般若、全身全霊で表現したラッパーとしての決意ーー新レーベル設立も発表された“初”無観客ライブ
この日の般若は、珍しく伸ばした長めの髪をオールバックにしていた。白い無地のTシャツからもわかる鍛えられた体。その逞しい腕を組むようにして、マイクを持っている。8曲をエネルギッシュにこなしたその額には、汗が滲んでいた。息に乱れは無い。しかし、すこし息を溜めて彼は言った。「本日をもって約12年間いた昭和レコードを般若は脱退、独立します」
この“緊急生LIVE”は3週間前に自身のドキュメンタリー映画『その男、東京につき』の舞台挨拶で本人が告知したものだった。重大な告知を兼ねたライブとなることであるが、内容が全く予想できなかっただけに、ファンにとっては般若初の無観客ライブをネット配信で行うこと自体に意味があったはずだ。2020年、多くのアーティストが無観客ライブを行わざるを得なかったが、般若は一切行わなかった。ライブ中にスタミナを切らさぬよう体を鍛えていることで知られるこの男が、だ。12枚目のアルバム『12發』をリリースした時でも、行わなかった。もしかして観客のないライブのやり難さは、我々が想像する以上なのかもしれない。見当がつかない重大発表の内容よりも、そんな不安を胸にABEMAを観ていたファンが、1月17日には多かったのではないだろうか。結果、遥かに予想を上回る重大発表がされた初の般若の無観客ライブであったのだが、それはどのようなものだったのか。
まず画面に映し出されたのは、打放しコンクリートの室内にぶら下がる照明のみ。般若が映る前に流れ出す1曲目のイントロは『12發』の1曲目「INTRO」だった。この曲名はジョークのようなもので、全くもってウォーミングアップのような緩い曲ではなく、ベテランの座に甘んじない決意表明のような内容となっている。青紫の照明に当てられた般若は白い無地のTシャツに、黒いカーゴパンツと黒いブーツ。体躯からまるでジャケットを脱いだ軍人のような出で立ちで、マイクだけを握って俯いていた。逞しい二の腕を一見しただけで、般若はライブへ向けたトレーニングを怠っていなかったことが伝わってくる。瞑っていた目を見開き、体をつかって雄弁にラップをする般若。楽曲には無い雄叫びからも、今日の彼の気合が伝わってくる。また最近のKOHHの動向を踏まえてか、一部リリックに修正しているように筆者は聞こえた部分もあったが、読者はどう聞こえるだろうか。ぜひアーカイブで確認できるうちにチェックしてほしい(なお、ライブのセットリストプレイリストも公開中だ)。
続く『内部告発』(2006年)からの「理由」で、般若は自らの顎を軽く殴ってさらに気合を入れてから歌いだした。〈後から気付くOne Chanceなら 人蹴落としてでも掴んでやらぁ〉と、他人のライブを乗っ取っていた頃の般若に戻ったようなアグレッシブなパフォーマンスだ。その熱がオーバーヒートしたかのように思いっきり顔を歪ませ、そして激しくコミカルに動く般若が次に歌ったのは『グランドスラム』(2016年)収録の「寝言」。観客が居ない空間でコミカルなパフォーマンスをやりきる姿はさらに笑いを誘うが、同時にそのプロ根性に頭が下がる思いだ。途中、人の名前を勝手に使ってナンパする男をぶった斬るヴァースの途中でキメ顔をつくり、DJ FUMIRATCHが次の曲をカットインする。しかし繋ぐ曲が「SORIMACHI」という思いっきり“人の名前”を使った曲という般若らしいボケ。同曲は志村けんや炭治郎など2020年の顔となった“名前”も散りばめられているだけでなく、フックで般若が反町隆史のようなエアギターをするのだが、一度だけ般若が心から愛するミュージシャンの真似をする瞬間もあったので観てほしい。
