入し、しかも彼の言語とボーカル表現でしかなし得ないスタイルを実現した新たなフェーズでもある。「Route」にKANDYTOWNからMUDが参加している他、MELRAW、HSU(Suchmos)、Aru-2らの名前が小袋のツイートで確認できる。確かに生音に彼らと思しきプレイやラップが散見され、そのアレンジも本作のテクスチャーを決定づけている要因だ。そしてやはり、今回もまた小袋の言葉の解像度の高さは我々聴き手の平穏に侵入してくる。

 冒頭の「Work」からしてハードボイルドだ。秒針のようなハイハットの刻みは退行できない時間を思わせ、エレジーのようなメロディで歌われる〈生まれたら死ぬまで一生涯/俺は俺だから〉という諦観とも自信ともとれるフレーズに、このアルバムの大きなテーマを見る。寂しさを紛らすために稼ぐ金、友人と観るプレミアリーグ、そこに重なる自身の人生を賭したゲームが重なる。“Work”はLifeかもしれないしFightかもしれないし、そのどれも含んでいるのかもしれない。子育てと仕事に忙しいママのスマホの中身は秘密だらけという、ドキッとする表現もあるが、そうしたリアリティも曲全体の強度を上げている。

 続く「Rally」は宇多田ヒカルとの共作詞で、作曲にはAru-2も参加。「Work」=仕事や人生が実際にドライブしている状況を想起させるし、未開の地を切り開くビジネスパートナーとのテーマソングにも思える。BPMも本作の中では速めで、R&Bボーカルとしてのスムーズさに引き込まれる。伝説の女性ラリードライバー、ミシェル・ムートンと女優のスー・ベイカーの会話を引用している辺りに、“ラリー”をかけているのだろうか。いずれにせよ「こいつ(この人)とならどこまででも行ける」という思いは1曲目の「Work」から続くものだろう。

 さらに連想ゲームのように3曲目は「Formula」、これもレース用語だ。別れても消えない思いというとありきたりな印象だが、詞の大半を〈あなたが与えたこの愛を答えに変えるフォーミュラだけまだ探しているの〉と女性目線で書き、後半で二人は再会、男性目線の歌詞が登場する。フォーミュラ(方法)への固執がいい意味で瓦解していくさまは少しロマンティックだが的を得ている。加えて、より小説的な技法だと感じた。小説的という意味合いでは、ノンフィクションをフィクションに落とし込んだような「Butter」の構成も上手い。核心は、はなればなれのふたりが偶然また世界のどこかで出会えると直感している部分。愛の意味に気づくまで途切れることのない関係は「Formula」で女性が導き出す答えとリンクしているのかもしれない。

 エバーグリーンなメロディとごくミニマルな音数が醸すモダンなアンビエンスが、いまのヒップホップのスタンダード感を醸すアルバムタイトル曲「Strides」。他の6曲が小説や映画的な情景を掻き立てる言語表現を多分に含んでいる中で、この曲は小袋が他者を含めたこれからの“歩き方”を示唆している点がタイトル曲たる所以なのかもしれない。〈この星の未来〜〉から始まるフックが力強く歌い上げるでもなく、祈りのニュアンスでもなく、偽らざる心情を現す方法として儚げなファルセットを選択していることに深く感じ入る。

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