『TREASURE BOX』インタビュー
空音が語る、自身へのヘイトを恐れず新たな表現に挑み続ける理由 「無色透明だからこそ何にでも染まれることを武器にしたい」
「Hug feat. kojikoji (Album ver.)」のMVがYouTubeで2500万回超えの再生を記録するなど、各所で話題となっている19歳のラッパー、空音が3rdアルバム『TREASURE BOX』をリリースした。
前作『19FACT』から半年足らずという驚異のペースで制作された本作は、「宝箱」を意味するアルバムタイトル通り、宝石のようにキラキラした楽曲がところ狭しと並んでいる。クリープハイプを率いて縦横無尽なラップを聴かせたかと思えば、TENDREこと河原太朗によるクールでスタイリッシュなサウンドに熱量たっぷりのメッセージを注入。プロデューサー陣には、今や空音サウンドには欠かせないShun MarunoやRhymeTubeに加え、SIRUPなどの楽曲も手がけるビートメーカーA.G.Oや、Chilly Sourceのillmoreといった新たな布陣も加わり、もはや「チルラップ」といった言葉では語りきれないバラエティ豊かな作品に仕上がっている。
10代にしてすでに自分よりも若い世代のことを考え、「気になる人はどんどんフックアップしていきたい」とインタビューで語っていた空音。自分に対するヘイトすらガソリンに替えながら、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返し、新しい表現へと果敢に向かっていく彼のクリエイティブは、一体どこから生まれているのか。新作『TREASURE BOX』を紐解きながら、空音の「今」に迫った。(黒田隆憲)
「奪われた青春を取り返したい」
ーー前作『19FACT』から半年も経たずにリリースされた本作『TREASURE BOX』ですが、思えば1stアルバム『Fantasy club』から前作までのスパンもたった半年でしたよね。しかも、前作リリース時には「10代の締めくくり」とおっしゃっていましたが、空音さんまだ20代になってないですよね?
空音:ギリギリ10代です(笑)。『19FACT』を作り終えたときは「年内にもう1枚はないかな」と思っていたんですけど、今回も制作ペースが上手いこと進んで、マスタリングまで含めても3カ月くらいで完成しました。
ーーただただ驚くばかりです。世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るったこの2020年に、アルバムを出しておきたかったという想いもありました?
空音:いや、そこはあまり考えてなかったです。むしろ今、みんなコロナのことで気が滅入っているのもあると思うし、そればかり歌い過ぎるのもどうなのかなと。音楽を聴いている時くらいみんな現実のことを考えなくていいようにして欲しいなと思いながら作った作品ではありますね。
ーー確かにその思いはアルバムタイトルからも伝わってきますね。空音:コロナによって奪われた青春を取り返したいというか。自分なりに残しておきたいという想いはありました。聴いてもらった人それぞれの「宝箱(TREASURE BOX)」みたいなアルバムになれたら嬉しいです。
ーー以前から空音さんは、ヒップホップという枠にとらわれない自由度の高い作品を作っていますし、今回はそのフレームがますます広がった感じがしますよね。
空音:おっしゃる通りで、今回はどこまで自分の幅を広げられるかを意識しました。というのも、まだ俺の音楽を聴いてもらえてなかった人、食わず嫌いで敬遠していた人たちにも聴いてもらえるものにしたかったんです。
ーー普段聴いている音楽も変わってきていますか?
空音:ヒップホップが好きなのはまったく変わってないのですが、そこに軸足に置きつつ様々なジャンルを掘っていきたいと、コロナ禍で特に強く思うようになった気がします。
ちなみに、このアルバムを作る前はライブDVDをたくさん観ていました。ONE OK ROCKやRADWIMPS、クリープハイプ、aiko…...。なかでもサカナクションのライブ映像を観ることが多かったのですが、ライブで再現した時にちゃんと耐えうるサウンドにしたいと今回は強く思っていました。クリープハイプとやることは、そこですごく意味があって。バンドという生演奏でいざ大きなステージに立った時に、どれだけ人を感動させられるだろう? ということを意識しながら作っています。
ーー大きな会場のラージスピーカーで鳴らされた時に、どう聴こえるかをイメージした?
空音:まさにそういう感じです。年明けにツアーを予定しているのですが、おそらくマックスキャパではできないだろうし、その先もまだ全然見通しが立たない状況じゃないですか。きっとお客さんも安心して「ライブに行こう」という気持ちには、まだまだなれない人が大勢いると思うんですよね。そういう人たちがいつかライブに行けるようになった時に、心から楽しんでもらえるサウンドにしたいという気持ちはありました。
ーー今、クリープハイプの話が出ましたが、彼らとのコラボ曲「どうせ、愛だ feat. クリープハイプ」は本作の聴きどころの一つというか。彼らは空音さんに大きな影響を与えたアーティストの一人ですよね?
空音:高校生の頃から憧れの存在です。もしクリープハイプを聴いてなかったら書けなかった表現ってたくさんあったと思うんですよ。特に恋愛をテーマにしたリリックを書く上で、尾崎(世界観)さんの歌詞にはものすごく影響を受けています。
ーー実際のコラボはどのように行われたのですか?
