小袋成彬、言葉を編む作家としてのレンジの広さ アルバム『Piercing』を聴いて

 2019年12月13日、いきなり小袋成彬本人がTwitterにて発信した「Piercing 2019年12月18日発売」というツイートは思いっきり隙をつかれた気分だった。その後、タイトルにまつわる確信を匂わせるツイートをしたかと思えば、やたらフランクな短いツイートが続いて(「リンクだけ貼って出かけよ」(12月17日)、ローンチ直後は「最高な気分」(12月18日))と、そのままロンドンのどこかに出かける彼が見えるような感覚で、2ndアルバム『Piercing』を聴くという、3年前のフランク・オーシャン『Blonde』時の不意打ちに似たーーもちろんサブスク解禁がリスニング体験として日常になった今、同じ不意打ちでもその性質はずいぶんカジュアルではあった。その後、2019年も残すところわずかというタイミングであったにもかかわらず、本作を2019年のベスト10に挙げるファン、ミュージシャンの称賛をかなり見た。

 前作アルバム『分離派の夏』のサウンドプロダクション面との違いや、2019年リリースの海外のヒップホップやR&Bとの共通性と小袋ならではの昇華の仕方も話題だが、ここでは本作での彼の歌詞とボーカリゼーションについて思いを巡らせてみようと思う。

 小袋のデビューアルバム『分離派の夏』は小袋の個人的な26年間の体験と、彼曰く「毒を出した」内容だった。が、あたかもリスナー各々の10代(ぐらいと思われる)の苛烈だったり諦観だったり、もう戻れない時間とその時、必ずしも一面的ではなかったーー100パーセント悲しいことも事実だが、同時に悲しんでいる自分に懐疑的だったりする、自分だけが知る自分の狡猾さすら描出されていた。聴くと苦しいのに聴いてしまう。だが同時に聴くと一人の人間の勇気に触れることもできる。そんな作品だ。

小袋成彬『Piercing』

 新作『Piercing』も自分だけが知る秘密を歌詞として描出するという意味では当然、小袋の作法は連続性を保っている。というか、それ以外に歌を作って歌うことに意味はないのだろう。今作では結果的に短い恋に終わった、その恋を振り返りながら、渦中の出来事、周りの友達に起こった変化を交えて、心象を綴りながらも映画を見ているような心持ちにさせる。それは正真正銘の日常より、映画が時間を凝縮するからこそ人間の心情を解像度高く表出できるという意味で、だ。

 今回、小袋以外の人の声が歌詞とボーカリゼーションを際立たせていることを、1曲目の「Night Out」で実感することになる。女性の淡々とした英語による話し声が、〈俺も泣いてた 二人で決めた あの時キレなきゃ 俺は死んでた〉という、別れを決める切迫した状況を思い出す主人公の孤独を際立たせる。そして2曲目の「Night Out 2」ではいきなり女性の歌声から始まることに驚くとともに、このアルバムが通しのストーリーを持つことに気づく。推測のストーリーを書くのも野暮なので、続く「Turn Back」に関して言えば、アウトロに向かう数行のボーカルにはエフェクトがかけられており、主人公の生きている場所が変わった事実をほのめかしているように感じられる。次の曲のタイトルはあっけなく「Bye」。クワイアというより、学生の合唱のような若く、賑やかなテンションで歌われる〈さよならが言えるだけ 幸せよ〉はヤケクソで遊びに行った友達の部屋でのパーティのテンションのようだ。

 俺はここで何をやってるんだろうーーとは歌っていないが、急に親や地元を思い出す「New Kids」のKenn Igbiの英語詞の素直な歌からの場面転換の役割を果たす〈待って なんか今日空が青くね?〉の〈待って〉という発語を強調した音像の臨場感。横に小袋がいるかのような強度で彼自身の郷愁と自問に付き合わされる。

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