ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察
ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(6)syudouと煮ル果実の功績、YouTube発ヒット曲の定着
(ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(5)ナユタン星人、バルーン、ぬゆり、有機酸ら新たな音楽性の台頭 から続き)
2017年以降の代表的なボカロPとしてはまず、MARETUとかいりきベアが挙げられるだろう。両者共に現存する最古のボカロ曲が2011年投稿と、かなりの古株ボカロPだ(第3回で触れた『地獄型人間動物園』にも参加している)。2017年以前にも複数の楽曲でヒットを記録しているため、なかなかどの楽曲をきっかけにブレイクしたとは言い切れないのだが、当連載の趣旨的に避けて通れない人物であると判断したため、ここで紹介することとする。
MARETUは2011年4月8日投稿のボカロPの名前をひたすら挙げる「P 名 言 っ て み ろ !」でヒットを記録。この段階ではまだネタ曲での単発ヒットといった具合だが、2013年2月2日投稿の「コインロッカーベイビー」以降は安定したヒットを見せ、2017年に投稿した計4曲の全てが100万再生を記録(少なくとも現時点のニコニコ動画においては最多記録)するなど、絶大な人気を誇るボカロPとなる。
音楽的には、自身のSoundCloudにLamb Of God、Suicide Silence、Disarmonia Mundi、Meshuggahといったメタル系バンドのカバー音源を複数投稿している他、「P 名 言 っ て み ろ !」では鬱PやオカメPといった「VOCALOUD」の重鎮Pの名を特別に光らせていることなどからもわかるように、メタル的なフレーズ(ドラムパターンの他、ソングライティングにおけるフリジアンモードの多用など)が多く見られる。その一方で、チップチューン的ともテクノポップ的ともつかない特徴的な音色のシンセを多用したり、声ネタをコミカルに用いたりと、ポップスとして聴けるような工夫も凝らされている。また、Twitterで本人に直接「あなたを少しでも理解したくてVOCALOIDを始めた者です」と送っているように、wowakaからの影響も「少女ケシゴム」(2013年)や「スクラマイズ」(2015年)などの楽曲から感じ取れる(参照:Twitter)。「うまれるまえは」(2015年)のサビでは琉球音階を用いたり、「しう」(2019年)のBメロでは三味線や掛け声を取り入れることによってフリジアンモードを似た音階である「和風」な都節音階的に用いたりと、度々「和/日本」的な演出が組み込まれる点も特徴的だ。
かいりきベアは200を超えるBPMや3拍目に16分音符を挟むシンセリフといったkemuの音楽性を踏襲した楽曲群で2012年頃にヒットするが、2015年頃からはシンセを排した楽曲に主軸を移す。また、ほぼ時を同じくして動画も前回触れた「単色背景」系へと変化する。2018年8月2日投稿の「ベノム」はその後のTikTokでの人気も相まって自身最大のヒットを記録する。路線変更後も高BPMの楽曲は多いが、「ベノム」はBPM152(ナユタン星人「エイリアンエイリアン」と同じ)と比較的低BPMのダンスロックだ。コード進行もJust the Two of Us進行を用いており、2016年頃の流行を踏襲している楽曲と言えるだろう。
音楽的には、第3回で触れたぶつ切り/スタッターのみならず、リバース=逆再生なども取り込んだギターエディットが非常に特徴的だ。モジュレーション系のエフェクトのかかったリードギターも記名性が高い。また、2019年3月30日投稿の「アンヘル」はBメロが3連のリズムを刻んでおり、アメリカを中心に流行しているトラップを意識したアプローチのようにも思える。これに近い展開は2019年最大のヒットボカロ曲であるDECO*27「乙女解剖」や、wowakaのボカロPとしての遺作「アンノウン・マザーグース」(2017年)でも聴ける。ここから筆者が連想するのが、ヒットボカロ曲には度々Bメロで3拍子になるものが存在することだ。当連載に登場した楽曲だけでも、トーマ「バビロン」、Orangestar「Alice in 冷凍庫」、164「天ノ弱」などが挙げられる。ローカルな「ボカロっぽさ」とグローバルな流行のハイブリッドとしてこのような展開が生まれたと捉えることはできないだろうか。インタビューで「流行りを意識してクランチギター系の曲を作っている」(参照:音楽ナタリー)と語っているように、戦略的に楽曲を作っている様子も見受けられるが、kemu的な高速シンセロックから単色背景のダンスロックと流行をいち早く察知し、確実に成功を収める嗅覚と手腕は非常に優れたものだろう(ちなみに、かいりきベアと親交もある『ヘイセイプロジェクト』のぷすも似た変化を辿っており、現在は音楽ユニット・ツユで活躍中だ)。