空音:とりあえず僕が書いたリリックと、クリープハイプが作ってくれたオケを何度か送り合っていたんです。それで、ある程度固まった段階で一緒にスタジオに入りました。その時まで尾崎さんとは一度も会っていないし電話もしていなくて。全てLINEメッセージのやり取りで曲作りを進めていきました。
それと……実はこの曲、タイトルがダブルミーニングになっているんですよ。ショートフィルムとミュージックビデオを観てもらえば、気づく人は気づいてくれると思います。すごくデリケートなテーマなので、歌詞を作る上で表現にはものすごく気を遣いました。誰も傷つけない方法で、素敵な作品にしたいなと思っています。例えば「Planet Tree」や「Future skin」みたいに、設定自体がSFっぽい歌詞は今までも書いてきましたが、設定そのものはものすごくリアルなのに、自分が全く経験していないことを歌詞にするのは初の試みなんです。どこでどう話をつなげて、タイトルに込められた2つの意味のどちらも崩さずに歌詞に落とし込めるか……。そこを意識しながら書くのはかなり大変でしたし、勉強にもなりましたね。
「尖り」や「ディス」ではなくて「怒り」で表現すべき
ーー〈この関係は過ちなんかじゃないよ/誰かの当たり前にうんざりしてる/自分自身に恥じないよう生きてるだけ〉というラインは、自分のモノサシで人をジャッジすることの傲慢さについて書いていて、どんな立場の人も共感できる表現だなと思いました。
空音:確かにそうですよね。愛のせいで心にポッカリ穴が開くこともあれば、愛のおかげで心の穴が埋まることもある。聴いてくださった人それぞれの恋愛ソングとして受け止めてもらえたら嬉しいです。
ーーTENDREこと河原太朗さんとのコラボ「BLOOM feat. TENDRE」も、意外な組み合わせで驚きました。河原さんとは、どのようなやり取りをしたのですか。
空音:誰もがSNSで気軽に発信できるようになって、コロナ禍ではそれがポジティブに作用することもあれば、ものすごくネガティブな事象を引き起こすこともあって。「俺たちはそこに注力するのではなく、曲の中で情熱を燃やし続けていくべきだし、それがカッコいいよね」みたいな話を2人でしているうちに、「だったらそれを歌詞にしよう」と盛り上がって。僕自身はもっとTENDREさんの世界観に寄せたリリックを書くつもりでいたんですけど、「ラップのよさ、切れ味、言葉を詰め込んで曲にしていくやり方の方がカッコいい」とおっしゃってくださったので、そこをあえて意識しながら書いていきました。
ーートラップを大々的に取り入れた、アルバム冒頭曲「scrap and build」のリリックもかなり尖っていますよね。
空音:この曲は、僕へのヘイターに向けてのアンサーソングなんです。しかもそれを、ただのディスではなくカッコいい曲にしようと思いました。そもそも僕に向けられたヘイトはストレスにはならず、日々を頑張るための「ガソリン」になっているんですよ。
ーーそれって、メンタル強すぎませんか?
空音:何かを発信すれば、そこには賛否両論が必ずあると思うんです。政治でもそうじゃないですか。賛成派と反対派の両方ないと世の中は保てないと思うんですよ。その天秤がバランスを取っていられるのは、ちゃんと両論があるから。そこで切磋琢磨されている部分も少なからずあると思いますし。
僕の音楽も同じで、「いい」と言ってくれる人もいれば、「嫌い」と思っている人もいて。ネガティブな意見が完全になくなることなんてない。だったら、そういう人たちの言葉をモチベーションにした方がいいのかなって。もちろん、ヘイトに対しての「怒り」は表明するつもりですが。
ーー喜怒哀楽という感情表現のどれも否定はしないけど、それを相手にぶつけるのはまた別問題だということですよね。
空音:そうなんです。それこそSNSではめちゃくちゃ中傷的な言葉が飛び交っていて、その刃物をアーティストに向ける人もいるわけじゃないですか。それは確実に間違っているというか、「尖り」や「ディス」ではなくて、「怒り」で表現すべきじゃないかと。
「scrap and build」という曲では、そのことに対する意思表明ができたと思っています。僕自身は、基本的に「短気」なんですよね(笑)。でも、それをちゃんとリスペクトを持ってカッコよく終わらせたいというか。そういう気持ちは常にあるんです。ただ尖っているだけはダサいと思う。簡単に人を傷つける人、家族や周りの人を大切にできない人が一番カッコ悪いじゃないですか。
ーー「スクラップ・アンド・ビルド」は、空音さんがものづくりをする上での基本姿勢でもありますか?
空音:例えば僕は「Hug」を30代になったら歌わないと思うんですよ。ひょっとしたら20代でも歌わなくなる可能性は大いにある。なぜなら、その時々で自分の思っていることは変わるから。19歳だからこそ考えることもあれば、30歳になって考えることもある。だったら、作ったものを一度壊して「自己ベスト」を更新しようという姿勢は忘れずに持っていたいし、自分の中で大事にしたいという気持ちを落とし込みました。
ーー「only one」の、〈地元で悪さもしてない上/ごく一般的な家庭/だが 実績 信頼 地道な積み重ね/忘れず これに出す精〉というラインは、ラッパーとして平凡な家庭で育ったことへのコンプレックスと、空音さん自身が向き合おうとしているのかと。
空音:自分が生まれ育った環境って、どうすることもできないじゃないですか。いきなり僕が悪さして刑務所に入って、8年後に極悪ラッパーになっていても別にいいと思うんですけど(笑)、それって無理して悪くなろうとしているわけですよね。
ーー確かに(笑)。
空音:僕らが見てきたラッパーって、もともとカッコいい生き様を持っていた人たちが、その生き様のまま音楽をやっているからこそカッコいいのであって。「一般人にだって武器はある、というか一般人であることが武器にもなるんだぞ?」と言いたかった。無色透明だからこそ何にでも染まれる、僕はそれを武器にしたいんです。「ここからでも音楽でやっていけるんやぞ」「食えるんやぞ」ということを言いたかったんだと思いますね。