日向坂46『ひなくり2020』に感じた“音楽劇”的要素 ライブ×演劇で発揮されるグループ独自の強み

 一方で、オンライン配信の公演だからこそのパフォーマンスをみせたのがライブ中盤、2・3期メンバーによる「Dash&Rush」だった。ステージ下の移動用の通路を「おばけホテル」内に見立て、ワンカット長回しのカメラをスピーディーに振りながら、メンバーたちが次々に立ち位置を変えていくさまは、配信を通してライブを届けるからこそ効果的な絵面である。2020年の坂道シリーズはそれぞれに配信ライブで何を伝えるかのバランスを模索してきたが、「Dash&Rush」はその回答の一つを示すものだった。

 セットリスト終盤も物語展開や台詞とリンクしながら、楽曲披露のきっかけを生み出していく。サンタクロースサイドとおばけサイドの二役を往還しながら演じる上村ひなののエピソードを主軸にした「キツネ」や「一番好きだとみんなに言っていた小説のタイトルを思い出せない」がストーリーの起伏を作り、「My fans」「誰よりも高く飛べ! 2020」から「アザトカワイイ」でホテル王を打破して大団円へと向かう。特に、立ち昇る炎を背景にダークな力強さを表現した「My fans」や、ライブ中盤でも用いられたセット下の通路も見せつつ、セリに乗って跳躍する佐々木久美のシャウトでハイライトを迎える「誰よりも高く飛べ! 2020」は、グループの培ってきたパフォーマンスの現在地を示していた。

 そしてライブ最終盤、観客との場の共有を願うメッセージが最大限に打ち出される。ステージ後方から虹色の光が差すと同時に始まる「JOYFUL LOVE」では、メンバーたちが客席の中を歩いてサブステージへと歩き、本来なら目の前にいるはずのファンに語りかけるように歌唱する。そしてカメラが俯瞰に切り替わると、客席一つ一つに据えられたペンライト総体が一枚の巨大パネルの役割を果たし、“また みんなのにじが みれますように”のメッセージが映し出された。また、メインステージにはARで大きな虹のアーチが描かれ、メンバーたちはその虹のもとへと再び歩いて帰還してゆく。

 パフォーマーと観客が空間を共にすること。それは配信オンリーのライブである限り叶わない。けれども、「JOYFUL LOVE」のこの光景は、配信ライブの演出効果によってこそ可能になったものである。『ひなくり2020』は、オンラインだけでは実現し得ない明日への祈りを、オンラインでしか実現できない演出で伝えてみせた。

 エンドロールのちのカーテンコールや、ラストカットで上村ひなのがみせるホラー的な意味づけなど、演劇的な枠組みをパフォーマンスしきる日向坂46の強さが現れた公演であることもまた間違いない。同時に、アンコール時の「約束の卵 2020」などにみられた、座席の目線の高さからステージを望むようなカットにはやはり、その場にいるはずの観客の存在が強く意識される。『ひなくり2020』は、いつかまたステージとオーディエンスが一体になって場を共有することを願う、祈りを込めた音楽劇であった。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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