また、この一方でn-buna~バルーンらによる過剰性の削ぎ落としに抗うように、229という高BPM、低音域の欠如したミックス、手数の多いドラム、リリースカットピアノによるトーン・クラスターなどの要素が詰め込まれた、2017年12月15日投稿のツミキ「トウキョウダイバアフェイクショウ」といった楽曲もヒットする。この「過剰」という言葉がピッタリなツミキの作風は、すでに現在のボカロ曲の音楽性に取り込まれている印象を受ける。
これらに次いでブレイクしたのがsyudouと煮ル果実だ。両者のブレイクは直近の出来事のため今後史観が変わる可能性もあるが、ここでは筆者が重要だと思うボカロPとして紹介したい。syudouは2012年12月7日投稿の「白い部屋、独り」(削除済み)でボカロPとしての活動を始め、2018年1月24日投稿の「邪魔」でヒット、約1年後の2019年1月4日投稿の「ビターチョコデコレーション」で本格的にブレイクする。
2014年投稿の「薔薇泥棒」や「ガラクタ通り四番地」などにおいては、初期ハチを彷彿とさせるようなアコースティックなパーカッションが目立ったが、「ビターチョコデコレーション」では一転、TR-808のカウベルなどのリズムマシン的な音色のパーカッション/ビートが目立つ。2:08から始まるCメロのベースやビートからもトラップを連想することは容易いだろう。イントロ/Cメロの不安定なピアノや、少し外れた音高感を持つパーカッション(シンセ?)も相まって、ヒットボカロ曲としてはややオルタナティブな印象も受ける一方で、この楽曲のヒットも2016年頃のエレクトロニックミュージックやJust the Two of Us進行の流行と連続的な現象と捉えることもできる。過去から現在にかけての多くの楽曲ではピアノの使い方(グリッサンドや、低音部にベースを担当させるなど)が共通しており、これもsyudouの楽曲のゴシック感を演出する要素の1つだろう。ボカロヒットチャートにはsupercell~wowaka~kemu~Orangestar~ぬゆりなどと連なるピアノロック/ピアノポップの系譜(それぞれの影響関係は別として「メルト」「ローリンガール」「地球最後の告白を」「Alice in 冷凍庫」「フラジール」など)が存在するが、syudouをその先端に位置付けることも不可能ではないように思える。
煮ル果実は2018年2月10日投稿の「アンドリューがいったから」でボカロPとしての活動を始め、2018年10月8日投稿の「紗痲」でブレイクする。煮ル果実本人による音源として一番再生数が多いのはこの「紗痲」だが、ここでは歌い手・宮下遊による歌ってみたが1000万再生を超えている2019年2月10日投稿の「ヲズワルド」について特筆したい。
BPMは69(小数点以下切り捨て)と、非バラードのヒットボカロ曲としては非常に低速。ディケイの短いスネアはトラップなどを連想させるが、ベースはシンセベースではなく生ベースでファンクを思わせるフレーズを奏でる。1番が終わると同時にテンポは倍になり、3:40ではグランジにも通ずるような歪んだシンセとギターが急に現れ空間を埋める。これは第3、4回でトーマとsasakure.UKの名前を挙げて触れた「断片的」な多展開性に分類できるだろう。音数も非常に少なく、これまで紹介してきたボカロ曲の中でも突出してビート志向な印象を抱く。また、影響を受けたボカロPとしてじんやバルーンらの名前を挙げているようにロックチューンも多く手掛ける他、2020年6月24日投稿の「イヱスマン」では共同編曲にエレクトロスウィングを多く手掛ける蜂屋ななしを起用するなど、その楽曲群は単一のジャンルに留まらない。それにもかかわらず雑多な印象を持たせないのは、カッティング奏法や4つ打ちの多用といったダンスミュージック的な要素が多くの楽曲に共通するためだろう。
syudouと煮ル果実はトラップ/ヒップホップという同じムードを共有してほぼ同時期にヒットしているが、「ビターチョコデコレーション」や「ヲズワルド」以前にトラップを取り入れた大ヒット曲としてはハチ「砂の惑星」(2017年)がある。この楽曲の反響は(良くも悪くも)非常に大きく、ニコニコ動画に投稿されたボカロ曲としては史上最速でミリオン再生を記録。あえてボカロヒットチャートだけを見れば、この楽曲がsyudouや煮ル果実のヒットという現象を可能にしたと考えることも可能だろう。ちなみに、シュールレアリスムを正しく理解するPは、トラップに対してよく指摘される「通常のBPMと倍のBPMの両方でノれる」ことと近い(あるいは逆の)指摘をwowakaの楽曲に対してしているが、その際に用いられた「座って聴く音楽」という視点は、スマートフォンの普及により現在の音楽にそのまま適用はできないかもしれないが、非常に面白い視点だろう(参照:togetter)。