転調して、『話半分』(2018年)から般若が幼少期にいじめにあった過去を振り返る「素敵なTomorrow」。昨年は自殺をする者が多かったせいか、般若は映画の告知でメディアに出るたびに“辛くても絶対に死ぬな”、“どんなことも永遠には続かない”と、無理矢理にでもメッセージを伝えていた。その内容に近いこの曲は、今の般若には外すことができないのだろう。力強い歌い方には長渕剛を、自由を求める歌詞にはブルーハーツの影響を強く感じさせるシーンだった。声を絞り出して歌ったかと思えば間髪入れず『根こそぎ』(2005年)収録の「サイン」を始めるのだが、驚くべきは息の乱れなさ。ただでさえ詰め込み気味のヴァースだが、次第に飛び跳ねながら息継ぎもせずにラップを続ける。しかも、最後のヴァースはアカペラへと切り替え、徐々にそのペースを上げてゆくのだが、息が上がる様子は微塵もない。やりきった般若は胸を強く二度叩き天を仰いだ。その瞬間に、ソウルフルなコーラスのイントロが流れ「シングルマザー」(『12發』収録)へ。首筋に血管を立てていた先ほどから一転して、柔らかい顔で振り返る般若へと振れ幅の広さに関わらず、驚くほど展開がスムースだ。母子家庭に育った般若が、一人で子育てをする難しさに寄り添うこの曲で最後に母への感謝を述べてから、耳馴染みあるイントロが流れた。武道館ワンマンを思い起こさせる「あの頃じゃねえ」(『グランドスラム』収録)だ。パワフルに動きまくり、全身で決意を表現するようにラップをする般若。歯を食いしばっているのか、強がって笑っているのか、特徴的な八重歯が光る般若の迫力ある顔が画面一杯に映る。『フリースタイルダンジョン』で焚巻とラスボス般若が対戦した夜、一気に書き上げたと言うこの曲。〈一番強いのは今だぜ〉と力一杯叫びながらも、挫折に負けそうな心の葛藤と、それでも諦められない不屈の根性が入り混じった般若らしい曲だ。フックを締めた般若は、初めて挨拶に口を開く。「東京のチンカスこと般若です。バックDJはもちろん、DJ FUMIRATCH」。しかし、何も音を鳴らさないDJ FUMIRATCHの様子から、これから重大発表がされる緊張した空気が伝わる。以下、続く般若の言葉の文字起こしだ。
「まず、今日、みんなにこの緊急生ライブ観てくれていて、ありがとうございます。うん、うん、死ねとかカスとかすごい気持ち良いコメントありがとう。見てないけど感じます。ビンビンです。ドM根性に火が付いてます。えーと、今日、これから大切な事を話さなきゃいけなくて3つばかりあります。まずひとつ、本日をもって約12年間いた昭和レコードを般若は脱退、独立します。ありがとうございました。2つ目です。じゃあ俺引退すんの? いや、しません! 新レーベル、<やっちゃったエンタープライズ>代表般若としてやっていきますので、よろしくお願いします。3つ目です。このあと約3時間、日付が変わって1月18日、新曲を出します。『覚えてる』という曲です。12時になったら聴けるようになると思うので、よかったら聴いてやってください。MVも出るのでYouTubeの方、観てやってください。そして、じゃあ4つ目だな、マジで、ちょっと真面目に言うけれども、今こうやって皆と会えないんで、配信ライブみんなやってたけど俺今回ずーっとやんないで、こうやってAbemaTVさんが手を挙げてくれてやらせてもらうことができました。きっとみんなの声、いや俺の声が届いてると思ってます。で、医療従事者の人たち、本当ありがとうございます。俺も俺なりに徹底してやってるつもりです。この戦い長く続くかもしんねーけど、今年、俺去年ライブできなかった分、違う形でみんなに還元させてもらおうと思うんで、曲バンバンだしてくんでよろしくお願いします。明日からまた頑張りましょう。今日はマジありがとう。最後にその新曲『覚えてる』やって帰りたいと思います。ありがとう」