NHKの本気を見た2020年『紅白歌合戦』 史上初の無観客演出で見せたネット時代の音楽番組の可能性

 「NHKの本気を見た」。こんな感想が真っ先に浮んだ昨年の『第71回NHK紅白歌合戦』だった。

 今回の『紅白』は、「今こそ歌おう みんなでエール」がテーマ。新型コロナ感染拡大に翻弄され続ける世の中に歌でエールを送ろうというものだ。それに応えるように、紅組白組ともに気持ちのこもった歌、パフォーマンスも多かった。昨年一年を通じ、恒例のイベントや行事がことごとく中止や延期になるなか、『紅白』が例年通りに放送されたことにどこかホッとした人もいたのではなかろうか。

 だがもう一方で、コロナ禍は『紅白』自体を大きく様変わりさせた。史上初の無観客での放送である。ただその結果、おなじみのNHKホールだけでなく、101スタジオ、オーケストラスタジオを加えた計3つのスタジオを贅沢に使ってのこれまでにない演出が可能になった。そしてそこにNHKの「本気」は見えた。

 たとえばNHKホールは、客席の半分以上を撤去し、前方ステージと一体化させることで、出場歌手を360度取り囲む広いステージが実現された。それによって奥行きやスケール感のある美術セット、多彩なライティングとカメラワーク、さらにCGやAR(拡張現実)など最新テクノロジーを駆使した演出が随所に見られた。その完成度は、想像以上のものがあった。

 これは中継だったが、今回の『紅白』がテレビ初披露となったYOASOBI「夜に駆ける」の演出などは白眉だったと言っていいだろう。

 「夜に駆ける」は、小説を原作として作られた楽曲。それを踏まえて高い壁面一杯に本が収められた角川武蔵野ミュージアムの広大な図書館のような空間をバックに、YOASOBIは歌い、演奏した。歌詞や曲の展開に連動してめまぐるしく変わるプロジェクションマッピング、縦横なカメラワーク、そして緻密に設計されたライティングなど、いずれも楽曲の世界と見事にシンクロして魅了された。

 それは、ネット時代の音楽を演出する際のひとつの見本のように思える。

 知られるように、YOASOBIの「夜に駆ける」はCDにはなっておらず、MVの再生回数やストリーミングで大ヒットした楽曲。作詞・作曲のAyaseもボーカロイドが出発点のミュージシャンだ。肉声でありながら、どこか無機質な魅力をたたえるikuraのボーカルも、そうした音楽的ルーツを彷彿とさせる。今回の最新テクノロジーを交えた繊細な演出は、そんなネット時代ならではのヒット曲の特長を表現して余すところがなかった。

 こうしたネット発でヒットに至った楽曲を引っ提げて出場するアーティストの増加は、近年の『紅白』の特徴でもある。

 歌詞の商品名「ドルチェ&ガッバーナ」をそのまま歌うのかが話題になった「香水」の瑛人もそのひとりだ。TikTokの一般ユーザー、さらには芸能人が同曲の「歌ってみた」動画をアップしたことがヒットにつながったことは、いかにもネットらしく楽曲をシェアする時代の始まりを予感させる。

 また無事9人全員揃ってのパフォーマンスとなったNiziUも同様だ。今回歌った「Make you happy」はプレデビューとして配信された楽曲。だがそのMVが驚異的な再生回数となり、“縄跳びダンス”も大流行。2020年12月の正式CDデビューを待たずに『紅白』出場が決定する異例のケースとなった。ここにもますますネットの反響を無視できなくなった時代の流れがうかがえる。

 いずれにしても、歌う場所を分散させ、1曲1曲の演出の完成度を高めるという今年の『紅白』が取った選択が、そうした出場歌手の楽曲やパフォーマンスをより魅力的に見せるうえで大いにプラスに働いたのは間違いない。

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